2-6:ハイエルフ


 ドリガー王国には神代から伝わる世界樹の森がある。

 人々はそこを「精霊の森」と呼び、太古から住まうエルフたちを羨望の眼差しで見ていた。


 エルフ族とは、美男美女で耳が笹の葉のように長くとがっている種族である。

 大変長寿で、その姿は死ぬまで二十歳前後と変わらず、華奢な身体ではあるが魔力が多く、たいていのエルフは精霊魔法を使える。

 

 そして彼らは他種族との交わりを嫌う。


 自分たちが長寿で、そして知識においても何においても他種族より優れていると疑っていない。

 だから彼らは他種族を見下していた。



「というのが我々だったんだ、先の魔王との大戦まではね」


 ロランはラーミラスにそんな事を話している。


「でも、今は他種族と積極的に交流して、他種族とも結婚してるって聞きましたけど?」


「ああ、あの大戦で我々エルフ族はその数を著しく減らした。ともすれば種族として絶滅してしまうほどまでに。あの大戦で最後まで生き残ったのは長を含め、たったの十二人だったんだよ」


「十二人!?」



 流石にラーミラスもその数を聞いて驚く。

 一つの種族として、その数が十二人ではとてもでないが仲間を増やすことなど出来ない。

 ましてや、その男女比がどの位かは知らないがもし片方の性が極端に多ければ子供など出来なくなってしまう。



「驚いただろう? 当時生き残ったのは男が七人、女が四人だった。これではとてもではないが種族を維持できない。そこで長は外部に私を含む十人のエルフたちを送り出した。目的は外の世界で異種族と交わり、その数を増やす事。そして近親婚を繰り返し純潔のエルフを増やす事だったんだ」


 ロランはそう言って遠い目をする。



「正直、私も最初異種族との婚姻は否定的だった。しかし人間の妻を娶り、子供を成すとその考えも変わって来た。そして最初の妻が無くなった時にはとても悲しかったさ……」


「ロランさんは、ハイエルフなんですか?」


 ラーミラスはそんなロランに質問をする。

 するとロランはゆっくりと頷き言う。


「ああ、私はあの大戦で生き残った十二人のうちの一人だよ」


「だとすると、先代の魔王について何か知ってませんか?」


 ラーミラスはロランに先代の魔王について聞く。

 するとロランは少し驚いてからラーミラスに聞き返す。


「ラーミラス、君は先代の魔王が気になるのかい?」


「ええ、死んだ勇者様も高齢だった。魔王が人から生まれ出たなら、寿命も人と同じなんじゃないかって思うんですけど?」


「なるほどな、先代の魔王が寿命で亡くなれば今度はラーミラスが魔王に成ってしまうからな。しかし、それは杞憂だ。もし魔王が力を失わなければ彼女たちは何百年も生きる。しかも魔王に成った当時の姿のままでな。それは我々エルフに近いのかもしれない」


 ロランのその回答にラーミラスは息を飲む。

 つまり、魔王としての力が残っていればその寿命は著しく長くなる。

 だとすれば、自分に残された時間も余裕が出て来るのではないだろうか?


「だったら、まだ時間があるのかもしれない……」


 ラーミラスはそう、ひとり呟くのだった。




 ◇ ◇ ◇



「明日には『精霊の森』につくだろう。今日はこの村でゆっくり休んで行こう」



 ドリガー王国の南にその「精霊の森」は存在していた。

 この辺まで来ると周りの風景も変わってきて緑が多くなる。

 気候もかなり温暖で、春先のような気候である。


 ラーミラスたちは村に一軒しかない宿屋に泊まる。



「アルス君は私と一緒の部屋でいいよね?」


「あ、うん」


 部屋を二つ取るが、ロランにアルスと相部屋をさせるのは流石に申し訳なく、ラーミラスは面倒を見ると約束した手前アルスと相部屋になる。


 明日は早くから出発する予定なので、早めの夕食を取り部屋へと戻って来ていた。


 

