013:万屋あらわる
「うぅ、頭いたい……」
共に戦うと宣言した手前、形だけでもと参加した宴でオサムは初めてビールを飲んだ。
というか飲まされた。
この世界では十歳を過ぎればもう飲酒を許されるらしいのだから驚きだった。
そして初酔いと初嘔吐を体験し、今、初の二日酔いを体感している所である。
「オサム、大丈夫?」
フラつきながら屋敷の外へ風に当たりに出ると、ドリーが声をかけて来た。
いつもなら身長差のせいでオサムを見上げるドリーだが、オサムが今にも倒れそうに丸まっているので顔を覗き込むような形になる。
不意打ちに、息がかかるほどの距離にドリーの顔が現れて、オサムは思わずドキリとした。
「お酒は苦手?」
「い、いや、平気だし? 慣れてないだけだから?」
可愛い女の子にそう言われるとなぜか強がってしまうのは、もはや男の子の性というものだろうか。
ドリーはそれ以上は何も言わず、オサムの頭を「よしよし」と優しく撫でた。
あいかわらず感情に乏しい表情だが、心配しているらしい。
「ドリーの方こそ、大丈夫だったか?」
「うん。問題ない」
宴の間、ドリーは身を隠していたらしい。
酒の勢いで誰かに触れられると大変なことになってしまうからだ。
本当ならずっと側に居てあげたかったが「今はあの人と有効な関係を作る方が大事」と正論すぎる説得をされてしまった。
「シュガルパウダンさん達は?」
「でかけた」
シュガルパウダンを筆頭に、屋敷の住人達はオサム以上に酒を浴びるように飲んでいた。
それなのに今朝は平気な顔をして出ていったらしい。
もしかしてこの世界には酒豪しかいないのだろうか。
領主を差し置いて一番凄かったのはエクレアさんだったが「巨乳ってアルコール分解機能でもついてるのかも知れない」なんて余計な事を思う。
もちろんドリーの前なので決して口にはしないのだが。
「……どうかしたのか?」
「え?」
オサムはなんとなく聞いたのだが、ドリーはやけに驚いたように目を丸くした。
屋敷に来てから、ドリーの様子が少し変だったのだ。
「いや、この屋敷に来てから、なんだか元気ないだろう? 何か気になる事でもあるのか?」
「なんで、わかった?」
「いや、なんでって言われても……」
最初は人見知りしているのかと思ったが、オサムが初めてドリーと会話した時の事を考えるとその可能性は低い事に気が付いた。
大人しそうにみえるドリーだが、実は興味があれば自分から積極的に話しかけるタイプだ。
となると、何か別の原因という事になる。
人に触れてしまわないように気を付けているのだろうか。
それなら、オサムしかいない今はいつも通りに戻っていないとおかしい。
結局わからなかったので素直に聞いた。
それだけの事だったのだが。
「やっぱりオサムは凄い」
「ん? すごい?」
「ずっと一緒に居るヌシだって私の表情はなかなか読めない。なのに、オサムはたった数日で読み取った」
いつも無表情なドリーにしては珍しいほど、分かりやすいくらいに目をキラキラを輝かせていた。
どうやら、ドリーの表情を読み取ったオサムに感心しているらしい。
「そうかな? 自分ではあんまりわかんないけど」
「わからなくても良い。私には分かるから。もしかしたら、オサムには私の表情を読み取る才能があるかもしれない。うん。多分そう。これはすごく珍しい事。だから、オサムはもっと私と一緒にいるべきだと思う」
「そういわれるとそうかもな……そうか。俺って天才だったのか……」
「うん。きっと一億年に一人の逸材」
彼女にしては珍しいほどのハイテンションで抱き着いてくるドリーを、オサムはそのままおんぶした。
ドリーを背負うのはいつもの事なので、オサムもすっかり慣れている。
さすがに二日酔いの体はフラつくのだが、今は我慢したい気分だった。
才能だなんて言うのは大袈裟だと思ったが、なんだか嬉しそうなドリーに水を差す様な事は言いたくない。
その表情がなんとなくは分かる事はあっても、こうして分かりやすく笑顔になってくれることはかなり珍しいのだ。
オサムはその笑顔を大事にしたいと思った。
ドレインデッドの契約がなかったとしても、オサムもドリーと一緒に過ごす時間は好きだ。
その時間を守るためにも、目的は忘れてはいけない。
「さて、俺達も準備しないとな」
この町に来たのは、情報と仕事を探すためだ。
そして運よく領主であるシュガルパウダンに出会えた。
この世界の、そして帝国の情報を得るにしても、それからお金を稼ぐために仕事を探すにしても、領主とのコネクションは必ず役に立つだろう。
今はしっかりと戦いの役に立てるように準備をしておく必要がある。
「どうするの?」
「そうだな。まずは、森の偵察でもしておこうか。多分、主戦場になる場所だろうし、いつ戦いになるか分からないみたいだからね」
「うん。私もそれが良いと思う」
オサムの提案に、ドリーがギュッと抱き着きながら肯定する。
テンション上がりすぎてドレインデッドが発動しないか不安だったが、そんなことはないようだ。
詳しい理由はまだ分かっていないが、オサムとの一度目の契約以降、ドリーが意図的に発動しない限りはドレインデッドの契約が発生しないようになったらしい。
これがレベルマイナスのオサムに対してだけなのか、それともドリーの性質自体に変化が起きているのかは分からない。
ドレインデッドの効果は命に関わるため、分からないからと言って気軽に試すわけにもいかないのが辛いところだ。
仕方がないのでドリーは今まで通り、オサム以外の人間には触れないように生活しているのが現状である。
「えーと、ラムズレーンの森ってこの町の南にあるんだっけ?」
「うん。そう言ってた」
「はいはい、そうですよー! この町の南門から出てすぐの所が我らの母なる森、ラムズレーンでーす! 南門から徒歩5分! 木の実も薬草もいーっぱい取れちゃう優良物件なのでーす!」
「へぇ、そんなに近いんだね」
「確かに近い」
「そうなんですよー! 子供から大人までみんな大好きラムズレーン! 今ならサービス価格でご案内しちゃいますよ!?」
「いや、目の前なら別に案内がなくても……って誰!?」
「知らない」
いつの間にか知らない女の子がオサムの横に立っていた。
あまりにも自然に会話に入ってくるものだから普通に話してしまったが、全く知らない少女である。
ドリーも普通に会話を成立させちゃってるから全く違和感が仕事していなかった。
「おーっと、これはこれは失礼いたしました!」
見知らぬ少女はパタパタとメイド服のシワを伸ばし、栗色の髪のおさげを整えた。
そうして整えた身嗜みをどこからともなく取り出した手鏡で確認すると「よしっ」と一言。
唐突に、手にしていた箒をクルクルと回し、ついでに自分自身も一回転してポーズを決めた。
「私は
そう言って、メイド姿の少女は元気いっぱいに自己紹介をしたのだった。
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