第23話 vsデール・ベイカー

 声をかけてきたのは金髪の若い少年だった。背中に剣を背負っていることから剣士であることが分かる。脂肪で丸みを帯びた身体はあまり鍛えているようには見えない。ユララの婚約者と言っていたが、ユララはこういうのが好みなのか。


 金髪の少年の後ろには二人のガラの悪い男が取り巻きのように控えていた。良いところのお坊ちゃんだろうし、家来か何かだろうか?


「デール……」


 ユララにデールと呼ばれた少年がこちらに歩いてくる。たっぷりと脂肪を溜め込んだ腹が歩くたびに揺れた。ユララの知り合いなら挨拶しておくか。俺はデールに右手を差し出した。


「湯通堂ジンだ。ユララには世話になってる。よろしく」

「フンッ! デール・ベイカーだ。ユララに世話になっている? 僕よりユララと仲が良いとでも言うつもりか?」


 デールは俺が差し出した手をチラッと見て鼻で笑った。


「僕は薄汚い冒険者とは握手しない。手が汚れるからな」

「……」


 俺は隣に立つユララに耳打ちした。


「おい、お前の婚約者、妙に突っかかってくるんだが。今日は機嫌が悪いのか?」

「元々こんな感じよ。森に住むゴブリンのほうがまだ品性があるわね」

「言いすぎだろ……!」


 婚約者に好き勝手言われたデールの顔が引き攣った。後ろの取り巻きが「おいてめえっ!」と憤るが、デールが手で制止するジェスチャーをする。聞かなかったことにするのか、偉いぞ。デールは咳払いをするとユララに話しかけた。


「ユララ、少し距離が近いんじゃないかい? そこのカスから離れたまえ」

「デール、ジンの悪口を言うのはやめて。あなたのそういうところが本当に嫌いよ」

「き、嫌い……?」

「それに距離は近くないわ。いつもはもっと近いもの。ねっ、ジン?」


 そう言うとユララは俺に腕を絡めてくる。おい煽るのやめろ。ユララを引き剥がそうとするが、力が強い。ここ数日は一緒に温泉に浸かっているので、ユララのレベルも20近くまで上がっており、筋力は俺とそう変わらないのだ。


 俺はユララをたしなめた。


「おい、照れ隠しなんだろうが、嫌いとか言うの良くないぞ。男の子はそういう言葉で本当に傷つくんだからな」

「分かって言ってるの。だからジンには言ったこと無いでしょ?」

「煽るのやめろ!」


 デールの顔がさらに引き攣る。引き攣りすぎてすごい形相になっている。あまりの殺気に後ろの取り巻きたちが引いていた。


 ユララはユララで頬を膨らませてプイッと顔を背けた。ユララはユララでなんだか怒っているようだ。デールが俺の悪口を言ったことを気にしているのだろうか。気持ちは嬉しいのだが、俺が大変気まずい思いをしているのに気付いて欲しい。


 仕方なく俺の方からデールをフォローする。


「あー、デール。気にすることはねえ。女の子ってのはたまに理不尽な怒り方をするもんだ」

「僕よりユララのことが分かってるとでも言うつもりか!」「坊っちゃん、こいつ生意気ですぜ!」「やっちまいましょうっ!」


 何故かデールと取り巻きたちがさらに怒りだした。


 俺か? 俺が悪いのか?


 デールは怒りのままに俺に指を突きつける。


「ここまで僕を侮辱してただで済むと思うなよ! ユツドー、君に決闘を申し込む!」

「いや、落ち着いてくれ。俺はそういうのは好きじゃない」

「ジン、ボコボコにしてあげなさい」

「だから煽るのやめろ!」


 ユララが俺を応援したことでますますデールは憤った。周りの冒険者たちも「いいぞ、やれやれ!」「ユララを賭けて勝負かー?」「ユツドー、やっちまえっ!」等と囃し立てる。こうなるともう俺に止めることはできない。


 あっという間に木剣を渡され、俺はデールと向かい合うことになった。


「どうしてこんなことに……。おい、本当にやるのか?」

「僕のユララに近づく毒虫め! ベイカー家の長男であるこの僕の剣技で成敗してくれる!」


 デールは怒り心頭と言った感じで話を聞いてくれそうにない。デールの取り巻きたちも挑発してくる。


「おいユツドーってやつ、お前終わったぜっ! 坊っちゃんはなあ、ベイカー商会の跡継ぎなんだぜっ! 金を使ってレベル上げまくってんのよっ!」

「ギャハハハハハッ! ボコボコにされちまいな!」


 ガラ悪くてこわ……。本当に商人か? 盗賊か何かの間違いじゃないだろうな。


 念のために俺は鑑定魔法でデールのレベルを見て、密かに感心した。



【名前】デール・ベイカー

【種族】普人族

【レベル】10



 確かにレベルは高い。温泉魔法でレベルを上げている俺とは違って、冒険者は魔物を倒すことでレベルを上げるしかない。この付近の魔物のレベルを考えると、並々ならぬ努力をしないとレベル10には届かないだろう。デールが自信を持つのも分かる。


 しかし、俺のレベルは21だ。このレベル差で本気で木剣を叩きつけたら殺してしまうのではなかろうか。ちなみに鑑定魔法のレベルが上がったことで種族も見れるようになったようだが、今はあまり役に立ちそうもない。


 どうすれば良いか分からないまま、冒険者の一人が開始の合図を上げてしまう。


「よーし、始めっ!」


 開始と同時に、デールが木剣を振りかぶって襲いかかってきた。


「はあああああっ!」


 意外にも動きは遅い。魔法使いの戦闘の本質は魔力操作にある、とはアメリアの言葉だが、その観点で言うとデールは基礎の基礎もできていない。両足に魔力を込めることすらしていないので、移動速度が常人のそれと変わらないのだ。太っていて動きがゆっくりなぶん、常人より劣っているかもしれない。


 アメリアに魔力操作と魔法を教わった俺の敵ではない。


 俺はデールの木剣に軽く自分の木剣を打ち合わせた。それだけでデールの木剣は弾かれ、あらぬ方向に飛んでいく。


 唖然としているデールを木剣で打ち据える気には到底なれない。俺は右手で軽くデールの額にデコピンをして、この場を収めることにした。細心の注意を払って手加減をしたつもりだが、それでもまだ魔力を込めすぎたらしい。


 ――ドン!


 デールが上下に回転しながら吹き飛んでいく。一回転、二回転、三回転と景気よくグルグル回りながら飛んでいくデールを見て、俺は青ざめた。しまった、やりすぎた。観戦していた取り巻きたちが上手いことデールをキャッチしてくれなかったら、もっと吹き飛んでいたかもしれない。人間相手の手加減は要練習だな。


「坊っちゃん、しっかり!」「坊っちゃあああああんんんっ!」


 取り巻きたちが気絶したデールを抱えて医者に連れて行った。変に恨みを買ってないか不安だ……。まあそろそろこの街を出るのだから問題にはならないか。


「勝負あり!」


 決闘終了の合図と共に、冒険者たちが歓声を上げて駆け寄ってきて、胴上げしてくる。俺は最初は「うははっ、よせよっ」と満更でもない態度を取っていたが、通常サイズのトテトテが胴上げに混じってきて顔色を変えた。


「キュポッ!」

「よせよせよせっ! ぐわああああっ!」


 主人が勝ったことでご機嫌なトテトテのヘディングによって、俺は空高く舞い上がった。

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