2-5:エルフの森


「ラーミラス、君は一体何者なんだ?」


「え、あ、えーと……」



 ラーミラスはロランのその言葉に言いよどむ。

 と、頭に巻き着けていた布が先ほどの爆風でほどけかかっていた。



 しゅるるるる~



「あ”っ! 」


 慌てるラーミラスだったが、時すでに遅しでその布は隠していた角を露出させる。

 それを見てロランは息を飲む。



「頭の角…… 君は本当に魔族だったのか!?」



「あ、いや、これは違うの! 私は魔族なんかじゃないのっ! こ、これは……」


 慌てふためくラーミラスだが、ロランは努めて冷静に言う。


「君が何者かは問わない。君は私たちを助けてくれた。そして妻たちを取り戻す事を手伝ってくれた。感謝をしている。だが、事情くらいは話してもらえないだろうか? 私たちに何が出来るかは分からない。だが、君には大きな恩がある」


 ロランにそう言われ、ラーミラスは頭の角を手でかくしながら彼を見る。

 彼は真面目にこちらを見ていた。

 ラーミラスはそんなロランにもじもじと恥ずかしそうに言い始める。


「あの、話を聞いてもらえるんですね?」


 ラーミラスのその言葉にロランは頷くのだった。



 * * * * *



「お姉ちゃん、大丈夫だったの?」


「うん、ありがとうねアルス君」



 ラーミラスたちは捕らえられていたエルフの女性たちと共に南のエルフの村に戻って来た。


 貴族ギャランの事は、居合わせた衛兵が一部始終見ていたので、エルフの男性とその妻も一緒に領主のもとへ向かった。

 じきに「精霊の森」からドリガー王国へも話が行くそれは、ここレントの街の領主の頭痛の種になる問題だろう。

 ただ、今回はその背後にアークデーモンや、元四天王のダナムがいた事で最悪はまぬがれるだろうが。



「ラーミラス、改めて礼を言う。君は我ら南のエルフの恩人だ。それで、君の事について教えてもらえないだろうか?」


 ラーミラスは今、ロランの家にいる。

 アルスも一緒だが、孤児の子供たちも一緒にいる。


 ロランの妻は、ラーミラスとロランが重要な話をするという事で子供たちを他の部屋に連れて行ってくれていた。

 そんな心遣いに少し感謝しながら、ラーミラスは話を始める。



「まずは、これなんですが……」


 そう言って頭に巻きつけていた布を取る。

 そこには角が二本生えかけていたが、以前よりやや大きくなっているようだ。


「それは魔族の象徴となる角に見えるが……」


「はい実は、私はどうやら次の魔王に成るようなんです……」


 そう言ってラーミラスは赤い顔をしながら服をめくりあげ、おへその下の紋様をロランに見せる。

 それを見たロランは驚き、少し顔を赤くして言う。


「確かに、伝承にある魔族の紋様だ…… 先日勇者が亡くなったとは聞いていたが、もう次の魔王が復活しそうなのか?」


「いえ、それが、今次の魔王はまだ生きていて、その力を完全には失っていないらしいんです…… だから、厳密に言えばまだ私は魔王じゃないんです。でも私には魔王の紋様が浮かび上がって、さっきみたいに体が勝手に動いちゃって……」


 ラーミラスはそう言いながら服を元に戻し、紋様を隠す。

 そしてチラチラとロランを見ながら話を続ける。


「これは可能性なんですが、私が完全に魔王に成る前に旦那様を見つけて、バージンを失えば魔王に成る事を回避できそうなんです。だから私はステキなエルフの旦那様を見つけようとドリガー王国へ来たのです……」


 顔を赤くしてそう言って少しうつむく。

 目的ではあるが、その内情をこうして男性に話すのは、流石に乙女として恥ずかしい所である。

 しかしロランはそんなラーミラスの様子を見て、少し考えてから言う。


「確かに、魔王は必ず清らかな乙女から出現すると聞く。我らエルフの中でもそれは古来より言い伝えられているからな。しかし、魔王に成る前にバージンを失えばか……」


 ロランはしばし考えこむ。

 そしてラーミラスを見ながら言う。


「『精霊の森』に行って見る気はないか? 残念ながらこの村には君に紹介できる男性はもういない。全て既婚者だからな。しかし、『精霊の森』にはまだ未婚の男性がいるはずだ。事情が事情なので、エルフのおさに話をすればもしかしたらいい相手を見つけてくれるかもしれない」


 ロランのその言葉にラーミラスは顔をあげる。

 そして表情を明るくする。


「それ、本当っ!? 行く、行きます!!」


 ラーミラスは二つ返事でそう言う。

 ロランはにっこりと笑って頷いて言う。


「では決まりだな。私も一緒に『精霊の森』に行こう。今回の件について使いの者だけではダメだろうからな。私が直接行って報告をする必要が出来た。魔族が暗躍を始めているからな」


