038:百鬼夜行②
切り揃えられた黒髪のオカッパに、白磁のように美しい肌。
水着みたいに露出の多い珍妙な着物はボロボロだが、その体には傷一つなかった。
大人しそうにも見える幼い風貌の、その額から伸びる一本の角が少女の全てを象徴する。
何よりも戦闘を好み、勝利の為だけに人生を捧げ続ける異端の魔族。
個体単位で
ブルー。
鬼の中でも特に強力な力を持った特異個体。
ヘーンドランドを襲った
オサムが殺してしまったハズの少女である。
「クハハ! 久しいのぅ、オサム」
カラカラと年相応にも見える可愛らしい笑顔で笑う少女に、オサムはおもわず息を呑んだ。
一度は戦い、勝利した相手だ。
だが同時に
オサムたちにとっては苦い記憶を呼び覚ます相手だった。
「オサム……」
オサムの背中に抱き着くドリーの手にも力が入っていた。
「大丈夫。もう、ドリーにあんな思いはさせないから」
オサムはドリーを安心させるように、できるだけ優しい声をかけた。
「うん、しってる」
暴走などしない。
オサムはそう決めていた。
だから戦場に戻って来た時、相手を「殺す」のではなく「無力化する」事に集中すると決めた。
そのために魔族達を遠くへ投げ飛ばしまくったのだ。
オサムはずっとその場で何かを殺すことなく、戦いの中での殺意を否定し続けながら戦ってきたのだ。
……だが、果たして目の前の鬼の少女にそれが通用するのか。
そんなに甘い相手ではないのは嫌と言うほど知っている。
ブルーは強い。
とてつもなく。
「なんじゃ、そう警戒するな。そういう態度には我だって傷つくんだぞ?」
ブルーがわざとらしく落ち込んだ表情を作りながら一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
一時的な死者蘇生を行い戦力を増強する魔道具、
死んでからの時間が経っていない事と、死体が残っている事。
魔道具の対象となる条件をそう仮定するならば条件は満たしている。
戦いに敗れた後、ブルーの死体は燃えるように消えた。
だがそもそも彼女の体は魔力の具現化のようなものだった。
戦いの中で無尽蔵にも思えるように再生や変化を繰り返していたのだ。
鬼としての核となる魂が存在するならば、その肉体を構成する魔力さえ与えられればいくらでも蘇るだろう。
魔力の模倣と定着。
確かに条件は満たしている。
「パンダ君の力で魂が魔力に定着した。だから肉体も蘇ったのか?」
「だと、思う」
やはり自力での復活ではなく、魔道具の影響を受けているのだろう。
だからブルーはこのタイミングでオサム達の前に現れた。
であれば、今のブルーには鬼が持つ本来の再生能力などの力に魔道具から供給される魔力が上乗せされる事になる。
間違いなく、以前よりも強い。
「でもおかしい。この子は
それがブルーと他のゾンビ兵との決定的な違いだった。
「ふむ。相変わらず戦いに関して察しが良いな。いや、魔道具に関してか?」
ドリーの問いかけに、ブルーは楽しそうに笑みを浮かべる。
先の戦いを思い出すように一瞬だけ目を閉じ、そして見開いた。
「どれ、少し話そうじゃないか」
ほんの一瞬の開眼。
金色の瞳の発現と共に、戦場に一陣の風が舞った。
それはオサム達の周囲で渦を巻き、周囲のゾンビ兵達を吹き飛ばした。
「あの程度の雑魚ならば、これでしばらくは入って来れまい」
「これは……!?」
吹き飛ばしても吹き飛ばしてもやってくるゾンビ兵が、見えない壁のようなものに阻まれていた。
慌ただしかった戦場に穴が開いたように、オサム達の周囲に静けさが訪れる。
死体たちのうめき声も遠く小さく聞こえた。
「結界だ。今はこの程度の領域が限界だが、話をするには十分だろう。なにせ、まだ魔力が万全ではなくてなぁ」
ブルーは警戒しているオサム達に溜息を吐くと、コテンと倒れるように尻もちをついて座り込んだ。
そしてそのまま両腕を広げて見せた。
「ほれ。これでどうじゃ? お主たちと戦う気はない」
「話をする……だよな?」
「そう言ったろう? 身構えるな、悲しいじゃろうが。今の我にオサムと戦う気はないと言っておるだろう。そもそも万全の状態でも負けておるのに、魔力不足のまま戦って勝てる気がせんからなぁ」
万全ではないというその真偽は定かではないが、たしかに戦う気はないらしい。
どういうつもりか分からないが、それを断って万が一にも戦闘になるよりは、対話してみる価値はある。
「……分かった。信じるよ」
「うむ」
