011:エルフの騎士
ガムオルズ帝国領土の最南端。
辺境の町、ヘーンドランド。
先の戦争で魔族の侵攻を受けたその町は、その被害の大きさから一度は滅びたとまで言われ地図から消えかけた町だった。
その町を一代にして建て直した「剛腕」と呼ばれる男がいる。
その名をシュガルパウダン。
この町の現領主であり、町の英雄でもある男だ。
「……というワケだ。偉大なお方なのだよ。わかったらこれ以上、無礼の無いようにな。田舎者め!」
「……気を付けます」
領主らしき男が着替えに席を立った間に、オサムは取り巻きの黒服の一人から歴史の授業を受けさせられてしまった。
町中でも「無礼者!」とか言ってきた黒服だ。
この黒服は余程、ヘンドラッド・シュガルパウダンという男に傾倒しているようで、誰も頼んでもいないのに勝手に始まった講義だったのだが、それはオサムにとってはありがたかった。
この世界の情報なんて今はいくらでも欲しいくらいだ。
「……何か?」
「いえ、何も」
表情を伺っていただけで睨まれてしまった。
この微塵も隠そうともしないオサムへの敵意だけは何とかしてほしいが、領主への態度を改めれば何とかなるだろう。
……多分。
屋敷についてすぐ、オサム達は応接室に案内された。
内装もいかにも金持ちの豪邸といった様子で、シャンデリアみたいに連なった火の玉の明りや、意匠の凝らされたインテリアが並んでいる。
「ん……」
いつも無表情なドリーも、いつもよりソワソワしている気がする。
キョロキョロと周囲を見回す仕草が目立つ。
もしかしたら、こういった場所には慣れていないのかも知れない。
それはオサムもなのだが。
インテリアの中には魔族の剥製か、あるいは良くできた彫刻のようなものも置いてあった。
(オオカミ、好きなのか?)
良く見れば、魔物の置物はオオカミによく似たものばかりだ。
なんとなくあの狼姫の少女を思い出してしまい、オサムはそれが気になった。
「あの……」
「おう、兄ちゃん。待たせたな!」
タイミング悪く、領主であるシュガルパウダンが現れた。
貴族らしい派手な服装から一転、シンプルな布服のような庶民派な格好になっている。
「ラフな格好で悪いな」
「いえ、お気になさらず。俺も気にしませんから」
「そうか、助かるよ。あの手の服装はどうも窮屈で苦手でね。俺にはこっちが肌に合うよ」
確かに今の格好の方が似合っているというか、馴染んでいる気がした。
この男の出自はまだ詳しくは知らないが、ただの成金というワケではなさそうだ。
「わかります。俺も着飾るのは得意じゃないですから」
「はははっ! そいつは気が合いそうだ。よっし、さっそく交渉の続きと行こうかじゃないか!」
「えぇ、お願いします。わかってると思いますが、簡単に引き渡すつもりはありませんよ?」
もう交渉は始まっている……と、牽制のつもりで言ったのだが、例の黒服の眉がピクリと跳ねた気がした。
これはバランスが難しい案件になってきた。
(けど、まさかこの胡散臭い男の人がこの町の領主だなんて思わなかったな)
オサムにとって幸運だった。
ドリーを引き渡すつもりなど毛頭ないが、交渉の中で出来る限りの情報を引き出す。
そのチャンスが相手のほうからやってきたのだから。
まさに、鴨が葱を背負って来たようなもの。
オサムは「できる限り美味しくいただこう」と心に決めていた。
「あぁ、分かってるって。こう見えて俺も、交渉事は得意分野なんでね。お前さんの条件にも大方の察しは付いてるんだぜ?」
「俺の条件、ですか?」
「あぁ、そうさ。おい、オリビンを呼べ」
「はっ! ただちに」
シュガルパウダンが自信ありげにニヤリと唇を歪ませる。
例の黒服が部下らしき黒服に合図を送ると、しばらくして応接室の扉が開かれた。
「お待たせしました」
そう言って黒服が連れて来たのは、金色をまとった女性だった。
そう思ったのはあまりにも美しい金色の髪のせいだ。
淡い緑色の瞳に、透けるような白い柔肌。
ドリーも色白だが、その白さとは種類が違う。
透明感とでも言うのだろうか、その女性には触れるとすり抜けてしまいそうな儚さがあった。
それを包むような足元まで届く金糸のベール。
ただそこに立っているだけで、絵画のように美しかった。
「こいつはオリビン。今の俺が持つ最高の一品だ」
オリビンは静かに一礼した。
その表情は美しくも冷たい。
ただオサムには、その美貌よりも何よりも、金糸の間から覗く尖った耳が印象的だった。
「んー? 兄ちゃん、エルフは初めてか?」
「えぇ、まぁ。こうして直に見るのは初めてですよ」
耳を注視する視線がバレたのか、シュガルパウダンがニヤニヤしながら聞いてくる。
エルフの存在自体を今この瞬間に初めて知ったオサムだったが、あえて虚勢を張っておいた。
交渉は舐められたら終わりだと、誰かが言っていた気がする。
「良いだろう? エルフの女ってのも。それにエルフは夜戦も得意だからな!」
「えぇ、確かに素晴らしいと思います」
夜戦って!