「明日はいよいよ『精霊の森』かぁ。少しはエルフ族の人が増えたらしいけど、私の旦那様になってくれる人っているかなぁ」


 服を脱ぎながらラーミラスは独り言を言う。

 その言葉にアルスは反応して思わずラーミラスに聞いてしまった。


「あの、どうしてもエルフの人じゃないとダメなの?」


「ん? なにアルス君??」


 アルスのその突然の質問にラーミラスは首を傾げ聞く。

 しかしアルスはそっぽを向いて不機嫌そうに言う。


「やっぱり、何でもない」


「ん~? 変なアルス君。さてと、おいで」


 そう言ってラーミラスは裸のまま桶に湯を張ったところでアルスを呼ぶ。

 温かいお湯で湯あみをするのは久しぶりだ。

 もともといたナッパスの街では毎日のように湯あみをしてたが、流石に今はそれは出来ない。

 なので久しぶりの湯あみにラーミラスはウキウキしていた。


「あの、僕一人で入れるから……」


「何言ってるのよ、順番に入っていたらお湯が冷めちゃうじゃない。せっかく石鹸もあるんだから、洗ってあげるからおいで」


 そう言ってラーミラスはアルスの服に手をかける。


「い、いいよ、お姉ちゃん自分で出来るから!」


「往生際が悪い! ほらっ!!」


 少し抵抗するも、アルスはラーミラスに服を脱がされ素っ裸になる。

 そして少し顔を赤くしてラーミラスに言われるまま一緒に桶に入り湯あみを始める。



「ちゃんと綺麗にしないとモテないぞ?」


「べ、別に僕は……」


「私は奇麗付きな男の人じゃないとキライだからね、アルス君もちゃんと綺麗にしないと嫌いになっちゃうぞ?」


「えっ!? じゃ、じゃあ綺麗にする!!」


「うんうん、よろしい。また私が洗ってあげるからね~」


 そう言いながらアルスはラーミラスに洗われて行くのだった。



 * * *



「ふぅ~、さっぱりしたぁ~」


「あの、お姉ちゃん。僕どこで寝ればいいのかな?」



 湯あみをして綺麗になったラーミラスとアルスは、寝間着になって寝る準備をした。

 しかし、いざ準備が出来て寝ようとするとベッドが一つしかない。

 但し、ダブルベッドくらいの大きさがある。



「ん? ああ、ここって基本ベッド一つなんだって。普通のより大きめだから一緒に寝ても大丈夫だよ」


「え”っ? お、おねちゃんと一緒に寝るの??」


「そうだよ。それじゃ寝ましょ」


「あ、いや、その///////」


 いくらアルスが九歳とは言え、年頃の女性と一緒に寝るのは流石に気恥ずかしい。

 彼くらいの年にもなれば、異性に対して少しは意識する。

 ましてや、アルスはラーミラスの裸を見ている。


「ほら、寝るよ~」


 ラーミラスはそう言って先にベッドに上がり、掛け布団を開いて自分のもとへアルスを手招く。

 ラーミラスにしてみれば、アルスはまだまだ子供、一人っ子だった自分にしてみれば弟が出来たかのようで、ちょっとはしゃいでいる。


「う、うん///////」


 アルスはそれでも少し赤くなってラーミラスの言う通り一緒にバッドに入る。

 するとラーミラスは明りを消してアルスに抱き着く。



 ぎゅっ!



「あ、あのお姉ちゃん?」


「ん~、誰かと一緒に寝るのなんて久しぶり。やっぱ誰かと一緒だとあったかいよね。じゃ、お休み~」


 そう言ってラーミラスはぎゅとアルスを抱きしめたまま瞳を閉じる。

 しかし抱き着かれたアルスはドキドキして眠るどころではない。

 ラーミラスの程よい大きさの双丘で柔らかいモノが顔に当たっているからだ。

 更に、ラーミラスの柔ら身体がぎゅっと自分を抱きしめている。


 一緒に先程湯あみもしていたから、石鹸の良い匂いが漂ってくる。


「お、お姉ちゃん、あの……」


 せめて絡まっている手足だけでも退いてもらうおと思ったアルスだったが、ラーミラスの寝息を聞いてぎょっとする。


「もう、寝てる?」


 ラーミラスはそのアルスの質問に答えることはなかった。

 

