2-4:奪還


「君のその力を見込んで頼みがあるんだが……」



 先ほどの一番偉そうなエルフがラーミラスにそう言う。

 ラーミラスは顔を上げて聞き返す。


「頼み?」


「ああ、君ほどの力があればあの貴族も下手な事は出来ないだろう。我々は捕らえられた妻たちを取り戻したいのだ……」


 彼はそう言ってラーミラスに頭を下げる。

 誇り高いエルフ族が人族に頭を下げるなど、通常はあり得ない事だ。

 しかし、今彼はラーミラスに対して頭を下げている。


「あの、ちょっとその前に……」


 少し困惑こんわくしたが、ラーミラスは先に捕らえられている子供たちを解放してやる。

 子供たちは初めて会った時のアルス同様に、死んだ魚の目のような色をしていた。


 しかしラーミラスに助け出されて、押さえられていた感情が噴出ふんしゅつしたのだろう、みんな一斉に泣き始める。



「はいはい、もう大丈夫よ? お姉ちゃんがみんな助けてあげるからね」


 そう言って先程のエルフに向き直って言う。


「ここまで非道な事をやっている訳ですから、手を貸さない事もないです。でもあなたたちエルフ族との協定を破った連中を告訴して、この子たちを領主か国に保護してもらう約束をしてもらいます」


 きっぱりとそう言うラーミラスに、一瞬驚くそのエルフだったが口元に笑いを作って言う。


「了解した。私は南のエルフ村の村長、ロランだ」


 そう言ってラーミラスに手を差し伸べて握手をするのだった。



 * * * * *



「つまり、その王族の血を引く貴族がこんなひどい事をしているってことね?」



 エルフや孤児たちを助けだしたラーミラスは、アルスと合流してからこっそりと夜の間にレントの街を抜け出した。

 そして南のエルフの村に移動をしてロランから事情を聞いていた。



「ああ、我らは『精霊の森』に住まうハイエルフたちと違い、他種族とその身を混ぜ合わせたハーフエルフやローエルフなんだ。目的は先の魔王との大戦で著しく数の減ったエルフ族を増やす為、『精霊の森』から離れて外部の他種族と交わりやすくするためだ。そして交配の中で生まれ出た純正のハイエルフをまた『精霊の森』に戻すわけだが、そこをあいつらに狙われた」


 エルフ族は寿命が長い。

 病気や事故、ケガでもない限りその寿命は無限ではないかと言われている。


 現存確認されているハイエルフの最年長者は、ゆうに一万歳を超えているらしい。

 普通はハイエルフあたりだと数千年のエルフが多いが。



「でも、ここって、老人はまあエルフだからいないとしても、子供なんかは全くいなかったの? 出来ればイケメンの旦那様候補を紹介してもらいたいのだけど」


「子供たちは、いるにはいるが皆成人していてな…… その、村の中で交配が数世代進むとほとんどがハーフエルフかローエルフになって来ていて、近親婚が増えていたんだ」


 そう言ってロランは一人のハーフエルフを引っ張って来る。


「彼はケリオス、私の息子だ。もともと人間族の母を持っていたが、他界してしまった。今、私はハーフエルフの二番目の妻を娶っているが、こいつは私の娘と夫婦になっている」


 ケリオスと呼ばれたハーフエルフは苦笑いをしている。


「まったく、可愛い娘を腹違いだが自分の息子にとられるのは複雑でならん。が、この村ではそう言うのが多いのも事実なんだ。おかげでエルフの血が濃く出てローエルフが生まれやすい。そしてローエルフどうしで交わるとハイエルフになる者もいる。そう言った者は我らが故郷である『精霊の森』に向かう義務があるのでな。なので今は皆成人してつがいになっている者が多い」


「うーん、まあそれでも一人くらいは男の人余っているのはいるんでしょ?」


 ラーミラスがそう聞くと、ロランは軽くため息をついてから言う。


「いるのは全て女性だ。確かザックの所の娘も入れれば、未婚は三人だな。もしかしてラーミラスはそっちのがいいのか?」


「いやいやいや! 私はノーマルよ!! と言うか、せっかくエルフのステキな旦那様を探しているのに、女の子紹介されてどうしろと!?」


 ラーミラスは出されたお茶に口を着けて、一気にあおってから気分を落ち着かせる。

 

