021:ヘーンドランド防衛戦②

 帝国騎士団には階級が存在する。


 その昔、発掘により莫大な資産を生み、帝国の始まりとなった鉱石に由来するその階級は、今や紋章となり各々の鎧の左胸に付けられている。


 通常の騎士達の階級は最上位を『退魔の秘石』と呼ばれる白金プラチナが飾り、ゴールドシルバーブロンズと続くその下に、下級騎士としてアイアンレッドがある六階級に分けられている。


 鉄と鉛の下級騎士たちは主に辺境を守る巡回などの任務にあたる。

 この二階級が最も騎士の数が多く、騎士団の半数を占める階級でもある。


 銀と銅になれば中級騎士として、帝国全土で様々な任務につく。


 さらに上級騎士である金になれば、中央都市の守護という大役を務める事を許される。


 帝国の首都で王族に仕える事が出来るのは最上級騎士である白金の騎士だけであり、それ自体が騎士にとっての名誉である。


 ヘーンドランドのような辺境の町の護衛を行うのは、余程の特別な理由がない限り低級騎士達の役目だ。


 村一番のケンカ自慢や、力持ち。

 その程度のレベルの人間では階級以前に騎士の資格すら取得できない。


 低級とは言え、帝国の剣なのだ。

 大人の男たちが束になっても敵わないような、そんな戦いの才能にあふれた腕利きだけが騎士になれる資格を持つ。


 一般の人間からすれば、帝国の騎士そのものが憧れの対象になるほどの存在なのである。


「この、この……う、うわあああっ!!」


「ひぃ! た、たすけ……ぐぎゃあ!!」


 そんな騎士達が、徒党を組まなければまともに倒せない存在。

 それが魔物だ。


 森の奥から現れたのは魔族の中でも最下位レベルの種族、ゴブリン達だった。


 痩せこけた体躯で子供ほどの背丈しかない。

 それにも関わらず人間以上の怪力を持ち、痛みを知らず、その獰猛で残虐な思考のままに騎士たちを蹂躙していく。


 ゴブリンには雌がおらず、女を見つければ攫って死ぬまでゴブリンの子を産ませ、男を見ればその場で死ぬまで遊ぶいたぶる。

 本能と行動が直結した、ある意味もっとも恐ろしい魔物である。


 抵抗するには人類も数で圧倒するほかない。

 だからこそ、帝国を守るのは騎士なのである。


 勝ち目のない戦いに、誰もが悲鳴を上げて逃げ回る。


 そんな地獄絵図の中、逃げるそぶりも見せない人間が二人だけいた。


「ギシャア!!」


 その存在にゴブリンたちもすぐに気づいた。


 鋭い牙をむき出しに、一匹のゴブリンがその男に飛び掛かる。

 男の一人、ヤマモトは目線だけを動かしてそのゴブリンを視界に捉えた。


「オェ、キモい。死ねよ」


 ――パッ。


 瞬間、ゴブリンの頭が消えた。

 噴水のように紫色の体液を噴き出して、動かなくなった緑の体がバタリとその場に倒れる。


「なんなんだよ、こいつら。キモすぎだろ」


「マジそれな。そのまま全部いけるか?」


「あー、動き自体はトロいからな。よゆーでしょ」


「んじゃ、残りもオネ!」


 そんな気の抜けた会話の後、次々とゴブリン達の体が消失していった。

 ゴブリン達は何が起きているのかもわからず死んでいく。


 ――パッ、パッ、パッ、パッ、パッ。


 ヤマモトは視線を動かすだけで、一瞬にしてゴブリン達を殲滅した。


「ゆ、勇者さまだ……!」


「勇者さまが来てくれたぞ!」


 魔物をものともしない圧倒的な力の前に民衆が沸きたつ。

 二人はそれに手をヒラヒラと振るだけで答えた。


「さて、じゃあ本命にいくか」


「おっけー。さっさと片付けようや」


 二人が見上げるのは、巨人の姿だ。


「とりあえず……半分くらいイっとく?」


「あー、そんなもんじゃね? どうせこれ、ハリボテなんだろ?」


「らしーけど、普通に死んだら笑うわ」


「その方が楽だけどな」


 ヤマモトの視線が巨人の上半身を向く。

 次の瞬間、その上半身だけが後方へと移動し、森に落下した。


 ――パッ。


 残された下半身が力を失い、町へと倒れ込んでくる。


「あっ」

「げっ」


 ――ズゥゥゥン……!