 なので、アルスは仕方なくあきらめてラーミラスの抱き枕と化して自分も目をつぶるのだった。




 * * * * *



 翌朝、ラーミラスたちは村を出て目的の「精霊の森」の近くまで来ていた。



「さて、もうじき『精霊の森』に到着するが、『精霊の森』には結界が張ってある。普通の者が森に入ると、迷って森から吐き出されてしまう。森にはエルフ族で無いと分からない結界の隙間があるから、そこへ向かうよ」


「結界ですか? なんでそんなものがあるんです??」


 森に結界が張ってあるというのにラーミラスは驚く。

 いくらハイエルフたちが他種族との交流をその昔は嫌がっていたとしても、結界を張るまでとは。


 そう不思議そうに思っていると、それに気付いたロランは苦笑して言う。


「『精霊の森』には『世界樹』もあるんだ。我々母なる大樹でもあるんだよ。その『世界樹』に成る実はとても貴重なものでもあるんだ。それに、その葉一枚でも絶大な魔力効果があるからね」


「母なる大樹ですか……」


「ああ、我々エルフは精霊と大樹から生まれたと言われている。女神様が我々エルフをこの世に作る時に、『世界樹の実』と精霊から生み出してくださったそうだ。だから外界から不遜な者が我ら母なる『世界樹』を傷つけぬようにと、その昔結界が張られたんだよ」


 「世界樹」は原始の世界に初めて生えた植物で、とても強い魔力を含んでいる。

 「再生」を司るとも言われ、その身を食べた者はたとえ死にかけていても一瞬でその者が一番生命力があふれた姿に戻るとされている。


 そんな知識をその昔家にあった本で読んだのをラーミラスは思い出した。

 そして納得がいく。

 

 そんなたいそうなものがあるのに、盗みに来ないはずがないと。



「分かりました」


 ラーミラスは頷きそう答えると、ロランは街道から外れた方向へと向かい始めた。

 人が歩くにはやや不便な草原をラーミラスたちに合わせて歩く。

 しかし、踏み潰された草はすぐに元の状態に戻り、獣道にすらならない。


「草がすぐに元どうりになっていく……」


 アルスもそれに気付き、不思議がっている。


「これが結界に入り始めている証拠だよ。歩いて来た軌跡を消してしまい、侵入者を惑わしやがて森の外へを排除する。そう言った結界なんだ」


 ロランはそう言っていよいよ森に入ろうとする。

 そこは胸の高さくらいまで草が生い茂っているが、ロランが手をかざし何やら唱えるとその草は勝手に道を開く。

 そしてその先には森の中に続く道が現れた。


「さ、こっちへ来て」


 ラーミラスとアルスが森に入ったのを確認して、ロランはまた呪文を唱えると、森の入り口の草がまたそこを塞いだ。

 どうやらまた結界を張ったようだ。


 ロランはそれを確認してから森の奥へと続く道を歩き始めるのだった。



 * * *



「これがエルフの村、そして『世界樹』なの……」


 

 ラーミラスは思わずその光景に見とれた。

 幻想的なエルフの集落。

 巨大なに木々に扉や窓があって、どうやらそれが家になっているらしい。

 上を見ればつり橋があちらこちらと木々の間に架けられている。

 それはまさに森とそこに住む人が一体化になったかのように見える。

 そして、それ等木々の更に奥に、驚くほど大きな金色に輝く大木があった。


 それは見る者を圧倒する。


 これこそが「世界樹」であった。



「ロランか?」


 その声は金色に輝く「世界樹」を見上げていたラーミラスとアルスの後ろから聞こえてきた。

 驚きそちらを見ると、透き通るような長い金髪で、吸い込まれそうな深い緑色の瞳を持ち、うっすらと輝いているのではないかと思う程の美しい若いエルフの、男性だか女性だかよくわからない二十歳くらいの人物が立っていた。

 そして、そのエルフの着るそれはまるで賢者のようないでたちで、長い袖に地面を引きずるような長い裾、そして曲がりくねった杖を持っていた。



「エリエネシス長老」


 


 ロランは現れたその人物向かってそう言うのだった。


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