2-3:賢者の石


 ラーミラスは孤児院へと入って行く。



 ずかずかと庭に入り込み、作業をしている子供たちの注目を集めながら建物へ入って行く。



「ごめんくださ~い。こちらにエルフの方が捕まっていると聞いて来たんですけど」



 正面切ってそんな事を言いながらラーミラスは扉を開いて中に入って行く。

 建物の中は、入り口から広間になっていて掃除をしていた子供たちとそれを監督していた中年の男がいた。



「な、なんだあんたは?」


「ここにエルフの人が捕まっているって聞いたから助けに来たのよ」


 ラーミラスがそう言うと、途端とたんにその中年の男は顔色を変える。



「き、貴様どこでそれをっ! くそ、お、おいっ!!」



 中年の男は奥の部屋に向かって大声をあげる。

 するとまもなく奥からガタイの良い男が二人やって来た。



「この女、エルフの事知ってやがる! とっ捕まえろ!!」


 中年の男がそう言うと、ガタイの良い男はニヤリとしてラーミラスを見る。

 全身をいやらしい目で見て。

 そして中年の男に聞く。


「俺たちにも回してもらえますかね?」


「どうやってここの事を知ったかを聞いてからだ。早く捕まえろ!」


 あせる中年の男。

 ニヤニヤしながらラーミラスを見る屈強なガタイの男たち。

 ラーミラスはため息を吐きながら言う。


「今まで出会った盗賊と大して変わらないか」


「ぬかせ、このアマっ!」


「ひぃひぃ言わせてやるぜ!!」


 ラーミラスのその軽口にガタイの良い男たちは反応して無防備にラーミラスに襲いかかる。

 が、ラーミラスは慌てる事無く、すっと片手を振るとガタイの良い男二人は壁にまで吹っ飛ぶ。



 ぶわっ!


 どんっ!!



