第3話 魔法使い

「ところで、ブヘマウって場所を知ってるか? 俺の目的地なんだが」


 女神スパクア曰く、ブヘマウには最高級の温泉があるという。俺の質問にアメリアは微妙な顔をしながら答えた。


「すごく……遠いですね」

「まあ、やっぱりそうだよな」


 予想通りの答えだった。転移前のスパクアの言葉を思い出す。過程を楽しみたまえ、だったか。ブヘマウに辿り着くまでの苦労も含めて温泉の醍醐味ってことだろう。まあその理屈は分からないでもない。生前にジャングルの奥地にある温泉に入ったことがあるが、大変だったぶんだけ報われた気がしたものだ。


 早いところこの世界の地図が欲しいところだなと思ったところで、アメリアが持っている可能性に気付く。さっき別れなくて良かったな。次から次へと疑問点が湧いてくるので、やはりこの世界の知り合いがいるほうが心強い。他人を信じない性格が悪い方に働いて、さっさと去ることしか考えていなかった。しかし、しばらくはアメリアに頼らなければ、生き残るのは難しいかもしれない。


「地図は持ってるか?」

「近隣のならありますが、まだ見せられません。温泉の楽しみが減ってしまいますからね」

「ふうん……?」


 アメリアの目的地の温泉に関わる情報が地図に載っているのだろうか。ちょっとわくわくするな。俺は映画とかはなるべく情報を断って観に行くタイプなので、ネタバレをしたくないアメリアの気持ちは分かってしまう。ここは大人しく従うとしよう。


 他にもこの辺の植生などについてアメリアに聞いているうちに、日が沈みはじめた。


 元々アメリアはこの辺りで野営をするつもりだったらしく、テキパキと準備を進めていく。その中でも俺の目を惹いたのは、アメリアが取り出した赤い石だった。アメリアが赤い石に手をかざすと、それだけで石から火が飛び出て、燃え盛る。


「なんだこれ、すげえ」

「火の魔石です。魔力を込めるだけで炎が生まれるので便利ですよ」

「魔力?」

「魔法を使う時に消費する力です。ユツドーさんも温泉魔法を使えているので、意識すれば自分の身体に魔力が巡っているのが分かるはずですよ」


 言われてみれば、なにか不思議な力が自分の中に湧いている気がしてくる。だんだんと剣と魔法の異世界に放り込まれたのだと実感する。手に入れた翻訳魔法とやらは自動で使われているみたいだが、今後手に入る魔法もちゃんと使いこなせるか不安だ。


 俺の懸念を察したのか、アメリアが微笑みかけてくる。


「うふふ、わたくしでよければ、一緒にいる間に魔力や魔法の使い方をお教えしますよ」

「……何から何まで悪いな」

「いえいえ。異世界転移者は後世に名を残す傑物になることが多いですからね。恩を売っておくに越したことはありません。あなたが力をつけた時に、アメリア・スターリングの名を覚えていてくだされば充分です」


 アメリアの瞳にはどこか打算の色があり、それ故に信頼できる。おそらく、俺に恩を売っておきたいというのは本音だろう。ここは言葉に甘えて、魔法について教えてもらったほうが良さそうだ。


「アメリアは魔法使いなのか?」

「広義の意味でしたら、そうですね。というより、この世界の住人は多かれ少なかれ魔力を使うので、誰しもが魔法使いです。その中でも、剣を扱う魔法が得意な者は剣士、薬を扱う魔法が得意な者は薬師、魔物を扱う魔法が得意な者は魔物使い、という風に細分化されていきます。とはいえ、ユツドーさんのように分類が難しい魔法使いもいるので、まあ冒険者の間で伝わればいいぐらいの曖昧な分類ですけどね」


 魔法にも得意不得意があるのか。もし俺が翻訳魔法が苦手だったら、翻訳魔法が使えずに最初に意思疎通できずに詰んでいたりしたんだろうか? 得意な魔法が多い、ぐらいまでは女神スパクアのチートに含まれていて欲しいところだ。


「アメリアの分類は何になるんだ?」

「そうですね、わたくしが得意な魔法は多岐に渡るのでこうした分類にさほど意味はないのですが、好んで使うのは徒手空拳です」


 そう言いながらアメリアはその辺りに落ちていた石を拾った。細く頼りない指に見えるが、親指と人差し指で石を摘むと、頑丈そうに見えた石が砕け散った。今ちょっとだけアメリアの指に何か力が集まったのが見えたかもしれない。あれが魔力だろうか。


「冒険者ギルドの定義では、わたくしは武闘家、ということになるでしょうね」

「へえ」


 銀色の長い髪と黒いマントからオーソドックスな魔法使いを想像していたので、意外な回答だった。アメリアは前衛なのか。露出した肉体を見るにさほど鍛えている感じはしないので、筋力よりも魔力が物を言う世界なのかもしれない。


 ふわぁ、とアメリアが可愛らしいあくびをする。


「そろそろ眠りましょうか。マントが一つしか無いので、一緒にくるまりましょう」


 アメリアがマントを広げて、中に入ってこいと手招きをする。腕やら腹やら足やらの肌が露出した格好が火に照らされてよく見える。


「……………………」

「うふふ、すごく嫌そうな顔ですね。えっ、うそ、そんなに嫌がることあります……?」


 アメリアが動揺するぐらい渋い顔をしてしまったらしい。しばらく二人きりで行動するのだ。男女の仲に発展しそうな行動はなるべく避けたいのが本音だ。


「いや、俺はその辺で寝るからいいよ」

「わたくしと離れたら動物か魔物か魔鬼に食われますよ。今襲われないのは、単純にわたくしが強いから避けられてるだけですからね」

「ここそんな恐ろしい森なのっ!?」


 スパクア、とんでもないところに転移しやがる女神だった。数十年に一度しか異世界転移者が現れないという話も、本当はもっといたのに転移直後に死んでしまったのではと疑いたくなってくるな……。


 俺は渋々アメリアのマントの中に入った。意外にもすっぽりと収まったというか、俺自身の肉体がなんか一回り小さくなっている気がする。そういえば若返りもしてくれてたんだっけか。


「あら可愛い男の子。食べてしまおうかしら」

「そういう冗談やめろ!」


 アメリアの年齢は見た目から判断するに二十代前半ぐらいだろう。俺の肉体はおそらく十代後半ぐらいまで若返っている。アメリアから見れば男の子、と表現されてもおかしくはない。狭いマントの中でアメリアの柔らかく温かい身体が押し付けられて、俺は気を紛らわすために何か質問を考える。


「そういえば動物と魔物と魔鬼? って何が違うんだ?」

「魔力を使う動物を魔物と言います。その中でも人類に敵対的な個体が魔鬼ですね」

「敵対的。人を食うとか?」

「動物や魔物も空腹なら人を食べますよ。魔鬼はそれらとは違い、もっと人に攻撃的で……なかなか説明が難しいですね。うふふ、まあそのうち出逢えば分かるでしょう」

「会いたくねえなあ……」


 その後もいくつか質問を続けているうちに、俺はあっさりと眠りに落ちていた。

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