020:ヘーンドランド防衛戦①
ただ歩くだけ。
巨人のその何気ない一歩で、ヘーンドランドの南門は消滅した。
もともと腰ほどの高さの柵がある程度のそっけない門だったが、それすらも踏みつぶされてただの平地になってしまった。
その巨人が何なのか、オサムは知らない。
青白いゴツゴツとした岩のような肌も、頭部の半分くらいを占めるほどに巨大なひどく充血したその眼も、なにより高層ビルみたいにそびえるその巨体も、元の世界では見たことのない生物だった。
ただ、それが魔物だという事はわかった。
そしてその魔物がこの町を破壊しようとしているのだという事も。
シュガルパウダンが言っていた魔物はこいつに違いないのだと。
「ドリー! いくよ、全力で……」
出し惜しみする場面じゃない。
ドレインデッドの全力で、少しでも被害が小さい内にあの巨大な魔物を排除しなければ。
オサムがそう判断した時、オサムの予想していない事態が起こっていた。
「よぉ、オサムくぅ~ん」
「ぎゃはっ、本当にいたぜ。まだ生きてたのかよ」
そこにいたのは二人組の男だった。
つい先ほどもみたばかりの、オサムと同じ黒い学生服を着ている若者だ。
「き、君たちは……」
クラスメイトのカトウとヤマモト。
オサムに対するイジメグループの中でも過激派の二人だった。
お互いがもともとの粗暴な性格もあり、他の生徒にも敬遠され気味だったため、この二人は自然と一緒に行動する事が多くなった。
そしてそれはオサムのイジメに対しても同じだった。
でも、今はそんな事はどうでも良い。
「……ドリー?」
ドリーがいない。
すぐそばにいたハズなのに。
「あー? もしかしてここにいたあのおチビちゃんか?」
「なんだ、知り合いだったのか? オサムのくせに、あんな美少女と知り合ってんじゃねぇよ」
「ぐはっ!!?」
ヤマモトに軽く腹を小突かれた。
それだけで、オサムは激痛でその場にうずくまってしまった。
「ぎゃはははははは!! 見たかよ、もしかして今ので内臓でもイカれたのか!?」
「ほんっっっっとうにクソ弱ぇんだな!? レベルマイナスなんて赤ん坊にも劣るってのは本当らしいぜ!!」
これまで普通に生活できていたせいで忘れかけていた。
自分が生まれたての赤子なみの存在なのだと。
そして実感する。
この世界のレベルの意味を。
オサムは元の世界よりも明らかに弱い存在になっていたのだ。
まるで身体の中の大事な何かが勝手に書き変わっているみたいに。
オサムはクラスでずっとイジメられてきた。
だから元の世界でも暴力を受けたことはある。
それでも、こんなに激しい痛みを感じたのは生まれて初めてだった。
「うっ……がはっ……!?」
本当に内蔵が破裂でもしたのかと思った。
暴れるような熱さが全身を焼くようだった。
思考は乱れ、視界は眩む。
死神の足音が聞こえるくらいの、激痛で呼吸すらもままならないほどの痛みだ。
まるで呼吸器官がねじ曲がってしまったみたいに空気が通らない。
死ぬほどの激痛が嫌な想像をかきたてる。
あの時、廃墟を強襲したリルの攻撃をかすりでもしていたら、オサムはその場で言葉もなく絶命していただろう。
今、この二人が本気で暴力を振るおうとしていたら、イジメを楽しむ暇もなくオサムを殺してしまっていただろう。
オサムはそれほどまでの自分の弱さを痛感していた。
「お、お前たち……! ドリーに……何を……!!」
「おうおう、無理すんなってクソザコナメクジくん。本当に死んじまうぞ? 俺らだってこんな所までわざわざお前を殺しに来るほど暇なわけじゃないんだから、勝手に死ぬなっての」
「そうそう。それに心配すんなって。あの子は俺の好みだったからな。安全な場所に確保しといたぜ」
「……か、確保?」
「いや、アレじゃん? この世界の女子ってレベル高いじゃん? 見た目的な意味でな」
「そうなのよ。だからさ、可愛い子だけでも確保しとかないと勿体ないだろ?」
「……な、何を言ってるんだ!?」
オサムには二人が言っている意味が良くわからなかった。
ドリーは無事らしいが、状況が飲み込めない。
ここではないどこかへ移動させられた?
一瞬のうちに?
「まぁ、クソザコナメクジくんはそこで塩ぶっかけられたみたいに丸まって見てろや」
「そうそう、赤ちゃんレベルとは違う本当の勇者さまの力をなぁ!」
ヘーンドランドの町は大混乱だった。
領主が不在のため、常駐している兵力も少ない。
その兵士たちも巨大な魔物の姿を前に完全に委縮してしまい、逃げ惑う民衆と変わらない有様だった。
「ギシャアアアアアアア!!」
「ゴガアアアアアアアア!!」
状況はさらに悪化していく。
巨大な魔物に追従するように、森の魔物達も町へと侵攻してきていた。
このままではすぐにでも町は魔族に滅ぼされるだろう。
……ここに、2人の勇者さえいなければ。
「さて、俺らだけでヤッちまうか」
「おう、さっさと片付けようや」
臆する事なく魔物達の前に立ちはだかるのは、まぎれもない勇者の姿だった。
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