 カトウとヤマモトが巨人の死体に押しつぶされる直前、その死体が後方にズレていた。


「おま……ビビらせんなや」


「いや、わりぃ。つーか俺もビビった」


 血を流すこともないその死体はボロボロと風化するように崩れだし、その中からはゴブリン達とも、その巨人とも全く別の姿が現れた。


「なるほどねぇ」


 その魔物は人型をしていた。

 黒い髪を切りそろえたオカッパの、一目見るだけなら大人しそうにも見える少女の姿。


 服装も着物に似ているが、やけに露出が多い。

 着物よりもむしろほとんど水着に近いくらいだった。


 そして、額からは一本の角が伸びていた。


「シャーマン型だ。見た目も……うん、完璧に情報通りだな。委員長の言ってた通り」


「まぁ、委員長の能力って千里眼? かなんからしいし、未来予知みたいなもんなんだろ? そりゃその通りになるわ」


「とは言え、ここから先は予知の先なんだけどな」


「ま、結果とか見えてるから別にいいけど。こんなチビに負ける気がしないし」


 二人は最初からその存在を知っていた。


 町に巨人が現れる事も、その巨人の姿を隠れ蓑にしてゴブリン達を率いる魔族が隠れている事も。


 実際には初めて戦う魔物だが、それでも知っていたのだ。

 だから彼らはここへ来たのだから。


「貴様ら……フン、勇者か。確かに騎士とは比べ物にならんな。能力スキルだけは立派らしい。脳みそは空っぽのようだが」


 巨人の姿を破られても、その魔物はまるで驚いてはいないようだった。

 冷静に、淡々と、状況を整理するように話す様子には勇者の異能へ対する恐怖心など微塵も見られなかった。


「おー、しゃべったぜ。やっぱり高位魔族だ。あの角……鬼か?」


「そうみたいだな。メスの鬼は魔術が得意だって聞いた気がするし」


「とりあえず魔法だけ警戒だな」


「だな。おい、お前がゴブリン達を操ってたのか?」


 カトウが聞くと、鬼の少女はツンと顔を逸らした。


「答える義理はないな。だが操ったわけではない。あいつらが勝手について来ただけだ」


「ぎゃは! 答えてるし! ツンデレじゃん!!」


 少女は顔を逸らしたまま、笑われたのが恥ずかしいのか怒っているのか、少しだけ顔を染めたがそれ以上の反応はしなかった。


 ただその仕草に過剰に反応した奴がいた。


「あー……俺、キュンと来たわ。良いわ、魔物とか関係ねー。もう殺すのやめよーぜ。にしてたっぷり可愛がってやろう」


 ヤマモトだった。

 彼はロリコンだったのだ。


「確かにお前のストライクゾーンだな。好きにしろよ」


「とりあえず、おとなしくさせとくか」


 ヤマモトの視線が、魔物の右腕を捉えた。


 ――パッ。


 音もなく右腕が消え去り、鮮血が飛ぶ。

 次いで、左腕も同じように消滅した。


「これが俺の能力……『強制歪接キョウセイワイセツ』。視界に捉えた物ならなんでも自由に好きな場所に移動させる事ができるってワケさ。どうよ? 感じたか?」


 ヤマモトはニヤニヤと余裕の笑みを浮かべ、わざわざ種明かしまでしてやる。

 もちろん、それは優しさではない。


「さて、降参するならこれくらいにしとくけど? それとも両足までイっとくか?」


 ヤマモトの能力を防ぐには、視界から逃れる以外に方法はない。


 下手に動こうとすれば、その前に足を消すだけ。

 逃がすつもりなどないし、それくらい高位の魔物には理解できるだろう。 


 だからこそ、絶望させるためにあえて教えたのだ。

 己の性欲を満たすためだけに。


「たわけが」


 少女は怯える事もなく吐き捨てた。

 そして、一瞬にして消滅したハズの腕が再生する。


 ――ズルゥ……。


「げっ。こいつ、もしかしてアンデッド型か……?」


「それか、これもハリボテってパターンとかもあるか?」


「カンだけど、遠隔操作かもな。それなら後はお前に任せるわ」


「いいぜ。サポート頼む」


「おっけー」


 ヤマモトに代わり、カトウが一歩、前にでる。

 その手の近くに、剣が現れた。


 ヤマモトが近くの騎士の死体から移動させたのだ。


 ――パッ。


 そして、次はそのままカトウを動かした。

 ヤマモトの能力により、カトウの姿が少女の後ろへと移動する。


 その剣が、少女の腹を突き破る。

 次の瞬間には再びカトウは移動し、元居た場所に戻っていた。


 ――パッ。


 その全てが一瞬の出来事だ。


「はい、終わり」


 ――カラン。


 カトウは剣を投げ捨て、言い放った。


 少女は腹に開いた傷を見ても、顔色を変えずにただ呆れた溜息をこぼした。


「本当に脳みそが空っぽのようだな。この程度の傷で……」


「いや、言ったろ。終わりだって」


 少女の傷口はすぐに塞がりつつあった。

 だが、すでに異変は起こっていた。


 治っていくハズの傷口が、内側から食い破られる。


 ――グチャ!


「……うっ! これは、我の血液をっ!?」


 少女の腹を突き破って出てきたのは、黒い狼の姿だった。

 その狼は少女の傷から生まれ、その血液を啜って育つ。


黒狼血コックローチ。その血は支配した。お前はもう終わってんだっつーの」

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