035:森の復讐者達

 マカダミア平原が戦争に突入するよりも少し前の事だ。


「代理ぃー、マジでやるんスかぁ?」


 小さな山小屋のソファに寝そべって、本日3回目となるその問いを投げかけるのは猫の獣人である少女、テト。


「やるったら、やる。決めた事だ。準備も進めてるだろ」


 代理とよばれる男は3回目も同じように不機嫌そうな声で答えた。


 ウィボボンスキの森の中にあるその小さな山小屋は闇の盗賊ギルド『黒犬シュバルツハウンド』の根城だ。

 立ち上げからわずかな期間で百人近い規模にまで成長した新進気鋭のギルドだが、小屋には今は二人しかいない。


「それからもう代理じゃねぇ。頭と呼べ」


「んー、なぁーんか馴染まないんスよねぇ」


 テトは不機嫌そうな男の態度など気にする様子もなく、ソファでダラダラと寝そべっている。


「俺だって馴染まねぇよ。頭は兄貴だった。これからもずっとそうだと思ってたんだからな」


 男の兄貴はギルドの長だった。

 魔族狩りに出て、そのまま帰らなかった。


 魔族にやられたらしい。


 森でその死体を確認した。

 死体とも呼べないような肉片だった。


 別の場所では十三人の仲間がまとめてミンチにされていた。


 奇跡的に生き残った、というよりは相手にもされなかった荷物持ちの少年が証言するには、全員をやったのは獣人の女らしい。


 銀色の髪で、狼の獣人の女。

 帝国の上級騎士にも匹敵する剣の腕前を誇る兄貴を瞬殺するほどの力量。


 一人だけ心当たりがあった。


 以前、兄貴から聞いた事がある。

 白銀の狼王が人間の娘とつくった子供がいるという噂話だ。


 もしも実在すれば、その価値は計り知れないほどだろう。

 見つけたらなんとしても捕獲して調教してやる。


 兄貴は夢を語るようにそう言っていた。


 名前はリル。

 誇り高き白銀の狼姫。


 狼王が人間に心を許していた事もあって、以前は人間とも仲が良かったらしい。

 だが人間の勇者に父親を討たれ、その勇者の町を一人で壊滅させて以来、人里には現れていないと言われている。


 どこまでが事実かもわからない噂話に過ぎない。

 そう思っていたが、証言に嘘がなければ可能性はある。


 好都合だ。


 狼姫を殺したところで兄貴は戻らない。

 だったら絞れるだけ絞ってやる。

 血の一滴まで金に換えてやる。


 クソ魔族は変態どもに可愛がられて恥辱に溺れながら死ねば良い。

 

 兄貴の代わりにこのギルドをデカくしてやる。

 そんでバカでかい墓を建ててやる。


 それが男に出来る最大の供養だった。


「見ててくれ、兄貴……」


 男は兄貴の死体から持って帰った剣とネックレスを装備する。


 剣は帝国で作られた一級品で、兄貴のお気に入りだった。

 ネックレスは昔に飼っていた犬のドッグタグを加工した物で、これも兄貴が大事にしていた品だ。


「だ、代理! やっぱり、森、魔物、いねぇ!」


 見回りに出ていたボボタが戻ってきた。

 2メートルを超える巨漢で、頭は弱いが力は強い。


 ボボタには森の様子を探らせていた。

 力だけでなく五感全体が鋭く、巨体に似合わず偵察なども得意なのだ。


「そうか、ご苦労。少し休め」


「う、うん! 座る!」


「ふぎゃ! こら、ボボタ! お前は隣のソファに座るっスよ! 空いてるっスから! 横にきたら自分が潰れるっス!!」


「あっ、ご、ごめん」


「まったく、気を付けるっスよ! ……にしても、あの情報ネタは嘘じゃなかったみたいっスねぇ」


 ウィボボンスキの森から魔物の気配が消えた。

 闇ギルドの情報屋から買ったタレコミは本物だったらしい。


「あぁ。ありがたい話だぜ!」


 闇のギルドはなにも盗賊ギルドだけではない。

 本来ならば極秘の情報を売り買いする諜報ギルドも闇のギルドの一部だ。


 そんな諜報ギルドの情報屋から仕入れた情報の一つに、このウィボボンスの森に関する特ダネがあった。


 森の長老が人間に戦争を仕掛けるらしい。


 ウィボボンスキだけではない。

 近くにあるラムズレーンや、噂に聞く戦闘屋、鬼人族も一枚噛んでいる大規模な物だ。


 そのためにこの森の魔物は全て兵力として召集される。


「あのゴリラの力か……ただのデカブツじゃないってワケだ」


「森の魔物達は何らかの契約を交わしているらしいって噂っスけど。問題の獣人が含まれているかは微妙じゃないっスか?」


「わかってる。少なくとも今までいなかった個体だからな。流浪の魔物かも知れん。だが……」


「可能性があるなら、っスか」


「そういう事だ」


 大規模な戦争だ。

 裏で何が起きているかも分からない。


 本来なら、人間側だろうが魔物側だろうが、闇ギルドとしては関与するわけにはいかない。

 どちらについても余計な敵を作る事になるからだ。


「だからって戦場に単独で特攻するなんて、やっぱり無理があるっスよぉ……」


 どちらにもつかないなど、もっと危険だ。

 人間側には素性がバレかねず、その上で魔物にも狙われる。


 だが、そうするしかなかった。

 狙いはリルの捕獲ただ一つだからだ。


「だから俺一人でやるって言ってるだろうが」


「そんな危険な目にあうって分かってて放っておけないっスよぉ」


 危険は承知の上だった。

 だからギルド員は森から別の場所へと移動を指示している。


 この森の様子を探るためにテトとボボタには残ってもらったが、戦場にまでついてこさせるつもりはなかったのだ。


「いざとなればを使う。そもそも、お前はついて来る必要ねぇんだぞ?」


「それもイヤっスねぇ。自分は代理の右腕なんで。というか頭脳ブレイン?」


「いや、どっちにした覚えもないが?」


「そりゃ当然っスよぉ。自分で決めたことなんで!」


「お、俺! ひ、左腕!」


「なんスか、それ」


 ついてこさせるはずはなかったのだが、二人は放っておいてくれなかった。


「というか、。本当に使えるんスかぁ? 使えなかったら作戦も何もあったもんじゃないんスけどぉ?」


「うるせぇな! ついて来るってんなら、黙って働け!」


 そして戦争は始まった。


 ラムズレーンから巨人が現れ、ヘーンドランドが焼き払われる。

 戦火は拡大し、マカダミア平原での決戦が始まる。


 その様子を『黒犬』の3人はウィボボンスキの森から伺っていた。

 目標となる獣人を探すために大金を叩いて仕入れた高性能遠眼鏡を覗く。


「だ、代理! アレ!」


 見つけたのはボボタだった。

 見つけてしまえば、その美しさは戦場でもよく目立つ。


「うわぁ、本当にいたんスか……キレイっすね……」


「アレが、兄貴の仇……!」


 その戦いぶりを見ていれば嫌でもわかる。

 戦闘力が桁違いだ。

 まともに戦えば、ギルド全員でかかっても捕獲など不可能だろう。


「全く、ありがたいぜ」


 今、このチャンスを逃せば二度と復讐は果たせない。


 この乱戦模様の戦場。

 そして仕入れたネタの数々。


 男は兄貴のネックレスを握りしめた。


「作戦通りに行くぞ! 今までで最大の大仕事だ!!」

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