第35話 vsギャラゴ その3

 ユララはジンと別れてから一直線にユースラまで駆けた。徒歩で二時間の距離、いかに素早く到着するかに全神経を注ぐ。体力も魔力も使い切ってしまってはユースラ到着後に戦うことができない。体力を温存、魔力を節約、しかし走る速度は落とさない。


 やがて長距離の走行において魔力強化するべきなのは心臓や肺であることに気付く。肺で酸素を充分に取り込み、心臓で血液を全身に送り出す。ユララは理屈ではなく、それを感覚で理解した。


 結果的に体力と魔力をあまり消耗せずに素早くユースラに到着、その勢いのまま魔物の群れへと飛び込む。


 宝剣グレンユースラに魔力を込める。


 目についたビッグゴブリンを正面から両断、次いでグレンユースラを魔法象徴シンボルとした魔法行使に入る。ユララは剣士としては一般的な魔法を覚えている。剣撃強化、剣撃拡張、魔法干渉、これら三つの魔法を運用しながら鍛え上げた肉体と剣技をもって敵を打倒するのが剣士に分類される魔法使いだ。剣姫クロスアリアは言う。近接戦闘最強の魔法使いは間違いなく剣士であると。


「飛天斬ッ!」


 魔法による剣撃拡張で剣の間合いより遥かに広い範囲を斬り裂く。ビッグゴブリンたちの胴が上と下の二つに分かたれた。休む間もなく建物の上からホワイトウルフたちが降ってくる。魔力強化によって鋭敏になったユララの感覚はそれを察知、ホワイトウルフの着地の隙を狙って斬り捨てる。


 魔物の数が多い。両親は大丈夫だろうか。ユララは出会った魔物を斬りながら自身の屋敷へと疾走はしる。


 ユースラ家の屋敷もまた、魔物に囲われていた。ユララの両親を守るようにしてユースラ家の護衛たちが戦っている。


「グアアアッ!」


 護衛の一人がホワイトウルフに噛みつかれて絶叫した。押されている。父と母が恐怖に震えて抱きしめあっているのが見えた。護らなくては。


 剣撃強化されたグレンユースラは魔物の魔力防御を容易く突破する。周囲の魔物を斬って、斬って、斬りまくる。ようやく両親の元に辿り着くと、魔物から守るように剣を構えた。ユララの気迫に気圧されたかのように魔物たちが一歩下がる。


「お父様、お母様、大丈夫!?」


 両親を心配して声をかけるが、父と母もまた魔物たちのように後ずさった。どうしたのだろう?


「ユララ……どうして笑ってるんだい……?」


 父の声は震えていた。笑っている? 自分は笑っているのか。


「ふふっ、ふふふふふふ」


 自分の身体を見下ろす。魔物たちの返り血でぐちゃぐちゃになっていた。その中には自分の血も混じっている。左腕はクロウベアの爪に裂かれて裂傷ができているし、右脇腹はホワイトウルフに噛みつかれて牙に鎧を貫かれてしまった。身体がひどく痛むし熱も出ていて気怠い。


 一歩間違えれば死んでいただろう怪我をして、ユララが思い浮かべる感情は唯一つだ。


 ああっ、楽しい。自分は今生きている。


 笑っているユララに魔物たちが吠え立てるが、怯えたように襲ってこない。ユララは興奮に任せて父親にまくし立てる。


「ねえお父様、勇者パーティの中ではあたしは剣姫クロスアリアが一番好きだったわ。『勇者の冒険』で一番好きなお話は、剣姫が街を守るために一人で魔王軍を迎え撃つ話。ちょっと不謹慎だけど、子供の頃はよく妄想してた。ユースラの街を魔王軍が襲ってきて、剣士のあたしが一人で立ち向かうの」


 思うに、ビッグゴブリンに骨を折られた時もそうだった。死にかけた恐怖よりも命のやり取りをした興奮のほうが何倍にも勝る。自分はそういう生き物なのだ。ずっとこういう状況を欲していた。ユララは魔物たちに微笑みかける。


「感謝するわ。あたしと殺し合うために来てくれてありがとう」


 全力で来て欲しい。あたしも全力で応えるから。魔物たちが一斉に飛びかかってくる。この場にいる魔物、その全てがユララに怯え、注視していた。ユララは剣舞を躍るようにコボルトを斬り、ゴブリンを斬り、ホワイトウルフを斬り、ビッグゴブリンを斬った。


「あはっ、あははははははっ!」


 心の底から笑い続けながら斬り続ける。


 単騎で魔物たちを殲滅するのに十分もかからなかった。左目はまぶたを切られてあまり見えない。左腕も何度か攻撃を受けてもう動かないし感覚が無い。右足も怪我を負ってしまった。それでもまだ戦える。


 誰かが叫ぶのが聞こえた。


「おい、大変だ! 西の方から魔物の大群が! 東にもなんかでっけえのがいるぞ!」


 まだ来るのか。まだ楽しめるのか。東にはジンたちがいるから大丈夫だろう。ならば自分は西か。ユララは舌なめずりすると、足を引きずりながら西の方へと向かった。



   *



「うふふ、来ちゃいました♡」


 魔物で溢れかえるユースラの街の中に、銀色の魔法使いは足を踏み入れた。

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