010:貴族と平民と奴隷と

 帝国領土であるヘーンドランドでオサムに初めて声をかけて来たその人物は、丸々と太った中年の男だった。


「……何か御用ですか?」


 ドリーを守るように一歩前に進み出て、オサムは少しでも貴族らしく見えるようにと丁寧な口調で話した。


 少しでも厄介事を遠ざけるための努力だったのだが、この男には意味がないようだった。


「いくらだ?」


「……は?」


「おいおい、その娘だよ。いくらなら売る気になるんだ? そう聞いてるんだよ。100マッサでどうだ?」


 オサムは直球すぎるその言葉に一瞬だけ驚いて、そして呆れた。

 おそらく、この男は本当に貴族か何かなのだろう。


 オサムの服装とは少し趣が違うが、よく見れば細かな意匠を凝らした高級そうな恰好をしている。

 少し離れたその背後には召使なのか護衛なのか、黒服の男達を引き連れていた。


 その傲慢な態度も「いかにも」と言った感じだった。


「……あいにくですが、この子は売り物じゃありませんよ」


 オサムには「100マッサ」がどれくらいの価値を持つのか分からなかったが、値段に関係なく初めからドリーを売り渡す気なんてない。

 そもそも、平気で人身売買のような事ができるその神経に驚いていた。


 オサムがいた元の世界ならありえない。

 少なくとも、公然とするべき事ではなかった。


 こんなド真ん中の全力ストレートで言い放って良い事じゃないと思う。


「ほぅ。兄ちゃん、意外と強欲だな~。わかった。じゃあ1000マッサ出そう。こんな大金、想像もできんだろう? ん? その娘にはそれくらいの価値があるんだ。素晴らしい事じゃないか!」


 オサムが断っても、男はニヤニヤと余裕の笑みを浮かべ全く気にかけていない様子だった。


「はぁ……。いくら出されても答えは変わりません。この子は俺の大切なパートナーですから」


 これ以上は相手をしても無駄だろう。

 オサムはそう判断し、ドリーの手を引いて立ち去ろうとした。


 これ以上は何か面倒事になりそうな気がした。


「おい、待て!」


 その行く手を、黒服の男たちが阻んだ。


「貴様、さっきから態度が無礼だぞ。この方を誰だと思っている!」


「いや、誰と言われても……」


 そんなことを言われても困るオサムだった。


 目の前の貴族風の男を改めて見てみる。


 体格は丸々と太っていた。

 貴族だけあって普段から良い物を食べているのだろう。

 健康的な肥満って感じだ。


 他に印象的なのは口元のヒゲだろうか。

 口の上の部分だけ細長く整えられていて、グリグリ捩じって外にピョンと伸びている。

 胡散臭い芸術家って感じだ(偏見)。


 あと、目が意外と澄んでいる。

 まつ毛もツケマみたいに無駄に長かった。

 今は太っているからそんな印象はないが、痩せるとイケメンになるタイプかも知れない(予想)。


 うん。

 知らない。

 誰なんだろう。


 どれだけ考えても分かりそうになかった。


 そもそもオサムはこの世界に来たばかりだ。

 むしろ知っている相手の方が少ないのである。


「無礼者め、逃がさんぞ!」


 いつの間にかオサムは黒服たちに完全に包囲されていた。

 その数は十人以上いる。


 それでも逃げる事はできる。

 簡単だ。

 ドレインデッドの力を使えば良い。


 ただ、これ以上は目立ちたくなかった。

 それにドレインデッドの力を使えば、ドリーが遺物である事がバレる危険性も増してしまうだろう。


「おいお~い、兄ちゃん。お前さん、ヘーンドランドは初めてかい? この町ではよぉ、俺が買うと言ったらよぉ、売らないなんて選択肢はないんだぜぇ?」


 こうなったら仕方がない。


「はぁ……わかりました。じゃあ、もっと商談に適した場所で話しましょう。大事な娘です。簡単には売りませんよ?」


 オサムは降参するように手を上げて見せ、場所を変える事を提案した。


「ほう、交渉しようってか……面白い。良いだろう! 俺の屋敷に案内するぜ。おい、馬車を!」


「はっ! こちらに」


 黒服がすぐに馬車を手配する。


「ドリー、心配しないで。絶対に守るから。だからここは俺に任せてくれ」


「初めから心配していない。むしろ、情報を聞き出すには良い相手」


 ドリーは言葉の通りまるで焦っていなかった。

 むしろ情報源として男をみている余裕すらある。


「あぁ、確かにそうだな。……カモネギってヤツか」


「かもねぎ?」


「あー、都合の良い獲物が向こうから来てくれたって、そういう意味だよ。俺の世界の言葉かな」


「かもねぎ……うん。かもねぎ」


 オサムたちは用意された馬車に乗り、男の屋敷へ向かった。


 二台の馬車の一つに男とオサム達、もう一つの馬車には黒服たちが一まとめで乗った。


 黒服たちの馬車は明らかに店員オーバーであるが、荷台の屋根や脇に掴まって気合で乗っているようだ。

 黒服も楽じゃないらしい。


「兄ちゃん、あんたどこから来たんだい? その服装ナリ、田舎の出には見えないが、そのクセに随分と帝国の情勢に疎いみたいじゃないか」


「えぇ、まぁ、領土の外から」


「ほーう、領土の外だぁ? こいつはたまげたな。あんた、冒険者プレイヤーなのかい?」


「ま、まぁ。そんなとこです」


 またオサムの知らない単語が出て来た。


 冒険者って何だろう。

 確かに異世界から来てるわけだし、時空を超えたはしてるワケだけれども。


「そうか、そうか! ハハッ、こいつは拾いモンだな! 歓迎するぜ! ようこそヘーンドランドへ! そして我が家へ!!」


 そんな会話をしているうちに、男の屋敷が見えて来た。

 場所はヘーンドランドの隅の方だったが、恐ろしいくらいに広い屋敷だった。


「さぁ、入った入った。ここが俺の……ヘーンドランド領主、ヘンドラッド・シュガルパウダン様の大屋敷だぜ!!」


 え?

 領主?

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