「この村の事は分かったけど、その王族の血を引く貴族ってなんでエルフの女性を捕らえるのよ?」


「それは分からん。我々エルフは一夫一妻だが、人族には一夫多妻の者いると聞く。我らの妻をそんな奴にうばわれると思うとはらわたが煮えくり返って来るわ!!」


 ぐっとこぶしを握ってロランは憤慨ふんがいする。

 せっかくのイケメンなのに、怒りに歪むその顔は少々あれだった。


「で、助け出した孤児の子たちもいるから、その貴族ってやつの所に行くにも少数精鋭で行かなきゃね。あなたたちエルフには領主か国に孤児院の事を暴露してもらわなきゃよね?」


 ラーミラスはそう言って小さな真っ赤な宝石をロランの前に差し出す。

 それは人工の「賢者の石」。

 たくさんの子供やエルフの魂で作り上げられた禁断の品。


「証拠はこれで十分だと思うわ。小さなものだけど、これからはかなりの魔力が感じられる正真正銘の『賢者の石』よ。そして魔族の元四天王の一人、智のダナムがいたってのもエルフのあなたたちの証言なら信用性があるでしょ?」


「ああ、その件については『精霊の森』にいる長老に報告をして動いてもらうつもりだ。使いの者はもう向かわせている。ドリガー王国自体にもこの協定違反を申し出れば、あの貴族もただでは済まないだろう」


 それを聞いたラーミラスはニヤリと笑う。


「だったら少しは暴れても問題無いわね? それじゃぁ、奥さんたちを助けに行きましょう。急いだ方がいいわよね?」


 ロランは頷き、ラーミラスは立ち上がるのだった。



 * * * * *



 そこはレントの街の領主の館近くにある貴族の屋敷だった。


 王族の血を引いてはいるが、末席の姫を貴賤結婚きせんけっこんで受け入れたその貴族は、「王家の血」がある事を良い事にレントの領主に対しても高圧的であった。



「まあ、お偉いさんの考える事は分からないわよね……」


 ラーミラスはそんな事を言いながら、館の門の前に立つ。

 一応そこには衛兵がいたが、領主ではなく貴族にこき使われる事に嫌気がさしているのだろう、あまり真面目な様子では無いように見える。



「こんばんわ~。えーと、ここにエルフの女性が捕らえられているって言うから返してもらうわね?」


「はぁ? なんだお前は、そんなモンがここに居る訳……」


 事情を知らない衛兵は、そこまで言ってラーミラスの後ろに怒りの形相で怒っている数人のエルフの男たちを見る。

 思わずその迫力にごくりと唾を飲み、ラーミラスたちに言う。



「い、今確認してくるからここでちょっと待ってろ」


「いいえ、もうここの貴族様はおしまいよ。既に『精霊の森』からドリガー王国に協定違反で話が行く手はずよ。大人しく彼女たちを返す事ね」


 ラーミラスがそう言うと、慌てて片方の衛兵は屋敷に走って行く。

 それを見たロランはラーミラスに言う。


「もう待てんぞ?」


「もうちょと待ってね♪」


 しかしラーミラスはロランたちにそう言うと、屋敷から衛兵と何人もの屈強な男たちが出てきた。



「よっし、お仕置きの時間よ!」



 ラーミラスは瞳を赤く輝かせて楽しそうにそう言って一気に飛び上がる。

 それは常人の跳躍力では無かった。

 門を軽く飛び越し、出てきた男たちの真っただ中に飛び降りる。



 だんっ!

 すしゃぁーっ!



「うぉっ!?」


「何だこのアマぁっ!?」


「かまわねぇ、やっちまえ!!」


 

 着地したラーミラスに少し驚くも、男たちはそう言って一斉にラーミラスに飛び掛かる。

 だが、ラーミラスが手を振るとあっさりと吹き飛ばされる。



 ぶんっ!



「ぐわっ!」


「うごっ!?」


「がぁっ!」

 



「うーん、やっぱり手加減してもこれか…… まずいなぁ、力がどんどん強くなっている」


 そう言って再度数人の男たちをなぎはらい、先ほどの衛兵にの前に立つ。



「さて、ここの当主様の所へ案内してもらいましょうかしら?」


「ひ、ひぃいいいぃぃぃっ!」


 その衛兵は腰を抜かし逃げ出そうとする。

 だがラーミラスに踏みつけられ身動きが出来なくなる。


「ダメよぉ~、悪い子にはお仕置きしちゃうぞ?」


 そう言って片手に電撃をまとわりさせ、その衛兵にそれを打ち込む。



 ばりばりばりっ!



