012:不穏な巨影
「……ったく、この俺が女に困っているとでも思ったのか?」
「いや、本当に失礼しました……」
オサムは「少しは困ってそうかもな」とか思ってしまったとはさすがに言えなかった。
そして「それを金で解決してそうだもんな」なんて思ってしまったことも絶対に言わない方が良かったとちゃんと分かっていた。
さすがにこれ以上の失礼を重ねては、あの黒服に何をされるかわかったものじゃない。
しかし「上玉だ」とかあんな言い方されたら誰でもカンチガイしてしまうというものだ。
もっと分かりやすく言って欲しかったが、勝手に勘違いをしたのがオサムである事には間違いはないわけで、あまり強くは言えない。
それに交換材料にオリビンを出してくるのも卑怯だと思った。
あんなの勘違いしろと言ってるようなものだ。
エルフの騎士、オリビン。
その強さよりも、なにより女性としての美しさのインパクトの方が強すぎた。
「兄ちゃんがやけに拒むわけだ。全く、交渉が進まないわけだぜ」
そう。
最初から、決定的に二人の交渉は食い違っていたのだ。
オサムは急に話しかけて来たシュガルパウダンを見た目から「怪しい成金野郎」だとカンチガイし、その言動からドリーを召使いか、奴隷、あるいは如何わしい目的のために手に入れようとしていると思ってしまったのだった。
だが、当のシュガルパウダンは兵士、あるいは戦士としてドリーを手に入れたかったらしい。
オサムも、当のドリー自身も知らなかったのだが、ドリーは遺物の力を抜きにしてもその辺の騎士なんかよりかなり強いらしかった。
オサムが「そうなのか?」と視線を送ると、ドリーは「わからない」と言う様に小首を傾げた。
頑張って想像してみるが、この大人しい少女が豪快に戦うイメージなどオサムにはわかなかった。
「兄ちゃんが冒険者をやれてるって事は、主戦力はその娘なんだろう? だったら裏付けが取れたようなもんだ。俺は一目見ただけでその相手の力量がなんとなくわかるんだよ。もちろん、兄ちゃんの力量もな」
遠回しに「兄ちゃんが死ぬほど弱いのはバレてるぜ?」と言われているようだった。
それが相対的にドリーの株を上げてしまっていたらしい。
オサムの「レベルマイナス」が妙なところで効いていたのだ。
しかしオサムがドレインデッドの力がなければレベルが0にすら満たない最弱なのは事実なのだから、その慧眼は本物なのだろう。
すなわち、本人に戦闘経験がないだけで、ドリーがその気になって戦えばそれはかなりの戦力になるというのも信用できる話になる。
「……もしかして、レベルが見えるんですか?」
オサムが聞くと、シュガルパウダンはピクリと眉を上げ、少しだけ考える素振りを見せた。
「あぁ、お前さんも国王の噂は知ってたのかい……そうだな。残念だが、それとは少し違うだろうな」
もしかしたら、と思って聞いてみたが、あの能力とはまた別物らしかった。
誰であろうとハッキリとした数字となる国王の能力に対し、シュガルパウダンはぼんやりとした感覚でしかわからないし、人によってその見え方は違うらしい。
「強いやつはな……こう、体から湯気みたいな光を放ってるんだ。それが必ずしもそいつの戦闘能力とは限らないんだが、それでも必ず
そういう事か。
この男は、ドレインデッドのその能力を見抜いたというわけだ。
命を引き換えにするとはいえ、ドリーの与える力は勇者を超える。
シュガルパウダンの目を引くわけだった。
この男にはドリーの体が眩しく見えて仕方ないのだろう。
「しかしまぁ天性の能力とは言え、人の価値を数字で測るだなんて、まったく何様のつもりなのかね。まぁ、王様なんだけどな! だっははははははっ!!」
シュガルパウダンが話を変えるように、自分で言って自分だけ豪快に笑う。
オサムは乾いた愛想笑いをしながら、この人の人生って楽しそうだなと思った。
そして例の黒服だけは笑いを堪えてプルプルしていた。
この人、シュガルパウダン好きすぎるだろ。
呆れる反面、オサム自身もこの快活な領主の事は嫌いではなかった。
第一印象は胡散臭く見えたものだが、こうして話を続ける中でその印象は良くなるばかりだ。
シュガルパウダンの言葉には裏表を感じさせない明朗さがあった。
後ろめたさのない小気味よさのようなものを感じるのだ。
それがこの男の本質なように思える。
知り合ってからそれほど長い時間を過ごしたわけでもないのに、この男は信頼できそうだと安心するオサムがいた。
