015:森の声

(ヌシめ、なぜ分からんのだ。このままではお前の居場所はどこにもなくなってしまうんだぞ……!!)


 リルが忌々し気に唇を噛む様子を見て、テリカはわたわたと慌てた様子で駆け寄ってきた。


「リル様、どこかお体が悪いのですか? 御用があればなんでも言ってください! 私はリル様のシモベですから!」


「あ、あぁ、大丈夫だ。ちょっと嫌なヤツの事を思い出しただけ……いや、そうだな。少し気分が悪い気がしてきたぞ?」


「そ、それは大変ですー! すぐに薬草をお持ちします! 待っててください!」


 リルは狼王の子孫である自分は孤高の存在であるべきだと思っている。

 しかし、だからと言って冷徹になりきっているわけではない。


 何度かテリカの事など置いて行こうと距離を取ってみたが、泣きながら付いてこられるとさすがに心が痛んで結局、足を止めてしまった。


 しかし、たった今、妙案が浮かんだのだ。


 自分から離れられないのなら、テリカ自身に離れてもらえば良いのである。


 体調が悪い事にして薬草を取りに行かせる間に、姿を消しておけば泣かれて困る事もないだろう。

 泣かれるとしても、それが見えない所ならまだ気にならない。


 嘘を吐くのは好まないリルだったが、緊急事態なので今は仕方がないと自分を納得させた。


「悪いな、頼む。あっちの、大きな木の方に薬草があるはずだ」


「わ、分かりました! 了解です! この体、ご主人さまのお役に立てて見せますー!」


 テリカは大真面目な顔で森の奥への消えていった。


「ふっ……しょせんは子供だな。これで厄介払いが出来た」


 ここは平和な森だと聞いている。

 人間のいないこの森の中なら、そう危ない事も起こらないだろう。


 なにかあっても別の魔族に助けてもらえば良い。

 そうすれば、その魔族がテリカの本当の主人になってくれるかもしれない。


 リルはそう自分に言い聞かせ、テリカに指示した方向とは逆の道へとその場を離れる事にした。


(……いや、待て。本当に人間なんていないのか?)


 だったら、さきほど自分が排除した人影はなんだというのだろうか。


 リルの直感が踏み出そうとした足を止めた。


「きゃあああああああああああああ!?!?!」


 テリカの悲鳴が森に響き渡ったのはその時だった。


「ははぁ! やっと見つけたぜ、お嬢ちゃん。ボスの追跡魔法がついてるの、気が付かなかったのか?」


「ボスが狙った最後の獲物、このまま逃がすわけにはいかねぇからな!!」


「いやいや、しかし確かに上物だな、こりゃあ!」


「えぇ、これは素晴らしいですよ。ダークエルフ特有の紫青の肌色も濃すぎないほど良い美しさですね。瞳の輝きもまるでサファイアのようではないですか。銀の髪も濁りなく艶がありますし、成長過程とは言え耳の尖り具合も良い。四肢もしなやかで余計な贅肉を感じさせませんし、将来にも期待が持てますね」


「ボスが自ら出向いてまで手に入れようとしたってのも納得だぜ。エルフってだけでも珍しいのによ」


「でもよ、まだ少し幼すぎるんじゃねぇか?」


「いや、問題ねぇさ。むしろ、逆だろ? その手の趣味の人間には高値で売れるってもんよ!」


「それもそうか! 安心しろって。きっと可愛がってもらえると思うぜ?」


「あぁ、そうだぜ。なにしろダークエルフ好きには変態しかいないからなぁ! ひゃはは!!」


 テリカは十数人の人間に囲まれていた。

 その恰好や会話の内容から山賊の仲間だと察しが付くが、それが分かった所でなんの解決にもならない。


 まだ幼いテリカの力では人間の男一人を相手にしても勝ち目がないくらいなのだ。

 この数の差を前にしては絶望意外の感情を持つことなどできなかった。


「よしよし、良い子だ。そのまま抵抗もできずに震えててくれよな。抵抗されると面倒だからさ」


「さっさと運ぶぞ。コイツは大事な商品になる。絶対に傷をつけるなよ?」


「へいへい。まかせてくだっ」


 テリカを縛ろうと縄を持って近づいた男は一瞬にして静かになった。


 リルは鋭い爪で男の身体を縦五つに切り分けていた。


「な、なんだおまっ」


 次の男は真横に二つに。


 そうして次々と人間を肉の塊に変えていく。


 まさに瞬殺。

 戦いではなく、一方的な殺戮だった。


 リルは武器を持った男達を相手に、まるで一陣の風が吹き抜けるが如くその爪だけで一瞬のうちに肉片に変え続けた。


「り、りる様ぁーーーー!!」


 全ての山賊が片付いた頃、テリカが泣きながらリルに抱き着いて来た。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を埋めてくる。


「……やれやれだ」


 所詮は自分には関係のないただのダークエルフの娘だ。

 見捨てればよかっただけなのに、そうできなかった。


 また助けるような真似をしておいて、これで「後は知らん」と言える性格でもなかった。


 しばらくは様子を見てやるとしよう。

 少なくとも、この森の安全を確かめてからでないと気が気でない。


(ただでさえあの勇者は強敵なのだから、余計な心配はなくしておくべき。うん、そうだよな!)


 そう自分を納得させることにした。


「リルさま、大変です……」


 泣いていたテリカが、急にそんなことを言い出した。


「どうした?」


「聞こえたんです。念波で森長の声が」


 念波とは、いわゆるテレパシーだ。

 思考と思考でダイレクトに情報を伝達する能力である。


 テリカに聞こえた念波がリルには全く聞こえなかった。

 つまりはこの森の魔物に特有の周波数なのだろうとリルは推測した。


「森でなにかあったのか?」


 テリカの表情は青ざめていた。

 さっきまでの怯え方とは、何かが違う。


 何か、嫌な予感がする。


 そしてテリカの言葉は、その予感の的中を知らせるものだった。


「この森の長が、人間に戦争を仕掛けるって……」


 森がにわかにざわめき始めていた。

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