ドリーの前で変な事いうなよおっさん!
オサムは内心で抗議する。
確かにこんな美人に相手してもらえるなんて嬉しいんだけど。
嫌な男なんていないと思うんだけど。
「だろう? そこで、本題だ。さっき話した金とは別に、このオリビンを付ける。その娘と交換でどうだ? その娘のかわりに使ってくれて良いんだぜ?」
なるほど、そう来たか。
そのためにわざわざオリビンを披露したのか。
パートナーがいなくなる事を嫌がるのなら、新しいパートナーを与えてやればいい。
単純だが、理に適っている。
容姿のタイプこそ違うが、美しさという点ではオリビンもドリーに引けを取らないだろう。
少なくとも、オサムにはどちらも魅力的に見える。
しかし、大金に加えて、自分の持つ奴隷なのか愛人なのか知らないが、その最高のモノを与えるというのだから、よほどドリーの事が気に入ったのだろう。
(……この人、ロリコンってヤツなのかな?)
オサムはシンプルにそう思った。
シュガルパウダンと比べればオリビンもかなり若く見えるが、ドリーに至っては子供でもおかしくないレベルで年齢差があると思う。
それでもドリーを選ぶと言うのだから、その可能性は高い気がする。
そうなると尚更、ドリーは渡せない。
絶対に渡さない。
「なるほど、面白い案です。しかし、エルフの娘など、かなり貴重なのでは?」
オサムはまず、そもそもエルフがこの世界でどんな存在なのか、そこから探ってみる事にした。
いきなり交換条件を付けたりと、交渉の主導権をシュガルパウダンに奪われてしまった。
上手く交渉の流れを、情報を得られる流れに誘導しなければ。
「そりゃそうだ。エルフ達はずっと森に籠ってるからな。その上、狩人であり、また戦士としても優秀と来たもんだ。その美しさからエルフを一目見ようと森に入って、そのまま帰ってこないヤツの話なんてのはいくらでも聞くぜ。今頃は森の養分ってところか」
なるほど。
オサムの世界で想像されていたエルフの姿と良く似ているらしい。
森を守る森の守護者。
人間との関係は薄いのだろう。
(あとは人間より長寿で、魔法が得意だったりしそうだな……)
と、勝手に思う。
「だが、その娘、かなり強いんだろ? とびっきりの上玉! エルフの騎士の中でも凄腕のこのオリビンを凌ぐほどにな! 俺には分かるんだ。そういう能力を持って生まれたのさ!」
オリビンは騎士らしい。
しかも凄腕の。
ん?
……んん?
エルフの騎士?
ドリーがそれ以上に強い?
「えーと、ドリーが強いって、戦闘能力の話?」
「んあ? そうだが。というか初めからそのつもりで話してたんだが?」
シュガルパウダンが驚いたような、呆れたような顔になる。
「……おい、兄ちゃん。お前さん、もしかして、何か妙な勘違いしてやしねぇか?」
多分、している。
オサムはやっとその事に気が付いた。
「……えーと、シュガルパウダンさんって、もしかして……」
「……ただのロリコンじゃない?」
「誰がロリコンだ!? 上等だぜ、兄ちゃん! 俺の嫁を見せつけてやらぁ!! おい、エクレアを呼べ!! 今すぐだ!!」
「はっ! ただちに!!」
この男、ただの変態領主ではなかったようだ。
……ちなみに、エクレアさんは凄く美人な巨乳のお姉さんだった。
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