032:激突のマカダミア⑤
オサムが意識を失っている間、人間側の連合軍は苦戦を強いられていた。
シュガルパウダンのかき集めた戦力とて、私兵としては一級だが、帝国騎士にはどうしても劣る。
帝国騎士としての階級を手に入れれば同時に富も名誉も一緒に手に入るのだから、騎士団から誘いを受ければ戦士にとって断る理由がない。
故に私兵を募るならば、どうしても余り者から戦力をかき集める形になってしまうのだ。
唯一の例外は、シュガルパウダンと言う個人への信奉だった。
シュガルパウダンの人柄、そして目指す夢。
そんな富と名誉とはまるで違う感情で生きる人間。
帝国騎士として高位の階級を受けていてもおかしくない個の戦力が、シュガルパウダンの切り札である。
その力を如何に使うかが勝負を決める。
シュガルパウダンはいつだってそれを理解していた。
それはこのマカダミアの戦いでも同じだ。
オリビンを筆頭に、その戦力の使いどころを間違えれば民に大きな被害がでる。
シュガルパウダンは間違えなかった。
オリビンという最大戦力を一人の少年の守護に回した事。
その結果がどうなるのかを、そんな未来を知っていたわけではない。
少年にくっついて回っていた小さな少女の本当の力を知っていたわけでもない。
ただ、シュガルパウダンはいつでも自分の直感を疑わずに生きていた。
そうすべきだと感じたら、ただそう実行するのみである。
ひたすらに前に前にと前進するのだ。
オリビンはそんな背中が好きだった。
オリビンは自分の戦力を理解している。
自分が最前線に立てば、少なくともこの戦いでの兵士達の被害は抑えられる。
マヌカ領主から帝国への援軍要請はすでに出されていた。
騎士達の到着まで場を凌ぐのが、本来ならば戦士として最善の行動と思える。
だが、シュガルパウダンは別の答えを見ていた。
オリビンにそれが何かはわからない。
それでもオリビンはただ従うのみだ。
オサムというその少年が目覚めるまでに、しばらくの時間がかかった。
オリビンという最高戦力をなくして、戦場では均衡が崩れ始めていた。
騎士達が魔物に押され始めている。
各所で撤退が始まり、連合軍はマヌカの町での防衛戦を視野に入れた動きになっていた。
町の中での防衛戦はどうしても被害が大きくなる。
できればこの平野で食い止めたかっただろうが、一度崩れた戦線が簡単には戻せないことくらい騎士達も理解していた。
だが、まだ大きな破綻ではない。
(やはりあの人は正しいモノを見ている)
オサムが目覚めた事で、オリビンは最前線に戻る事ができる。
ドリーにも何か力があるとシュガルパウダンは言っていた。
ならば、ここから戦況はまた変わる。
帝国騎士の動きが速ければ、戦火が町まで飛び火する事もないかも知れない。
まだ希望はある。
低級の魔物どもに負ける気などない。
(ここからが本当の仕事だ。少しでも町への被害を減らして見せる……!)
オリビンは最前線へと駆けた。
「ぎゃあああ!」
「こいつ、強いぞ! 気を付けろ!!」
「ぐあぁ!」
「か、囲めぇ! こいつは危険すぎる!!」
ひどい悲鳴が近くにあった。
さっそく仕事だ。
「どけぇ!!!!」
悲鳴の中心にいたのはまだ幼く見える獣人の少女だった。
銀糸の髪。真白な耳と尾。
美しいその全てが赤い血に濡れてた。
牙をむき出しにした表情は、ただ怒りに染まっている。
そこにいたのは凶暴なる白き狼姫、リルだった。
その強さは、オリビンにも一目見ただけ分かる。
並みの兵士では歯が立たないだろう。
「下がれ。こいつは私が相手をする」
「オ、オリビアさま!」
リルはオリビアの姿を見ると、怪訝そうに眉をひそめた。
何かを考えるそぶりだ。
「きさま、エルフか……どっちだ?」
「?」
唐突な問いにオリビンは「どっち」の意味を理解しかねた。
「人間か、魔物か。敵か、味方か」
そういう事か、と理解する。
オリビンは静かに剣先を向け、その問いへの答えとした。
「なら死ね!!」
敵と判断したした瞬間、リルは目にも止まらない速度で動いた。
首筋めがけて振り下ろされる爪を、剣で防ぐ。
――ギィィン!!
(……こいつ、やはり強い!!)
一太刀交えただけでも嫌と言うほど実感する。
上等な刃にも負けぬ強靭な爪の鋭さ。
その身のこなしはまるで風の如く凄まじい速度で、そして流麗でもある。
まるで嵐だった。
ここが腕の見せ所だと、オリビンは気合を入れた。
上級かそれ以上、この獣人は明らかに魔物側の重要戦力だ。
それを削ぐのがオリビン本来の役目である。
……だが、いったいどこから現れたのか?
狼の獣人など、ラムズレーンやウィボボンスキではあまり確認されていないハズだ。
それが気にかかる。
オリビンは嫌な予感がした。
「魔物達だ! 東からだぞ!」
悪い予感を肯定するが如く、マカダミアの戦場がまたその様相を変え始めていた。
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