「だけど、手短に頼む。俺達はあの魔道具を止めたいんだ」
「ならば、このままにしておけば良い」
ブルーはあっけらかんとそう言い放った。
「え?」
「状況は理解しておる。周辺の者たちの魔力が我の体に交じっておるのじゃ。その記憶を見た。魔道具の力の影響じゃろうな」
魔力は魔族にとっての力の源であり、肉体を構成する細胞でもある。
高位の魔族にはその魔力から記憶を読み解く力があった。
「
リル達を一瞥し、ブルーは事もなげに言う。
確かに相手の魔力が枯渇してくれるのなら、この状態で待つのは一つの手だ。
ゾンビ兵達は他の人間には目もくれない。
「……たしかに。パンダ君は短期決戦型だったし、もって数時間? そもそも魔道具である以上、なみの人間では無尽蔵に機能させ続けることなんて不可能」
魔道具の性質に詳しいドリーもその案に納得する。
条件はすでに整っているのだ。
後はブルーが結界を維持してくれるだけで良い。
「もちろん条件はあるぞ? オサム、お前が条件を呑むのなら我も力を貸そう」
「条件?」
やはり、とオサムは思考する。
ここからが話の本題なのだろう。
相手は魔族だ。
意味もなく自分たちを助けに来たとは思っていなかったから、この話の流れくらいは予想できていた。
問題はその条件だ。
ブルーの協力は欲しいが、魔族の出す条件がどんなものなのか……。
「そうじゃ」
「条件次第だよ。誰かを不幸にするような条件なら、俺は飲まないからな」
予想通り、とでも言うようにブルーはにんまりと笑った。
「お主はそういう男よのう! 心配いらん! 誰も不幸に等ならんし、むしろ幸せになるぞ、我が!」
「幸せに?」
どんな条件なのか、すぐにはピンと来なかった。
ブルーは考える暇を与える間もなく、立ち上がるとオサムに駆け寄ってその手を握った。
「オサム、我の物になれ」
あまりに純粋な子供のようなその笑顔に、オサムは接近を警戒できなかった。
そして思考が情報を処理しようとして、その意味を測りかねる。
それって、どういう意味だ……?
「ニブチンじゃのぅ。知らんのか? つまりケッコンするのじゃ」
「なんで!?」
予想外の回答に思わず聞き返した。
「お主が気に入ったのじゃ。それで十分。運命の愛にそれ以上の理由などいらん」
ブルーはキラキラと楽しそうに目を輝かせている。
戦っていた時とはまるで別人だ。
見た目は同じなのに、まるで中身が違うように見える。
「誰も不幸にはならんじゃろう? 我はお前の側に居たい。こんな気持ちは初めてじゃ」
「いや俺の意思は!?」
「なんじゃ、嫌なのか? 我に魅力がないのか? お主のためなら我は全てを捧げる。この体も全て、お主の好きにして良いのじゃぞ?」
潤んだ瞳と上目遣い、ほんのり赤らんだ頬という女の武器3連コンボはオサムの男心をダイレクトに抉った。
思考力が一時的に急速に低下する。
掴まれたブルーの手の平はすべすべで柔らかく、やっぱり女の子のものだった。
額の角以外、見た目は人間と変わらないのだ。
むしろブルーは儚げで可憐な少女のような姿をしている。
成熟した女性の色香とは違うが、幼く見える体には女性特有の丸みや柔らかさが宿っていて、改めて意識してしまうとドキリとさせられる。
うん、アリだな。
……機能低下したオサムはあっけなく陥落しそうになった。
「というか服! ボロボロじゃないか! せめて前は隠して!」
あらためて見ると服が服として機能していなかった。
戦いでボロボロになったままで、小さな二つの膨らみが外気に当てられている。
「オサムのエッチ」
言い終わる前にオサムはドリーに目を塞がれた。
「いててっ! ちょ、ドリーさん!? 力つよくないですか!? 眼が! 眼がぁ!!」
「あぁ、コレか。肉体は蘇ったが、服まで蘇るわけではないからのぅ。形状変化にも力を使うし、我はオサムに見られる分には別に構わんぞ? どれ、もっと見たいのか? これ、小娘。その手を離さんか。オサムが我の可憐な素肌を堪能できんじゃろうが」
「ダメ。オサム、この女はやっぱり敵。人類の敵。けがらわしい女魔族。
急転直下で騒がしくなるオサム達を、少し離れた場所からテリカはワクワクした瞳で見つめていた。
「リルさま、あれが……シュラバってやつですかっ?」
「見るな、テリカ。あれが勇者だ。勇者とはかくも汚い生物なのだ」
戦場に訪れた凪の最中に、修羅場が訪れていた。
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