019:勇者の噂
ヌルヌルになったエロいアンをそのまま連れ回すワケにもいかず、オサム達は一度シュガルパウダンの屋敷へと戻る事にした。
「うぅ、こんなところまで侵出してきているなんて、予想外ですよぉ……」
道すがら、アンは触手プレイを思い出したのか自身の肩を抱きながら嘆いていた。
「あのような触手植物は魔族の領域で育つ特殊な種類なんです。だから魔族が手入れをしていないと、あまり繁殖しないハズなのですが……」
町の人たちの目もあるため、アンにはオサムの上着を貸しているが、それでも寒気を覚えるのだろう。
一部の年頃の男子諸君にとっては眼福モノの光景であっても、本人からすれば悲惨極まりない事故である。
「ま、まぁ、アレでは一部の愛好家がいるのも納得ですけどね……」
「え?」
「い、いえ! こっちの話です! お気になさらず!」
……悲惨極まりない事故、のハズである。
アンの頬がほんのり赤く染まっているのも気のせいなのである。多分。
「ですが、やはり魔族が勢力を広げようとしているというのは本当なのでしょうか。魔性植物の浸食……魔物の活動域が広がっている証に思えます」
「そうなんだろうね。それを知れただけでも、やっぱりここを見に来た意味はあったよ。案内ありがとうね、アンさん」
「い、いえ……お恥ずかしい所ばかりお見せした気しかしませんでしたが……」
恥ずかしそうに言うアンを見て思い出すのは、確かに恥ずかしい場面ばかりだった。
(いいえ、本当にありがとうございます!)
そう心の中で手を合わせるオサムだった。
「それにしても、領主様が独断で兵力を集めている事に、都心部では反感を持つ者もいるらしいのですが……この状況ではやはり領主様のご判断は正しいのでしょう」
魔族の活性化に対し、確かな証拠も被害もない。
シュガルパウダンもそう話していた事を思い出す。
人と魔との争いの気配。
シュガルパウダンが感じたそれは、他者からみれば、ただの個人の感覚的なものにすぎない。
それに対し、この町に兵力が集まっているという事実は他社から見ても確かな事になる。
「全く、『勇者』さまを抱える都心部は安全なのでしょうけど、こっちは兵士も少ない田舎なんですから。そんな小さな事に目くじら立てるのも器が小さいってものですよー」
勇者という単語に、オサムの脳裏にクラスメイト達の姿が浮かぶ。
「そういえば、やっぱり勇者って有名なの?」
「勿の論ですよ!!」
アンはカッっと目を見開いた。
「魔王軍に対抗するため、王家秘伝の儀式で異界の戦士を召喚することに成功したのは有名すぎます! それもその戦士たちは伝説の聖剣に選ばれた剣士だとか、大賢者の魔法を習得した魔法使いだとか、個々でも魔王と戦えるレベルの伝説級の人材ばかりらしいですからね!! これはもう、本当に凄い事なのですよ!!!!」
すごい興奮っぷりだった。
恋焦がれるように蕩けた瞳で語るアンの持つ感情、それは憧れなのだろう。
その勇者の中の一人が目の前にいるオサムであり、さらにもう一人の勇者にも触手から助けられたりしているのだが……触手に責められてトリップしていたアンは気付いてないらしかった。
「帝国の中央へ行けば行くほど、勇者さまご一行の武勇伝で持ち切りですよ。中央都市は勇者さまの話題で大賑わいなんです」
勇者は救世の存在として確かな噂になっているらしい。
その事実に、小さな違和感を覚える。
『もう十人死んだ。勇者とは言え、俺達も結局はただの人間だよ』
タナカの言葉が耳にこびりついているみたいだった。
不都合な事実は、何者かによって隠されているのだろうか。
それとも、それも帝国の人々はそれすらも承知で本当に強い一部の真の勇者だけを見て歓喜しているのだろうか。
「特に聖剣の勇者さまは凄いんです! すでに単身でドラゴンを倒したなんて話もあるんですよー! まだこの世界に来たばかりだというのになんてご活躍ですか!!」
オサムの目の前で大好きな特撮ヒーロー語る子供みたいにはしゃぐをアンに、それを聞く気にはなれなかった。
「へえ、詳しいんだね。あ、もしかしてアンさんって中央から来たの?」
「あ、いえ!? 知り合いから聞いた話なんですけどね!?」
話を紛らわすみたいに何となくそう尋ねてみると、ものすごく動揺された。
確かにアンは中央に詳しい。
ドジな部分が強調されるが、その身のこなしなど、洗練されていて優雅に思う。
それが育ちの良さなのか、それともメイドとして身に着けた技術なのかはわからなかったが。
「ワタシは生まれも育ちもド田舎ですから! おほほ!」
笑い方が変になっていた。
アンがなにやら必死なようだったし、これ以上は何だか可哀そうなのでツッコミはなしにしておいた。
「ただいまー」
「ただいまですー!」
屋敷に戻ってもシュガルパウダンの姿はなかった。
どこへ出かけたのか知らないが、まだ戻っていないらしい。
アンがそのまま着替えに向かうと、オサムとドリーは急にやる事がなくなってしまう。
「さて、どうしたものかな」
森の事は少しだが理解できた。
場所も覚えたし、いざという時に「ラムズレーンってどこだっけ?」みたいな間抜けな事にはならないだろう。
魔族の活性化も事実らしく、シュガルパウダンに手を貸すことに迷いもない。
オサムにとっての気がかりと言えば、他の勇者たちだった。
この町とはあまり関係がない事だが、彼らの動向が気になってしまっている。
「聞き込みでも、してみるか……?」
元々、この町にはこの世界の情報を集めに来たのだ。
そのついでに勇者たちの話も聞けば良い。
「聞き込みは、酒場。そう相場が決まってる」
ドリーが真顔で言う。
まるでゲームみたいだな、と思いつつも他にあてもなく、オサムはドリーの案に従ってみる事にした。
「たしかに酒場、あったね」
二人はアンに「少し出かけます」と書置きだけ残して屋敷を出た。
酒場は町の真ん中の方だっただろうか。
うるおぼえだが問題もないだろうと歩き出す。
小さな町だ。
フラフラと歩けばすぐに見つかる。
その時、オサムはふと思った。
(そういえば、タナカはラムズレーンの森に何をしに来ていたのだろう?)
出会いが唐突過ぎて、その時には何も疑問に思わなかった。
だが、落ち着いて考えると少し不思議だ。
オサムの中で小さな疑問が広がっていく。
帝国は、この森には魔族の動きを証明するものがないと言う。
タナカの言葉はそうじゃなかった。
『このヘーンドランドの付近は特に危険だ。魔物の行動が活発になってるからな』
確かにそう言った。
そして、事実として
中央都市のお抱えになっているハズの勇者が動いている。
それが、魔物の動きを示す何よりの
急に、視界がクリアになった気分だった。
違和感そのものに気が付くのと、違和感の正体に気づくのが同時で、オサムの思考は急速に加速する。
「きゃあああああああああ!?」
「ま、魔物だっ! で、でで、でかいぞっ!!」
町に響くいくつもの悲鳴。
恐怖に見開かれた視線の先にあるのは、オサムの答えそのものだった。
まるで森そのもののような、巨大な姿。
大きすぎる単眼が、ヘーンドランドを見下ろしていた。
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