1-2:魔王とは


 ウルグスアイ王国首都ナッパスに在る女神神殿。

 ここは創世の女神をまつる神殿だった。


 

 首都にある神殿と言う事もあり、その規模はこの国最大で、城のすぐ横にその神殿は有った。

 まるでオルヴィエート大聖堂のようなその神殿は、大きな扉がきらびやかに装飾され、その威厳さを物語っている。

 流石にお城ほどとはいかにものの、二つの塔があるその神殿は講堂も何も大きく一度にたくさんの信者が祈りを捧げられるようになていた。 



「うう、なんか緊張するよぉ~」


「大丈夫だって。エマたちのいる宿舎は裏の方だからそっちから行こうね」


 ぎゅっと帽子の端を両の手で押さえながらラーミラスはユナから離れない様に着いて行く。

 大きな神殿の裏を回りながら二人は宿舎へと向かう。

 万が一、帽子が取れて角があることが分かったらその場でらえられてしまうだろう。

 それでも今は教会で魔族について調べる必要がある。


 ラーミラスはユナに連れられ裏口からそっと宿舎に入るのだった。



 * * *



「教会に来るのは良いとして、人の都合と言うのを考えた事があるのですの?」



 神官であるエマこと、正式名エマ―ジェリアはかわいらしくほほふくらませて怒っていた。

 金髪碧眼きんぱつへきがん、色白でややも小柄な彼女。

 可愛らしいその顔つきではあるが、今年十六歳になる。

 この世界では十五歳で成人となる。

 既に立派な大人だが、まだまだ幼さが残っている。

 そして当人も気にはしているが、胸が第二成長期半ばで止まってしまっている。


 上長じょうちょうの神官はそんな彼女を笑いながらも来客をもてなすように言う。

 

 エマ―ジェリアは孤児だった。

 十五年前にこの神殿に捨てられていた赤子だった。


 この神殿にはそう言った子供が何人かいる。

 みな同じくこの神殿に捨てられた子たちだった。

 だからだろう、上長の神官は数少ない友人を大切にするようエマ―ジェリアには教えていた。


「まだやることが残っているというのにですわ」


「それでも友人は大切になさい。わざわざあなたを訪ねて来てくれたのですからね。残った仕事は私たちでやっておきますから、あなたはお友達の所に行きなさい」


 そう言って上長の神官はにっこりと笑う。

 エマ―ジェリアは申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、ユナが遊びに来てくれたこと自体は嬉しく思っていた。


 小さい頃はユナが親と一緒に薬の納品に来た時、よく裏庭で二人で遊んだものだ。

 そんななつかしい事を思い出しながらエマ―ジェリアは言われた部屋へとやって来た。



「お待たせしましたわ」


「あ、エマ久しぶり~。元気だった?」


勿論もちろん元気でしたわよ? それより今日は何の用ですの?」


 照れ隠しで少々きつめな態度だったエマは、ユナとあいさつを交わしながらもう一人来客がいた事に気付く。


「ユナ、そちらは?」


「ああ、私の友達で錬金術師のラーミラスよ。ほら、ここに納品しているポーションを作ってる娘って前に話したじゃない」


 ユナにそう言われてエマ―ジェリアは改めてラーミラスにむかって挨拶をする。


「いらっしゃいませ、私はエマ―ジェリアと申しますわ」


 左の胸に右手を当て、残った手は軽く後ろに回しながら頭を下げる正式な挨拶をしてきてくれる。

 その動きはまるで貴族の礼儀のように流麗りゅうれいだった。


 ラーミラスはその動きに思わず圧倒されて自分の名乗りが遅れてしまった。


「あ、えっと、錬金術師のラーミラス=ハインドです!」


 ぺこりと注意をしながら頭を軽く下げこちらも挨拶を返す。

 頭を下げながらちらりとエマ―ジェリアを見るとゆっくりと頭を上げてにこりと笑ってくれる。

 まるで聖母ではないかと思ってしまうその優しい笑顔はラーミラスの緊張をだいぶほぐしてくれた。



「それでねエマ、今日は勇者と魔王、魔族について詳しく聞きたくてラーミラスを連れてきたのよ」


「勇者様と魔王ですの? それは構いませんがどうして魔族についてまで?」


 エマ―ジェリアそう聞かれラーミラスは回答に困ってしまった。

 まさか自分に魔王軍の紋様が現れ、頭には角、お尻には尻尾が生えて魔族そっくりになってしまったとは言えない。

 ラーミラスが回答に困窮しているとユナがあっけらかんと言う。



「ほら、先日勇者様が亡くなってみんな不安なんだよ。ラーミラスは錬金術で街の外まで薬草を取りに行ったり簡単な素材は自分で採掘したりしているからね、また魔王軍とかが活発化になるかどうか心配なんだよ」