「えっ?」


 一瞬の出来事に思わず変な声が漏れる中年の男。

 壁まで飛ばされた男たちは叩きつけられ、ずり落ちて動かなくなる。

 しかしそんな中年の男にラーミラスはにっこりと笑いかけ言う。


「捕まっているエルフの人たちは何処どこ?」


 その赤くきらめくラーミラスの瞳に中年男は「ひっ!」と声を上げて、ラーミラスを案内して隠された地下室へと向かうのだった。



 * * *



 そこは本当に普通の部屋だった。

 しかし、ベッドを押してどかすと、床に入り口の扉があった。



 中年男はその扉を開くと、下へとつながる階段があった。



「この下にいるの?」


「あ、ああ…… それよりあんた一体何モンだよ?」


 思わずそう聞いてしまって、中年の男はハッとなる。

 ラーミラスはニヤリと笑って中年の男性に聞く。


「知りたい? でも知っちゃうとあなたがまずい事になるわよ?」


「す、すまん! なにも聞かない、なにも聞いてない!!」


 脂汗を額にびっしりと浮かべて、その中年男性は慌ててそう言う。

 何故ならこの薄暗い地下室への階段で、ラーミラスの瞳は怪しく赤く揺らめいていたからだ。


 長い階段を下り終わったそこには意外と大きな部屋になっていた。

 いや、部屋と言うよりは鍾乳洞のようになっていた。


 所々、申し訳程度に魔法の明かりが灯っている。

 中年の男はその奥へと続くその道を歩いて行く。



「ふぅ~ん、こんな所があったんだ。ここで『賢者の石』まで作っているだなんてね」


「なっ!? な、何故なぜその事を!?」


 ラーミラスの言葉に中年の男は驚愕きょうがくする。

 しかしそんな中年の男にラーミラスは薄笑うすわらいをして言う。


「なんででしょうねぇ? ま、今の私には興味がなことだけど」


 ラーミラスの言葉に、中年の男はその疑問を飲み込んだ。

 まずい相手だ。

 いま彼の頭の中にはそんな言葉が渦巻いている。

 このまま彼女を連れて研究室まで行ってしまったら……


 確実に主に殺される。


 そう思うと中年の男は更に額に脂汗を浮かべる。



 ラーミラスはそんな彼の葛藤かっとうなど、どこ吹く風でこの鍾乳洞を見ている。

 そこそこの大きさもあり、奥へとまだまだ距離もあるようだ。

 確かにこんな所へ捕らえられてしまえば気付かれにくいだろう。


 そう思うと、アルスには重要な情報をもらって感謝さえする。

 自分の目的であるエルフの旦那様を見つけられるからだ。



「こ、ここがそうだ……」


 中年の男は更に奥にあった扉の前まで来て、ラーミラスにそう言う。

 見ればここだけ人工的な作りになった扉があった。

 

 男は扉をノックして入って行く。

 そしてすぐさま駆け出して中にいる人物にすり寄って叫ぶ。



「だんな! すみません。護衛の奴等をやられてしまって、どうしようもなかったんです!!」



 ラーミラスも扉のそこから見ると、中にはいろいろな魔道具が並べられ、その向こうに子供たちやエルフの男性たちが檻の中に捕まっていた。



『侵入者か……』


 そう言って振り向いたのは、何と魔族だった。

 その魔族はゆっくりとラーミラスを見る。

 そして軽く首を傾げ、ラーミラスに聞く。



『同族のようだが…… なんだ貴様のその波動は? 人間そのものではないか。何者だ?』


「まさか、こんな所に魔族がいるだなんてね…… 私はラーミラス、錬金術師よ」


「錬金術師? 魔族であるお前がか?』


 その魔族はラーミラスの答えに興味を持ったらしく、足元にすがる中年の男を蹴飛ばし完全にこちらに振り向く。

 蹴飛ばされた中年の男は、壁に当たって変な音を立てて動かなくなる。


 魔族はそんな事は気にもせず、ゆっくりと名乗りを上げる。



『俺はダナム。元魔王軍四天王の一人、智のダナムだ』


「四天王? 智のダナム??」



 こんな場所に、しかも四天王の一人がいる事にラーミラスは驚いた。

 しかし、それだけで何の感情も湧いてこない。



『貴様が錬金術師と言うならば俺に手を貸せ。もっと大きな【賢者の石】を作るには人間だけでは足らん。更に魔素の強い魂を持つエルフが必要だが、こいつだけでは手におえん』


 そう言って後ろにいた魔術師を指さす。

 魔術師の男はダナムにそう言われビクッとしてダナムにすがりよる。


「あ、主様! 大丈夫です、私は役に立ちます、ですから!!」


『静まれ。貴様は言われた通り作業を進めろ』


 ダナムにそう言われ、その魔術師はこくこくと頷き作業へと戻る。

 そんなやり取りを見てからラーミラスは聞く。


 

「『賢者の石』を作って何をするつもりよ?」


 元魔王軍四天王、智のダナムはラーミラスの質問を聞いて両の手を開き言う。



『決まっているだろう? 魔王様の復活だ!』


 

 それを聞いたラーミラスは唇を噛む。

 やはり、魔王はその能力を完全に失っていない。

 彼女は勇者によって魔王城に幽閉されている。

 そしてその能力も著しく抑えられ、魔族を従わせること以外に力を持ち合わせていない。


 だから、勇者によって瓦解がかいした魔王軍は、力の源である魔王を復活させようとしていた。



三義さんぎはまだ存命。しかし魔王復活の為に元魔王軍が動いていたってこと?」


『話が速くて助かる。今頃同じく元四天王の一人、防壁のエベルが三義を殺しに行っている。我ら魔族は人間風情が行う魔道など凌駕しているが、事、何かを作り上げるという事には不向きだ。魔王様復活には三種の神器である【賢者の石】、【至高の杖】そして【万物の書】が必要だ。そして【至高の杖】と【万物の書】は同じく元四天王のロッゾとダストンが動いている。後は【賢者の石】だが…… 生成方法は人間共やエルフ共の魂を抽出ちゅうしゅつして圧縮した結晶を作り、更にその結晶を圧縮してゆけば作る事が出来る。が、我々魔族にはそれが難しい。こうして人間を利用して精製をさせているが、いかんせん人間程度の魔力ではうまくいかん。貴様も魔族の端くれなら魔王様復活の為に手を貸せ』