さすがは一つの町を束ねる男、と言ったところか。
その人柄もある意味では才能と呼べるだろう。
仮にこれを話術などを駆使して狙ってやってるのだとしたら、それこそ才能だろうが。
「さぁ、誤解も解けた所で本題に戻ろうじゃねぇか。単刀直入に言うぜ。俺は戦力を求めてる。かなり急ぎの
「要件、ですか?」
「あぁ。兄ちゃんは『ラムズレーンの森』を知ってるか?」
「いえ、なにせこの辺りは初めて訪れたので……」
「そうだろうと思ったよ。ラムズレーンの森は、この町の支えさ」
帝国領土の最南端にあるヘーンドランドから、さらに南に位置するのがラムズレーンの大森林だ。
ヘーンドランドはラムズレーンに隣接するように、その森の恵みと共に発展してきた。
森の恵みを享受するのは人間だけではない。
森の動物や、当然ながら魔物の存在もそこにある。
「この辺りの人間の間にはルールがある。特別な時以外、決してラムズレーンの森の奥までは入ってはならない。そういう暗黙のルールさ。それがこの町を守ってる。幸運というべきか、森の魔物は好戦的ではないからな。こちらから下手に刺激しなければ余計な争いも起こらないってワケだ」
ヘーンドランドの住人達はそうやって森と、森にすむ魔物たちと適度な距離を保って来た。
その均衡が崩れようとしているらしい。
「はっきり言って、いつこの町が襲われるかも分からない。だが、まだ町には被害がでていないからな。帝国は動いちゃくれねぇ。だからと言ってこちらから仕掛けるわけにもいかん」
人間側の被害は全て森の中だ。
ラムズレーンの森は帝国領土からはみでた中立的な場所として認識されているせいで、ヘーンドランドという町への被害とは見なされない。
今のままでは帝国騎士は動かせない。
「恐らくは何かの魔物の突然変異体だろう。俺が見たのは影だけだが、巨人なみの大きさだった。あのデカさでどうやって森に隠れてんだか知らないが……アレが攻めてくれば、町にどれほどの被害が出るか想像もできんよ」
「それで、ドリーを?」
「あぁ、そうだ。俺の眼が正しければ、この戦い……俺達は今のオリビンだけでは力不足になる」
シュガルパウダンはその影に強い光を見たのだろう。
その眼で、その戦力差を体感したのだ。
だから町でオサム達を見つけた時、強引にでもドリーを手に入れようとした。
このヘーンドランドの町を守るために。
「もちろん他にも兵は集めている。だが、今は突出した個の力が必要だ。恐らく、このままじゃ、アレを倒すために多大な犠牲がでる。その上で確実に勝てる保証もねぇんだよ」
それ以上はもう、説明不要だった。
すでにオサムの中で答えは出てしまっている。
「わかりました。この子は渡しませんけど、俺達でよければ手を貸します。金でやりとりしなくても、一緒に戦う事はできるでしょう?」
「……あ、あぁ。そうか、助かる」
もっと喜んでもらえるかと思ったが、シュガルパウダンの返納は意外にも歯切れの悪いものだった。
「回りくどい事しないで、最初からそう言ってくれれば良かったのに」
「……へっ、そうだよな。悪い! 確かにあんたの言う通りだ」
シュガルパウダンはボリボリと大袈裟に頭を掻いた。
この男には似合わない、どこかさみしそうな表情だった。
「あぁ、そんなことは俺だってわかってるんだ。わかってるんだがな……俺は、人間よりも金を信用してる。自分のモノになるものばかりを信用しちまうんだ」
「別に、信用してもらわなくてもいいですよ。だったら、俺達の事を利用してください。町の人を守る盾くらいにはなれると思いますから」
オサムの言葉に、シュガルパウダンは鳩が豆鉄砲を食ったようなキョトンとした顔になった。
そして吹っ切れたように笑った。
「だははっ! だーっはっはっは!! おい兄ちゃん、言うじゃねぇか!! よーし、だったら決まりだ!
「はっ! ただちに!」
「そんでお前も飲め!」
「はっ!! きょ、恐縮であります!!」
「おいエクレアはどこだ? エクレアを呼べー!!」
「た、ただちにー!」
「おめぇは飲むんだよー!」
「は、はいー!」
唐突に屋敷で始まるどんちゃん騒ぎ。
オサムはその騒がしさの中で、冷静に考える。
よし。
この町の領主とのコネクション、ゲットだぜ!
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