 ユナのその言葉にラーミラスは思わずうんうんと首を縦に振る。

 確かに民衆は先日勇者が亡くなってしまい不安を抱えている。

 本来は魔王が先に現れその後に勇者の紋章を持つ者が現れ魔王を討伐するが、勇者が亡くなると新たな魔王が現れるとも言われている。


 次の勇者がいつどこに現れるかは誰も分からない。

 故に民衆には不安がつのっているのだ。


 エマ―ジェエリアはそれを聞き大きくうなずいてから言う。


「確かに勇者様が亡くなってしまい、次なる魔王が現れるのではないかとささやかれていますわ。しかし神殿に秘蔵されている書にはこうも書かれていましたわ、曰く『魔王は清らかな乙女の中から生まれ出る。そは魔王として力を得るも必ずや現れた勇者に屈服するであろう』と。ですから例え先代の勇者様が亡くなられても次なる勇者様がきっとすぐ現れますわ」


 エマ―ジェリアはそう言って女神の名を言いながら祈りを捧げる。


「まあ、勇者様が現れるから私たち人族は安心してられるけどね。それで、魔王や魔族についても聞きたいんだって。ね、ラーミラス?」


「あ、はい、えっとまず魔王って『清らかな乙女の中から生まれる』ってどういうことですか?」


「ああ、それはですわね……」


 エマ―ジェリアはそう言いながら周りをきょろきょろ見ながら言う。


 

「実は、魔王とは必ず乙女の中から生まれ出るのですわ。しかも人族の中からですわ。それは時には貴族の中から、時には村娘の中から。彼女らは魔王の証としておへその下に魔族の紋様が浮かび上がり徐々に魔族の姿に変わって行くのですわ」



 ラーミラスはそれを聞いて青ざめる。

 何せ今自分のおへその下にその紋様が浮かび上がっているのだから。



「そ、それって何処に現れるか分からないのですか?」


「ええ、どう言う理由で魔王が発生するかは分かっていませんわ。ただ、魔王は必ず乙女に現れるのですわ」


 ラーミラスはそれを聞いてユナとの与太話を思い出した。

 そして思わず確認するかのようにエマ―ジェリアに聞いてしまった。


「あ、あの、聞いた話なんですけど…… 魔王って勇者様に女にされちゃってしかもその後服従してるって聞いてるんですけど……」


「まっ! ど、何処でその話を聞いたのですの!? あっ……」


 そこまで言いかけてエマ―ジェリアはユナを見る。

 ユナはエマ―ジェリアに目を合わせない様に明後日の方を見ていた。


「ユナぁ~、他の人には話してはいけませんって言ってあるのにですわ!」


「い、いやぁほら、勇者様が亡くなっちゃってつい……」


 エマ―ジェリアはユナの頭を掴んでぐりぐりとしている。

 結構痛いぐりぐりだ。

 そんな光景を見ながらもラーミラスは聞く。


「あの、それで勇者様に女にされちゃった魔王ってまだいるのですか?」


「あ、ええぇとぉ……」


 ラーミラスにその点を聞かれ思わずエマ―ジェリアは口ごもる。

 そんなエマ―ジェリアにユナは軽い口調で言う。


「大丈夫だよ、ラーミラスは口が堅いからね。ただ、みんな勇者様が亡くなって不安なんだよ。特にラーミラスなんかは怖がりだからね」


「ふう、仕方ありませんわね。本当はあまり話してはいけない事なのですが、いいですわ。そもそも勇者様は……」


 そう言ってエマ―ジェリアは魔王について語りだすのだった。



 * * *



 魔王とは、必ず清らかな乙女に現れる。

 

 それは何処にどんな理由で現われるかは分かっていない。


 魔王になる娘は、最初にへその下あたりに魔王の印が浮かび上がる。

 そして徐々に体が魔王へと変化をしてゆく。

 角が生え、尻尾が生え、そして背中には空を飛べる羽が生えて来る。

 

 ここまで来る頃には魔王は莫大な魔力を有し、数多の魔法を扱えるようになってくる。

 それは人族の賢者をも凌駕するほどに、エルフの大精霊使いをも凌駕するほどに。


 そしてその性格は激しさを増して行き、世界を滅ぼし、征服しようとする。

 異界より魔族を召喚したり、この世界にいる魔物たちを服従させたりとだ。


 魔王は世界を恐怖のどん底に陥れる。



 だが、人類に希望がないわけではない。

 魔王が復活し、世にはびこる頃にやはり何処かに女神様の導きに勇者の紋様を持つ者が現れる。  

 