 こうしてラーミラスはロランと共に「精霊の森」に向かう事となるのだった。



  

 * * * * *



「と、言う訳で私は『精霊の森』に向かわなきゃならないのよ。だからアルス君はここでみんなと一緒に待っていてもらいたいの。君たちの事はエルフの族長からドリガー王国へも話をしてもらうから、きっと何とかなるから」


「……あの、僕はお姉ちゃんと一緒に行きたいです」


 

 ラーミラスは「精霊の森」に向かうためにアルスたちに話をする。

 幸いなことに、ロランの妻は彼らを見て哀れみ、しばらくはこの家で面倒を見てやると言ってくれた。

 ハーフエルフの彼女はロランとの子供たちが巣立ってしまって、寂しさを覚えていたからだ。

   

   

 しかし、アルスだけはラーミラスのもとを離れたがらない。

 ラーミラスも当分は面倒を見ると約束した関係上、無下むげにも出来ずに困ってしまっていた。


「でもね、私に旦那様が見つかったらずっと一緒に居られないんだよ?」


「それは…… 分かっているけど、僕はお姉ちゃんともうしばらく一緒にいたい……」


 そう言うアルスにラーミラスは困ってしまうも、情けをかけてしまって少し情が移り始めていた。


「うーん、しかしアルス君を連れて行くのはなぁ……」


 そう言いながらラーミラスはロランを見る。

 ロランは苦笑して言う。


「ラーミラスの好きにするがいい。『精霊の森』まではここから一週間かからないくらいだ。途中、何か有っても私もラーミラスもいるから子供一人くらいは問題無いと思う」


 ロランのその一言で後押しされた感じになる。

 アルスの期待に輝くキラキラした瞳を見ているうちに、子犬に期待されているような気分になりラーミラスは白旗を振る。


「わかった、わかったわよ。良いわ、ついて来ても」


「うん! ありがとうお姉ちゃん!!」


 にぱっと笑うその笑顔はとても可愛らしくて、ラーミラスの母性本能をくすぐる。

 もし自分に子供が出来たら、こんな感じなのではないだろうか?

 ラーミラスは伴侶を見つけるはるか後の事を思わず妄想してしまうのだった。



 * * * * *



「では行ってくる。村の方は領主からも保護すると約束を受けているから、何か有ったら彼らに連絡をするといい」


「はい、行ってらっしゃい、あなた」



 二日後、ラーミラスたちは「精霊の森」に向かって出発する事となる。

 出かける前にロランは妻にそう言ってラーミラスの目の前で妻と口づけを交わす。

 それをうらやましそうに見ながら、ラーミラスはアルスの目を手で目隠ししていた。



「エルフの旦那様って、本当に奥さんに対して優しいんですね」


 出発して、歩きながらラーミラスがそう言うと、ロランは気恥ずかしそうに答える。


「はははは、お恥ずかしい。だが、我らはつがいとなるみきとは共に大樹たいじゅに成ると言う誓いを立てる。それは地に根を張りお互いをいつくしみ長く長く寄り添う為だからな。エルフと言うのはどうやら君たち人族と違い、感情が出にくく変化しにくいらしい。だから考えも何十年も同じ考えが当たり前なんだが、私も妻たちに先立だれるたびにエルフである事に苦痛を感じていたよ……私には支えが必要だ。だから今の妻を大切に思う」


 エルフ族は長寿である。

 南のエルフの村は、エルフ族を増やす為に他種族との交わりを容易にするための村であった。

 しかし何十年も時を経れば、だんだんとエルフの血が濃くなり、村全体が長寿と化す。


 それは目的の為には良い事だが、伴侶に先立たれる悲しみはエルフでもしっかりとある。



「他種族でも、エルフの旦那様は私を同じに扱ってくれるかしら?」


「それは保証できるだろうね。いったん夫婦となればエルフは浮気をしない。つがいとなる者と寄り添うのが習慣だからね」


 ラーミラスの不安にロランはにっこりと笑って答える。

 それを聞いたラーミラスは苦笑をする。

 こんな自分でもエルフの旦那様が見つかればきっと上手く行くだろうと。



「お姉ちゃんは、なんでエルフの人と一緒になりたいの?」


 ラーミラスがそんな事を考えていると、アルスが不機嫌そうに聞いてくる。

 するとラーミラスは彼のそんな様子に全く気が付かずに話始める。


「だって、エルフの人ってイケメンばかりじゃない! それに旦那様だからと言って奥さんにだけ家事を押し付ける事無く手伝ってくれるって言うし、さっきのロランさんみたいに奥さんに対して優しいじゃない!」


 キラキラと目を輝かせながらそう言うラーミラスに、アルスは聞こえないほど小さな声でぼそっと言う。


「僕だって、そのくらい頑張れるのに……」


「ん? 何か言った??」


「……何も言ってない」



 そう言って不機嫌になるアルスに首をかしげながら一行は「精霊の森」に向かうのだった。


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