034:激突のマカダミア⑦


「ウッ、ウホ……ッ?」


 長老は困惑していた。


 人間の兵士共を蹂躙していると、目の前に一人の人間が現れたのだ。

 背中に幼子を背負った姿の珍妙な男だった。


 妙な気配の男だった。

 しかしたいした魔力も感じない、取るに足らない一兵卒だ。


 何かの魔法でも使ったのか、わざわざ目線の高さまで飛んできたが……だからどうという事はなかった。


 コバエを払うように軽く叩き潰してやろう。


 そう思っていたのに、気づけば自分が地に伏していた。


 ――ズズゥゥゥゥン……!!


「ウッ、ホ……!?」


 何が起きた?


 殴られたのか。

 いや、蹴られたのかもしれない。


 その動きが速すぎて目で追えなかったが、何らかの攻撃を受けたのは分かった。

 目の前の人間の魔力が、一瞬にして膨張したように感じた。


 ちっぽけな人間にやられたとは思えないほどズシンと体の奥まで響くような打撃だった。

 まるで、はるか昔に受けた竜の尾の一撃のようだ。


「ウホホホホホッ!!」


 ――ドコドコドコドコドコドコ!!!!!!

 

 長老は起き上がると、その分厚い胸板を激しく叩いて雄叫びを上げた。


 ドラミング。

 それは威嚇であり、同時に自らを鼓舞する行為でもある。


 統率のための念波を切り、力を戦闘に集中する。

 久しぶりの本気の戦闘モード。


 こいつは、強い。

 だから、もう油断はしない。


 長老の判断は早かった。


 ゴリラは生まれついての戦闘魔族である。

 だが、戦いは同じレベルの者同士でしか発生しない。


 長老はいつの間にか強くなりすぎていた。

 戦いではなくなった、一方的な殺戮の日々にすぐに飽きた。


 もう、ずっと戦いなどしていない。

 森の奥で静かに過ごすのも悪くはなかった。


 なつかしい感覚だ。

 まだ弱く、戦い続ける事で生き抜いてきた日々。


 戦闘魔族のその血が滾る。

 やはり、こうでなくては。


 さぁ、小さき者よ。

 存分に楽しませてくれ。


「ウホ?」


 長老の体は、気づいた時にはすでに空中にあった。

 いつの間にか投げ飛ばされていたのだ。


 まるで動きが追えない。

 魔力の変動が激しすぎて感知もできない。


 なんなんだ、この生き物は?


 勝敗以前の問題だった。

 長老は戦いすらさせてもらえなかった。


 その巨体が宙を舞う様は、戦場の視線を大いに集めた。


 長老だけでなく、魔族が次々と宙を舞う。

 まるで「森へ帰れ」とでも言わんばかりに何かが魔族を投げ飛ばしていく。


 殺意も悪意もなく、争いを仲裁でもするかのように。


「この機を逃すな! 進めぇーーーッ!!」


 指揮官を失った魔族に対し、勢いを取り戻す人間達は攻勢に出た。


 領主の号令と共に、魔族優勢だった戦況がひっくり返って行く。

 マヌカの町付近まで追いやられていた前線は、怒涛の勢いをもって平原へと魔族を押しやるように上がっていった。


 戦いの決着は近いと誰もが思った。


 魔族は強い。

 だが人間は負けない。


 危機的状況が人々の心を強く結びつけていた。

 マヌカを中心とした南三都の騎士とヘーンドランドの騎士達との連携はより密になり、その練度も上がっていく。


 町の戦略本部からその様子を見ていたシュガルパウダンも、いよいよ人類の勝利を確信した。


「オサム達だ! やっぱり俺の眼は間違っちゃいなかった!!」


 人間離れしたあの動きはそうに違いない。

 最初に感じた力の気配は、やはり間違っていなかった。


 どのような仕組みかは知らないが、オサムとドリー、あの二人はセットで一つの力になる。

 その力を発揮すれば、切り札であるオリビンすら容易く凌ぐほどの戦力になる。


 当のオサム本人も、戦いの終わりを感じていた。

 危険な魔物はだいたい排除した。


「オサム、大丈夫?」


「あぁ、ドリーこそ平気?」


 疲れはない。

 暴走するような気配も感じなかった。


 オサムはドリーの力がひどく落ち着いていると感じた。

 今までよりも無駄なく使いこなせている気がする。


 地面を蹴る瞬間には足に、遠くへ投げる瞬間には腕、そして肩に。


 意思の疎通にも一切のノイズがない。

 欲しい所に欲しい分だけの力が伝わってくる。


 無駄にあふれる事もなく、それが当たり前のようにそこに必要な力があるだけだ。


「私たちは一心同体」


「あぁ、そうだね」


 まるで心を読まれたかのよう。

 でも、それすら当たり前のようにオサムは笑って答える。


「じゃあ、あと一人」


「うん」


 ずっとオサムを追ってきている魔族がいた。

 その魔族の戦闘能力は群を抜いているが、オサムを追っている間は他の人間には目もくれない。


 だからこうして後回しにしていたのだ。


「見つけたぞ!! 勇者!!」


「リルちゃん」


 現れたのは猛る銀狼の姫、リルだ。


 孤独を好むリルがこの戦いに参戦していたのは少し意外だったが、オサムに注意を引きつける事ができたのは幸運だろう。


 リルは強い。

 力を制御できるようになった今だからこそ分かる。


 放っておけば、どれだけの犠牲者が出たか分からない。


「ちゃんを付けるなっ!!!!」


 勇者を憎む魔族の娘は、同時にオサムの恩人であるヌシの友人でもある。

 オサムは出来るならリルとも有効な関係を気付きたい。


 だから、できるなら話をする余裕が欲しかった。

 リルの相手を後回しにしていたのはそれも理由だ。


 戦いは終わろうとしている。

 魔族も敗走をはじめ、オサムが戦わなくともこれ以上人間側に被害が出る事はなさそうだった。


「えーっと、じゃあ……リル?」


「呼び捨てはもっとダメだ!! おまえ、バカなのかっ!!??」


 リルはめちゃくちゃ怒っている。

 たぶん何て呼んでも怒られる気がする。


 オサムは諦めてヌシと同じ呼び方を貫くことにした。


「リルちゃん……俺達、話し合えないかな?」


「フン! 話しなら、この爪で受けてやろう!!」


「やっぱ、そうなるか……!!」


 地形の変わった草原の真ん中で、恐らくはこの戦いの最後の締めくくる一騎打ちが始まった。


 しかし、終わりかけたはずの戦争は、一人の人間により、さらに混迷を極める事になる。


 闇の盗賊ギルド『黒犬シュヴァルツハウンド』。

 その頭となった一人の男の手によって。

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