 ダナムはそう言ってラーミラスに手を差し向ける。

 がラーミラスはそれを鼻で笑って言う。



「お断りよ。私にはもっと別の目的があるのだから」


『ならば死ね』



 そう言ってダナムは手の平を光らせて魔光弾をラーミラスに撃ち出す。

 しかし、ラーミラスはその魔光弾を平手で受け止めると、あっさりとにぎりつぶした。



 ばしっ

 バシュッ!!




『なにっ!?』



「痛ったぁ~。やっぱり元魔王軍の四天王ってだけあるわね? 手が赤くなっちゃったわよ」


 魔光弾を受け止めてにぎりつぶした手の平をひらひらと振ってラーミラスはダナムを見る。

 ダナムとしても対魔性に優れる同族の魔族を葬り去るには、それ相応の力を使っていたはずだ。

 それなのにラーミラスはあっさりとそれをにぎりつぶした。



『貴様、一体何者なんだ!?』


「ん~、一応は人族の錬金術師よ。ちょっと魔族化しちゃっているけどね。それより、消えちゃいなさい!」



 そう言ってラーミラスが手をかかげると、真っ赤な光が集約されてそれが一気に光ってダナムを襲う。




『バカな! この魔力量、まさか貴様は、いや貴女様あなたさまは……』



 そこまで言ってダナムはラーミラスの放った光りに包まれてその姿を消してゆく。

 そしてその光はそのまま地上にまで届き、この鍾乳洞と外界を繋ぐ。




 カッ!


 どがごばぁああああぁぁぁぁぁああぁあぁんッ!!!!




 全てを吹き飛ばし終わったラーミラスはしげしげと自分の手の平を見る。


「うーん、だんだん威力いりょくが上がっていくなぁ。もしかして魔王化が進んじゃっているのかしら?」


 そんな事を言いながら、早速捕らえられているエルフたちの所へ行く。

 ウキウキしながら檻の中を見ると、確かにエルフの男性ばかりだった。

 ラーミラスはその檻を開いて彼らを解放する。



「うわぁ♡ やっぱ美形ばかり! ねぇねぇ、大丈夫だった?」



 ニコニコ顔でそう言うラーミラスにエルフの男たちはふるえながら聞く。


「ありがとうございます…… あなたは一体何者なんですか? あの四天王ダナムを一撃で葬り去るだなんて」


「あなたも魔族なのですか?」


 彼らは口々にラーミラスにそう聞く。

 しかしラーミラスはにこにこ顔のままで言う。



「私は私の旦那様になってくれる人を探しているの。ねぇ誰か私の旦那様になってくれない?」



 期待に目を輝かせながらラーミラスはそう言うと、彼らは顔を見合わせて言う。



「助けてもらって感謝するが、すまない。ここに居る者は全員既婚者だ。捕まった時に妻たちと離れ離れになってしまって、ここへ連れられてきた」


「え”っ?」



 何となく一番偉そうなエルフの男性がそう言うと、他の人たちもうんうんと首を縦に振っている。

 ラーミラスはもう一度彼らの顔を見て聞く。


「全員、奥さんがいるの?」


 ラーミラスのその言葉にエルフの男性たちは一斉に首を縦に振る。

 ラーミラスは思わずその場にしゃがみこんでしまった。



「まさか全員が既婚者だったなんてぇ~」


「すまんな、それで君のその力を見込んで頼みがあるんだが……」





 ラーミラスはその言葉に顔をあげるのだった。  

 

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