「がぁあああああぁぁぁぁっ!」



「死なない程度に弱めてはあるわ。さて、これで分かったかしら、そっちの衛兵さんもこうなりたくなかったら案内してね♪」


 軽やかにそう言うラーミラスにその衛兵は涙や鼻水、そして漏らしながらこくこくと頷くのだった。



 * * *



 屋敷の中は召使やお抱えの用心棒がいたが、全てラーミラスに撃退されて気を失っていた。

 そして案内された当主の寝室でラーミラスは扉を蹴破る。



 ばんっ!




「さてと、悪い貴族様にお仕置きの時間よ?」


「な、なんだ貴様は!?」



 部屋の中を見れば、首に鎖をつなげられたエルフの女性たちが何十人もいた。

 ベッドには裸に剥かれ、首輪を鎖で縛られた数人のエルフの女性がその男のひざ元にいた。



「メリサ!」


「アム!!」


「ララ!」



 ラーミラスと一緒に来ていたエルフたちは一斉に自分の妻に向かって駆け出す。

 それを見た当主は顔を青ざめる。



「ま、まさか南の村のエルフたちか!?」


「ああ、そうだ。ギャラン、妻たちを返してもらうぞ!!」


 ギャランと呼ばれたその貴族はベッドから起き上がり言う。


「ふん、まさか貴様らがあそこから逃げ出して来るとはな。しかしこちらにはまだこれがある!」


 そう言って手をかかげると、そこには小さな真っ赤に輝く宝石がついた指輪があった。



「こいつが何だか分かるだろう? 『賢者の石』だ! いくら貴様らが魔力が強くても、こいつがあれば儂でも貴様ら等どうにでも出来る!」



「うわ~、絵にかいたような悪者っぷりね。そんな小さな『賢者の石』なんて」


 そう言ってラーミラスは自分の魔力をその「賢者の石」にぶつける。

 


 びきっ!


 ぽとっ



「はぁっ?」


 高笑いしていたギャランは目が点になって割れて床に落ちた「賢者の石」を見ている。


「『賢者の石』と言ってもそんな小さな結晶、更に強い魔力に当てられれば簡単に破壊できるわよ?」


「ななななななな、なんじゃとぉっ!?」


 つまらなさそうにラーミラスはそう言うが、ギャランは慌てて割れて落ちた賢者の石にしゃがみこんで手に取る。

 しかし、その石は赤い煙を立てて消えて行ってしまった。



「き、貴様! ダナム様からいただいた『賢者の石』をっ! ゆ、ゆるせん! 今すぐ八つ裂きにしてやるわぁっ!!」



 そう言ってギャランは体を大きく膨れ上がらせ、アークデーモンの姿に変わって行く。

 それを見たエルフたちは驚きに声をあげるが、ラーミラスは何となくわかっていてため息だけを吐く。



「なんだ、アークデーモンか。いつの間にかその貴族様に化けていたのか、憑依していたのか。まあいいわ、とっとと終わらせようかしら?」


『ぬかせ! 小娘如きが儂をどうこうできるものか!! 死ねっ!!』



 そう言って爪を伸ばして飛び掛かって来るアークデーモンにラーミラスは瞳を赤くしてにらみつける。

 すると、アークデーモンが体をこわばらせてその場で止まる。



「私に対してアークデーモン風情が随分ね?」


『な、なんだ? 体が動かん?? き、貴様一体何をした!?』


「さあ、なんなんでしょうね? 私も何となくだけどあなたごときならにらんだだけで動きを封じられる気がしただけよ? さて、私に対する暴言、万死に値するわね!」



 そう言ってラーミラスが手をかかげると、アークデーモンはその場でひざまずく。

 そして頭を下げたままラーミラスがその頭に手を置くと、一瞬で灰になって崩れ去った。


 その一部始終を言ていたロランは驚く。



「ラーミラス、君は一体……」


 そう言われてラーミラスはハッとする。

 そして自分の手を見てから、灰になったアークデーモンを見る。


「あ、あれ? 私、何をしたの……」




 自ら行った行動に首を傾げ、その手の平を見るラーミラスだった。   


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る