 勇者は必ず男性に現れ、そして見目麗みめうるわしき三人の女性を仲間に向かえる。

 三義さんぎと呼ばれる彼女たちは勇者を補助し、そして魔王を討伐する。



 エマ―ジェリアの話は一般人が知らなこともだいぶ含まれていたが、概ねの事は知られている内容と似通っていた。

 しかし魔王を討伐し、殺してしまうと又すぐに何処かで別の娘が魔王として復活してしまう。

 故に秘匿ひとくの話として女神信教にはこの方法が伝えられている。


 

 すなわち、勇者が魔王のバージンをうばい自分のモノにするという事だ。



 バージンをうばわれた魔王は従順な下僕と化す。

 そして勇者がいる限り魔王は大人しくなる。

 中には美しい魔王を妻として娶る勇者もいる。

 

 そして勇者が亡くなると魔王もその力を失い、もう二度と魔王として世界に影響を及ぼせなくなるのだ。




「いや、ちょっと待ってください。何ですかそれ?」


「まさしくこれも女神様のご慈悲ですわ。たとえ魔王に対しても勇者様のお力でその慈愛の手を差し伸べる、さすが女神様ですわ!!」


 話を聞いていたラーミラスは思わずエマ―ジェリアを見るも、彼女は女神様に祈りを捧げている。

 ラーミラスは軽くため息を吐きながら聞く。



「そうすると、勇者様が亡くなった後のその魔王って、もう力もなくなっいて何処にいるんですか?」


「そ、それはぁですわ……」


 またしても歯切れが悪くなるエマ―ジェリア。

 だがラーミラスのその真剣なまなざしに渋々言う。



「亡くなった勇者様の話では、魔王を屈服させたのは良いのですが、今次の魔王は特殊でその力だけは押さえられたそうですわ。しかしその魔王はバージンで無かったため完全には押さえきれず、魔王城へ幽閉しているとの事ですわ……」


「えっと、そうすると勇者様が亡くなった後に、その魔王は自由になるってことですか?」


 ラーミラスは混乱してきた。

 まだ魔王がいて、勇者の影響力が無くなれば魔王は自由になるのでは?

 それに魔王がいるのになんで自分が新たな魔王になるのだろう??



「多分、魔王は力を失っていると思われますわ。三義の一人、剣技の舞姫が魔王城を見張っていますが、魔王が力を取り戻し自由にはなっていないらしいですわ。教会でもそれは確認できていますわ」


 どうやら魔王はまだいるも、その力はなくなっているようだ。

 だとすると、自分に次の魔王としての役割が来たという事か……


「じゃぁ、またどこかに魔王が出現すると言うのですか?」


「それはまだわかりませんわ。何故なら今の魔王は完全に力を失っているわけではないらしいのです。魔族を服従させる事だけは出来るらしいのですわ」


 となると、魔王は魔王としての役割が完全に終わっていないという事か?


「あの、じゃぁ新しい魔王って現れないという事になるのですか?」


「今のところはそうですわね。でも、今の魔王が息絶えるならまたどこかで魔王が現れる可能性はありますわ」


 そうエマ―ジェリアに言いきられてラーミラスはごくりと唾をのむ。


「と、ところでその魔王ってバージンで無かったのになんで魔王に成ったんですか?」


「今の魔王は、魔王に成ってからバージンを失ったと聞いてます。なので勇者様のお力が完全に通用しなかったらしいですわね」


「じゃあ、魔王に成りそうな娘がバージンじゃなくなれば魔王に成らなくて済むのですね!?」


「それは分かりませんが、多分そうなるのでしょうですわ。何せ魔王は必ず清らかな乙女、つまりバージンの女性から現れるのですから」



 エマ―ジェリアにそう言われてラーミラスは確信する。

 つまり、現在の魔王が存命中に自分がバージンを失う、理想の旦那様を見つけ出せば魔王に成らずに済みそうだと。



「魔王は必ずバージンに現れる……」


「はい、そうですわね」


「そして魔王はいまだに存在している……」


「ええ、そうなりますわね」


 ラーミラスのその確認するような言葉に首をかしげるエマ―ジェリア。

 ずいぶんと魔王に対して聞いてくるなと思ったその矢先だった。



 どッガーンっ!!



 何やら爆発音が聞こえて来た。

 そして周りが慌ただしくなってくる。



 ドどッガーンっ!!




 その爆発音はだんだん近づいて来たのだった。 


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