008:特異点「不在存在」


「オサムくん、そこの瓦礫を運んでもらえるかしら~?」


「はい。じゃあ、こっちに寄せときますね」


「オサム、私も手伝う」


「ありがとう、ドリー。持てるか?」


「これくらい平気。それと、礼は要らない。私とオサムは一心同体」


「そっか。それでも、ありがとな」


「ん……」


「あらあら~。すっかり仲良しさんね~」


「一心同体」


「あはは……」


 オサムのおかげで廃墟っぽさを増した建物を、三人は片付けていた。

 まずは散乱した瓦礫をどかして、建物の損壊具合を確認しようという所だ。


 オサムのドレインデッドの制限時間はとっくに過ぎている。

 本来なら、オサムにとっては自分は死んでいるハズの未来にいる感覚だった。


 結論から言えば、オサムは死ななかったのだ。


「私の力は、超次元の力の高利貸し。時間が過ぎれば、与えられた以上の力の返済を強制される」


 ドリーの話によれば、それは借金みたいな物らしい。


 ドレインデッドの契約によって一時的に本来は持ちえないほどの力を得た者は、その後その全てを返済する必要がある。

 それも、大きな利息付きで。


 その大きすぎる利息によって生命力すら失い、ドレインデッドの契約者は誰もが命を落とすのだ。


 だからこそドリーは「呪われた存在」と呼ばれていたのである。


「確かにあのすごい力はもうなくなっちゃったみたいだけど……なんだか元に戻っただけって感じかな」


 約一分。

 ドリーの宣言通り、そのくらいの時間で驚異的な力はオサムの体から抜けていった。


 ただ、それだけだった。


 死を覚悟していたオサムは、死の瀬戸際という状況の中で混乱気味にヌシに何か恥ずかしい事を言いかけていたが、結局は言えなくて良かったとちょっとだけ安堵していた。


「オサムは、おかしい」


 嬉しそうに言うのはドリーだ。

 オサムが死なないとわかって以来、ずっとオサムにくっ付いてきている。


「私に触れる強制的に契約が結ばれる。でも、オサムなら平気。だから、触れられる。オサム、好き」


 なんか最後に思考がすっごく飛躍していた気がするが、ドリー自身、自分の力に負い目を感じていたのだろう。

 契約が成されるという事は、すなわち、その相手はという事なのだから。


 オサムにとって、嫌な気持ちはしなかった。

 外の明りに照らされたドリーの素顔は人形のように可憐で整っていた。


 理由はどうあれ、こんな可愛い女の子に好意を寄せられているのだから、年頃の男の子たるオサムとってむしろ役得というものだろう。


「う~ん……仮説を立てるとするなら、原因はオサムくんのレベルかしら?」


「俺のレベル……マイナスがですか?」


 廃墟の陰に隠れて瓦礫を片付けながらヌシが考察する。


「えぇ、そう。オサムくんが他の人間……いえ、他の生き物と圧倒的に違うのはそのレベルだもの」


 帝国の騎士が言うには、赤子ですら一桁はあるらしい「レベル」。

 レベル0という存在は本来、ありえない。


 それがこの世界の常識らしい。


「レベルについては誰も知らないのよね。戦闘力だという人もいれば、生命力だという人もいるし……研究も進んでいないこの世界のブラックボックスなのよ」


 オサムの世界にはレベルなんてなかった。

 言葉はあったが、個人のレベルがわかるなんて、まるでゲームみたいな話だ。


 ゲーム好きなオサムその感覚からすると、強さと言われた方がしっくりくる気はした。


 最初から最弱であるオサムはレベルマイナス。

 


 だからオサムだけはドレインデッドの返済をしても身体に変化がなかった。


 そういう事なのだろうか。

 あまりしっくりこない話だが、今は納得するほかなかった。


 事実としてオサムは今も生きているのだから。


「前代未聞のレベルマイナス。そんな貴重な素材……じゃなくて、貴重な人材を放っておくなんて、帝国も落ちたものね~」


 そういわれて、あの帝国の王を思い出した。


「あの、レベルを確認する方法ってないんですか?」


「うーん、ステータスオープンは特殊な力を持った者にしかできないのよね~。ウチにあるコレクションにもその類はないし……」


 レベルが確認できれば、オサムの体に変化が起きていないか分かりやすいと思ったが、そううまくはいかないらしい。


 国王になどそうそう会えるものでもないだろう。

 ましてオサムは帝国から追い出されるようにしてここへ来ているのだから尚更の事だ。


「私にもレベルはわからない。けど、たしかにオサムは不思議な感じがする。ちょこっとだけ」

 

「不思議な感じ?」


「うん。不思議な感じ。言葉ではうまく表現できない」


「なんだろう?」


 もしかして弱すぎて違和感があるのだろうか。

 生まれたての赤子に負ける自分の姿は、たしかに想像できない。


 さすがに勝てるような……負けるのか?

 

「気にしない。オサムはオサム」


「ふふ。そうね。オサムくんはオサムくんだものね」


 笑い声と共に時間が過ぎていく。

 ここにはレベルマイナスだからとオサムをバカにする存在はいない。


 ボロボロの廃墟には冷たい風が吹く。

 ふと、この世界にも四季はあるのだろうか、なんて考えた。

 風は冷たくなってきたが、オサムにはとても暖かい場所に思えた。


「よし。瓦礫はこんなものか」


「うん、綺麗になったわね~。ありがとう、オサムくん、ドリー」


 改めてみると、地下まで盛大に破壊されたボロボロの廃墟。


 もうすぐ日が暮れる。

 まずは三人分、夜風を凌げる場所を確保しなければならない。


 オサムは集めた瓦礫の中から、使えそうな材料を探す。

 それをドリーも手伝ってくれる。


 瓦礫をあさりながらオサムが思い出すのは、白銀の少女の姿だった。


 リル。

 人間を憎む魔族の少女。


 ドリーが力を貸してくれるなら、もうオサムが一方的に襲われることはない。

 あの狼姫の少女とも、次はもっと冷静に話し合えるかも知れない。


 仲良くなれたら良いと思う。


「オサム、どうかした?」


「え?」


 ドリーがオサムの顔を覗き込んでいた。

 

「ヘンな顔をしていた」


「へ、ヘンって……」


 いきなり失礼な事を言われる。


「まぁ、なんていうか。楽しいな、って」


「私も」


 ドリーが混じりけのない素直さで笑った。


 その純粋さに救われる。


 本当に良かった。

 ヌシに出会えて、リルに出会ってしまって、ドリーにも出会えて。


 きっと、もっと素敵な出会いがある。

 そんな気がする。


「これはきっと、運命」


 ドリーが不意に、そう呟いた。


「オサムが望むなら、きっと、私はどこからでも、オサムのもとにかけつける」


「うん。頼りにしてる」


 運命だなんて、少し恥ずかしい言葉だと思った。

 けれど、不思議と悪い気はしなかった。


 そうして、廃墟と、人影と、遺物の少女と共に、オサムの新しい世界は始まったのだ。






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 【作者あとがき】

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