022:ヘーンドランド防衛戦③
「な、なんだぁ!? のデカブツは!?」
自分の育てた町を襲うその異形ともいえる巨大な魔物の姿に、シュガルパウダンは自分でも間抜けだと思うくらいバカみたいな声を上げてしまった。
ラムズレーンの森に潜む巨人。
シュガルパウダンはその存在を事前に察知していたから知っていた。
だが今、ヘーンドランドを襲っている巨人はその比ではない異常な大きさである。
この世界には巨人と呼ばれる種族が存在する。
それでも大きさはせいぜい、人間の三倍、四倍が良いところだろう。
せいぜい森から頭がでる程度の大きさだ。
だが、今見えてるものは、ヘーンドランドから離れた別の町からも、その姿がハッキリと目視できるほどだ。
巨人どころではない。
「落ち着いてください、ヘンドラット卿」
シュガルパウダンをなだめる声の主は、まだ若い男のものだった。
パリッとした青い貴族服に身を包んだ男の名はワンダ・ランディ。
シュガルパウダンが訪れているヘーンドランドの隣町、マヌカの若き領主である。
「えぇ。ヘンドラット卿は運が良い。ちょうど、南部の警護に当たっていた勇者が町の近くにいるようです」
「勇者は二人。『血狼』と『歪接』。どちらも戦力においては非常に優秀な勇者だと聞いています」
ワンダの言葉に続くのはビュティとアメイ。
それぞれマヌカに隣接するミグエルの町と、ヒンデリアの町の領主である。
二人とも、ワンダに似た面影のある女性だった。
「二人の言う通りです。ヘンドラット卿、心配せずとも勇者がすぐに片を付けてくれるでしょう。勇者が召喚された今、この帝国に対して戦いを挑むなど魔族であってもただの自殺行為ですよ」
「お言葉だが、ワンダ殿。その眼は節穴ですかい?」
ワンダの楽観的な言葉に、シュガルパウダンは苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てた。
「貴様、お兄様に向かって無礼な口を!!」
「田舎町の成金風情が! 汚い口を慎め!!」
淑女然としていた二人が激昂して立ち上がり、殺意のこもった眼光でもってシュガルパウダンを射抜いた。
「二人ともお止めなさい。お客人に対して失礼ですよ」
「ですが……!! こいつ、お兄様を!」
「そうです! それが客人とて、許されません!」
「落ち着きなさい。ヘンドラット卿にもなにか思う所があるのでしょう。ヘーンドランドの現領主は特別な慧眼を持っていると、そう聞いたことがあります」
苛立ちを隠さないシュガルパウダンの態度にもワンダは冷静だった。
若くして三つの町をまとめ上げるだけの事はある。
帝国最南端の町であるヘーンドランドから北、ヘーンドランドに次ぐ南端の町がマヌカという町だ。
そしてマヌカには西にミグエル、東にヒンデリアと二つの町が隣接している。
マヌカは長男であるワンダを筆頭として、双子の妹であるビュティとアメイそれぞれが町の領主であり、互いに互いの町を援助しあう三位一体の町として発展してきた。
実質、ワンダはその三つの町を統治してる事になる。
「いや、こちらこそ取り乱して申し訳がない。失礼な態度を取って悪かった」
シュガルパウダンはワンダのその姿に少しだけ冷静さを取り戻した。
まだ若いワンダを前に、良い年した大人である自分がこれでは示しがつかない。
それくらいの良識はシュガルパウダンも持ち合わせている。
「あの魔物、普通じゃありません。自慢じゃありませんが、敵の戦力を見抜くのは得意でして」
「ほう、噂の慧眼ですか」
「そんなところです。信じるか信じないかは貴方次第ではありますがね」
ワンダはシュガルパウダンの話に興味津々といった様子だが、双子の妹達は疑いの眼差しを向けていた。
シュガルパウダンから見たあの巨人が放つ光は、見たことのないような強さだった。
それも、歪な光だ。
普段見える光は対象の全身から溢れるものだが、あの巨人の光が強くなったり弱くなったり、ぼやけたり、光源の位置が変わったりと何かがおかしい。
ただ、確実に強力な魔物であるという感覚だけは一貫していた。
「それは、例え勇者でも敵わないかもしれないと言う事ですか?」
「いや、わかりません。私も勇者を直接見たことがありませんから。ただ、こんなに強い魔物は初めてみました。例え勇者が強くても、魔物が倒せたとしても、町への被害は止められないかと」
シュガルパウダンの話を聞いたワンダが神妙な顔で考え込む。
双子の妹達はそれを心配そうに見守っているだけで、誰も何も言わない静かな時間が流れた。
「わかりました。我々の騎士も手をお貸しましょう」
沈黙を破ったのはやはり、ワンダだった。
「お、お兄様!?」
「しかし今は……!?」
「今だからこそ、だ!」
何かを言いかけた双子を制止してワンダは立ち上がった。
「争いが現実として始まってしまった以上、机上の論争など無意味。それにヘンドラット卿も、いざとなれば町の民と共に心中するお覚悟のようだ」
「……!!」
シュガルパウダンは顔に出したつもりはなかったが、ワンダには読まれていた。
本来なら町の危機に領主がこんな場所でゆっくり会議などしている場合ではない。
だが町の騎士団を連れてきている今は少しだけ話が違った。
騎士団は帝国のものであって、町のものではない。
領主であれども騎士団の移動には帝国の許可が必要になる。
今、マヌカに騎士団を引き連れているのも帝国の指示によるものだからだ。
故に、今すぐにヘーンドランドに騎士団を戻すとなれば、一度、帝国に指示を仰ぐ必要があった。
町に滞在してる普段ならばそのまま戦いに出す事もできたのだが、別の場所から町を守りに行くという行為には明確な帝国の意思が必要なのである。
巨人の姿を認識した瞬間、すでにオリビンが伝令に指示を出していた。
帝国からの返答があり次第、シュガルパウダンはすぐにでもこんな会議からは抜け出るつもりだった。
そしてもしも許可が下りなければ……その時は自分だけでも動くつもりだったのである。
だが、まさかワンダの方からそんな事を言ってくるとは思ってもいなかった。
ヘーンドランドが落ちれば、次の戦場はこのマヌカになる。
ワンダの決断はある意味では正しい選択なのかもしれないが、ヘーンドランドとマヌカの間にはマカダミア平野という戦争に打ってつけの開けた場所がある。
マヌカとしては争いを急ぐ必要がない。
むしろ、本来ならば平野での防衛の為に、今は騎士を温存するべき時でさえある。
「しかし、帝国の指示なしには……」
「何を言っているのですか! そんなもの後でどうとでもなる。今は民の命が最優先でしょう?」
「……勇気ある決断、感謝する!!」
シュガルパウダンは会議室から飛び出した。
◆
慌ただしくマヌカの騎士団が動き始めた頃、ヘーンドランドにはすでに二人の勇者が到着していた。
そして戦いが始まった。
ゴブリンの集団はあっけなく殲滅され、巨人の上半身が切断された。
鬼の少女が姿を現し、戦いは続く。
そしてそれから僅かに時間が経った頃、ヘーンドランドの地は真っ赤な血の海に染まっていた。
二人の勇者の血によって。
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