033:激突のマカダミア⑥
マカダミア平原に、これまでの低級魔族とは違う魔物達が雪崩れ込んで来た。
「ウィボボンスキの森からだ!」
「こいつら、低級じゃないぞ!?」
「ダークエルフもいるぞ! 気を付けろ!!」
「嘘だろ、まだこんなヤツらが隠れていたのか!?」
「ちょ、長老だー! ウィボボンスキの長老が出て来たぞぉー!!」
「ウホッ!!」
ウィボボンスキの森の長老。
それはゴリラだ。
長きを生き、人間以上の賢さを持つ巨大なゴリラは【長老】というなの
まさにパワー系インテリ。
ハイレベルな野生と理性の融合体である。
賢いが口はゴリラのままなので「ウホ」しか言えない。
だが身につけた高い知能と念波によって森の魔物達を統率し、その秩序を守ってきた。
だが、それも今日までの事だ。
長老は森の平和よりも、魔物としての誇りを選んだ。
「ウホ、ウホホ……」
「なんか言ってるぞ……!?」
「な、なんて言ってるんだー!?」
「ウホーーーーーー!!!!」
「とにかく撤退だー!!」
「ぐわあああああっ!!?」
――ズドーーーーン!!
銀毛に覆われた巨大な筋肉の塊が、自身を魔術で超絶強化しながら暴れるのだ。
それが危険でないワケがない。
人間陣営は明らかに戦力不足だった。
それでも長老は人間側の戦力を見極めるため、あえて強い魔族達を控えさせていた。
戦略を練るには、まずはより正確な情報が必要である。
危険な力にはこちらもそれ相応の力をぶつけなければならない。
……だが、もうこれ以上の様子見は必要ない。
長老はそう考えた。
だからこそ長老自身も戦場へと躍り出たのである。
「ウホホホホホッ!!!!」
――ズドドドーーーーン!!!
ここからが本当の戦争だと、矮小な人間達に知らしめるかのように暴れ回る。
自分がいる限り、たとえ勇者が来ようとこの戦力差は覆らない。
長老はウホりながらそう確信していた。
(くっ……このタイミングで来たか! 早急にアレをなんとかしなければ、兵達に甚大な被害が出る!!)
長老のその巨大な姿は遠くからでも分かるほどだった。
オリビンも視界の隅にその暴れ様を捉えていた。
並みの兵士が束になったところでどうにもならない相手だ。
だが、目の前の狼姫リルもそれは同じだった。
「よそ見とは良い度胸だな! エルフ!!」
――ズギャギャギャギャ!!!!
吹き荒れる嵐のような爪の連撃に、一瞬たりとも気が抜けない。
獣人特有の人とも獣ともつかぬ独特な体捌きは攻撃の先を予測させず、その鋭い双眸は戦いの先を見通すようにギラめいている。
「くっ……!!」
実力は互角と言った所だろう。
互いに致命的な傷を負わず、また与えられてもいない。
だが、時間を使われてはオリビンが不利だった。
オリビンには守るべき者が多すぎる。
上位魔物の増加によって防衛戦すら厳しくなった。
まずは数を減らさなければ町への被害は抑える事が出来ない。
(これ以上は時間を無駄にはできない。何とか切り抜けなければ……)
修羅の如く暴れまわる獣人だが、その実力は確かなもの。
放っておくわけにはいかない。
かといって足止めに時間を使っていては戦局は悪くなる一方だ。
(クソ……! 考えろ、いったいどうすれば良い……!?)
その時、突如として遠くに見える銀毛の山が
「なっ!?」
人影だろうか。
舞い上がる砂埃もあって、遠すぎてその姿はハッキリとは見えない。
だが、まるで何者かがあの巨大なゴリラを殴り飛ばしたかのように、確かにそう見えたのだ。
あまりの驚愕にオリビンの体が一瞬、固まった。
しまった!
戦いの最中にこんな隙を見せるなど!
が、目の前の狼姫は、その光景にオリビン以上に過剰な反応を示していた。
「……あれは、あの勇者!!!!」
そして次の瞬間には一陣の風となって戦場へ消えていった。
まるで目の前のオリビンの事など忘れてしまったかのように、振り返りもせずに駆けだしたのだ。
「ま、待て!? クソ、なんだというんだ!?」
危険な魔物をそのまま放っては置けない。
オリビンもその後ろ姿を追った。
そして見た。
倒れたハズの銀毛の山が、今度は宙を舞う姿を。
「なっ……!?」
それは遥か東へと向かい、ウィボボンスキの森へ落ちる。
世界を丸ごと揺らすような地響きが鳴った。
それからも長老に続くように次々に魔物が吹き飛んでいく。
わけがわからない。
新しい魔法か何かなのだろうか。
戦場から脅威となる魔族を選別して戦線から離脱させてるような、そんな訳の分からない魔法でもあるというのか。
「本当に、何が起きているというのだ……!?」
だが、あの人影の心当たりは一つしかなかった。
その人影が、どこからともなく降ってきた。
――ズザァ!!
「オリビンさん!」
「やはり君か、オサム少年……」
オリビンは最早、驚かなかった。
「魔物の数が多すぎて防衛線が張れなくなってます! 前線を押し上げましょう!」
「よろしく。魔物は私たちが減らしておくから」
少年と背中の少女は、それを言うだけ言ってすぐに飛び去って消えてしまう。
返事をする間もなかった。
そして再び、どこかへ魔物が吹き飛ぶ姿が見える。
「いったい、君は何者なんだ……?」
オリビンですら高速で移動するその姿を目で追えなかった。
存在自体が人知を超えているようにすら思える。
それでも、きっとこれをあの人は予期していたのだろう。
少女を背負ったまま戦場を駆け抜けるこの不思議な少年の価値を見抜いていたのだ。
オリビンは、やはりこの少年を守った意味はあったのだと確信した。
「まったく、領主様の慧眼には頭が下がる……!」
オリビンは焦りながらも、小さく笑った。
きっと、この戦場だけじゃない。
オサムはこの世界そのものすら変えてしまうだろう。
そんな予感があった。
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