005:命の捨て方


「うげっ!!」


 固い感触を背中に受け、オサムは悲鳴を上げて立ち上がった。


「いてて……くそぉ、一体何なんだよ……?」


 魔族らしきオオカミ少女が現れたかと思ったら、いきなり殺されかけた。

 急すぎて展開についていけない。


 ヌシと交友関係がありそうだったから余計に困惑する。


「ここは……?」


 見渡せば、そこはまるで鉄クズの墓場のような場所だった。


 くすんだ銀貨。

 曲がった匙。

 ヒビ割れた杯。

 錆びた剣。

 穴の開いた鎧。

 それに良く分からないトゲトゲなんかもある。


 いろんなもの山のように積まれ、それらは部屋中に散乱していた。


「なんだ……これ……?」


 地下の地下の、さらに地下。


 灯りの火の玉もないその部屋は、しかし微かな光に照らされていた。


 光の源は部屋中の鉄クズたちのようだった。

 ただの鉄クズではないように見える。


 その不思議な光景に、目を奪われそうになった。


「そんなに見つめられると照れる」


「うわぁっ!?」


 急に、目の前に少女がいた。

 その姿はリルよりもさらに幼い。

 

「き、君は……?」


「私は呪われた存在。だから、私に構わないで」


 それだけ言って、スッと少女は背を向けた。


「……そ、そっか。わかったよ、ごめん」


 こんな幼い少女が一人でこんな所にいるのは確かに気になる。


 だがそれよりも今はヌシが心配だった。


 リルのあの様子では、二人はケンカどころかいつ殺し合いになってもおかしくなかった。

 それも、オサムが原因でだ。


 魔物たちの事情は良く分からないが、そんなのは嫌だった。


 レベル0以下のオサムに出来る事なんてないかもしれない。

 ここから急いで戻って二人の間に駆け付けた所で、リルの手間を省くだけかも知れない。


 けど、それでもこのまま逃がしてもらうだけなんて嫌だった。


 そう思ってしまったから動かずにいられなかった。


「私の名前はドレインデッド。命を吸いとる者」


「うわぁっ!?」


 声の主はさっきの少女だった。

 少女がオサムを見ていた。


「……」


 ジッと見ていた。


「え、えーと……」


「名前。名乗られたら、名乗り返すのが礼儀。常識よ」


「あっ、そうだね……俺はオサム。えーと、よろしくね?」


 なんと続けたら良いのかわからず、良く分からない事を言ってしまった。

 ついさっき目の前の少女から「私に構わないで」とか言われた気がしたが、気のせいだったのだろうか。


「よろしく。私の事はドリーと呼んで欲しい」


「わかった。ドリー」


「うん。オサム……オサム……良い呼び方が思いつかない」


「そのままオサムって呼んでいいけど……」


「そう。わかった。オサム」


 なんだろう。

 めっちゃ話しかけてくる。


「オサムは上の階が気になるの?」


 ずっとオサムの様子を伺っていたらしく、ドリーがそう聞いてきた。


「うん」


 オサムは素直に答えた。

 するとドリーは鉄クズの山から一つの壷を取り出した。


「これは『震える風の壷』。空気の振動を増強する力を持ってる」


 そう言ってドリーは壷を天井に投げつけた。

 ガシャンと壷が割れた瞬間、声が落ちて来た。


『邪魔をするなら誰であっても容赦はしない!! ヌシ、それがお前でもだ!!!』


 リルの声だった。

 怒りに満ちたその声に、オサムは恐怖を感じた。


 あの爪を向けられた時とは違う、生命の危機への恐怖ではなかった。

 もっと大切なモノを失ってしまうかもしれないという恐怖だ。


『……これ以上は、本気で止めるわよ?』


 いつもふわふわしているあのヌシもすでに臨戦態勢といった雰囲気で、戦いはいつ始まってもおかしくない。


「なんとかしないと……!」


「なんとかって?」


 焦るオサムに、ドリーが不思議そうに尋ねる。


「二人は戦うべきじゃない! たぶん、もっと仲良くできるハズなんだ……」


「うん。二人は仲良し。お互いに魔族の中では異端。ひとりぼっちはさびしい。だから自然と仲良くなった。でも、それでも譲れないモノもある」


 ドリーは全てを見て来たかのように言う。

 実際に、見て来たのだろう。


 だったら尚更だった。


「そうだ! さっきの壷みたいな物、他にない!? 何か、二人の戦いを止められるような……」


 オサムは壷を見て確信していた。

 この部屋の物は、ただの鉄クズじゃない。


 魔道具とでも呼べばいいのだろうか。

 きっとどれもが不思議な力を持った道具たちだ。


「ある。それも、とっておき」


「それ、どれ? おしえてくれ!」


 オサムが詰め寄ると、ドリーは何故か纏っていた着物を脱いだ。

 一糸まとわぬ姿になり、白い素肌があらわになった。


「ちょ、ちょっと……!?」


「とっておき、私」


 ドリーの表情は真剣そのものだった。

 冗談を言っているわけではないらしい。


「とっておきって……」


 良く見れば、その素肌はほんのりと光を放っていた。

 周囲の鉄クズと同じ光だ。


「まさか、君は……」


「私は偉大なる遺物オーパーツ吸命鬼願ドレインデッド


 初めて聞く言葉だが、その意味は理解できた。

 この幼い少女も、人のようでいて人ならざる存在なのだ……と。


「私に触れた相手に力を授ける。それが私の能力。その代わりに命をもらう」


 ドリーは静かに手を差し出した。

 言葉にせずともその意図は伝わった。


 ……力を願うなら、掴めと。


「命をもらう、か……な」


 でも、それがどうした。

 どうせ見放されて捨てられた粗末な命だ。


 そんなもの、こちらから捨ててやる。

 どうせ捨てるなら少しでも優しくしてくれた人のために。

 

 誰かのために、何か意味を持って捨てたかった。


「デメリットなしだなんて、くらいだ!」


 オサムは迷うことなくその手を取った。


 瞬間、光と共に力があふれた。

 血管の中を、血液とは違う何かが駆け巡った気がした。


「これが、ドリーの力……?」


 わかる。

 もしもステータスが見えるなら、今のオサムはその全てが桁外れになっているだろう。


 体を動かして確かめなくてもそれが理解できた。


「それで、どうする?」


「どうって?」


「じゃあ、質問を変える。オサムはどうしたい?」


 ドリーの瞳がオサムを真っ直ぐに見ていた。

 そこには何かへの期待が込められていた。


「今のオサムなら、自分の望むままにできる」


 それが何への期待かはわからなかった。

 ただ、自分がやるべき事はハッキリとしていた。


 やりたいことは、はじめから一つだ。

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