第一章:目覚め

1-1:紋様


 彼女は目を覚まし、いきなり起き上がり服を全部脱ぐ。


 真っ白な肌に腰まである長いキラキラとした銀髪を振り散らし、長いまつ毛の赤黒い瞳は自分のある場所を見つめている。

 周りの女の子よりはやや身長が高い彼女だが、無駄な肉は一切なくスラリとしたスタイルだった。

 整った横顔は思わずドキリとしてしまうほど美しい。

 立派に育った双丘が少々邪魔だが、ほど良い大きさのそれを越えて彼女はそれを見てからうめく。



「う、嘘でしょ……」



 ラーミラス=ハインド、十六歳。

 銀髪で色白、赤黒い瞳を持つ彼女は近所でも有名な美人さんで通っている。


 彼女はここウルグスアイ王国は首都ナッパスで代々錬金術を生業とする一族だった。

 しかし残念ながら彼女は現在天涯孤独てんがいこどくの身。

 両親はラーミラスが小さな頃に交易で他の国に行った時に山賊に襲われ亡くなってしまっていた。


 その後祖母に育てられ、錬金術を習い、いっぱしの錬金術師になる頃に祖母も他界してしまい、今はポーションやマジックアイテムを作り販売し生計を立てていた。


 朝日が窓から柔らかい日差しを降り注いでいる。

 二階の小窓から入って来るその光に全裸のラーミラスはおへその下にあるピンク色の紋様を指でさすりながらもう一度確認をする。



「間違いない…… これって魔王軍の掲げる紋様だ……」



 実は昨晩あたり、いけない気分になっていた。

 彼女もお年頃、そんな時もあると思い眠る事でそのもやもやを無視しようとしたら変な夢を見た。

 そしてお腹の下あたりが温かくなって夢は途切れ、目が覚める。


 目が覚めた時にはなんの夢だか忘れてしまっていたが、一つしっかりと覚えている事がある。

 それがおへその下に熱く刻印でもされたかのような物だった。


 驚きに目を覚まし、起き上がり冒頭のように慌てて服を脱ぐ。

 そしておへその下あたりにその昔に魔導書で見た魔王軍の印を見つける。



「なんで私のお腹にこんな紋様が浮かび上がってるのよ?」



 そうつぶやいてみても答える者はいない。

 大きくため息を吐いてから額に手を当てて気付く。


 何やら頭に固いものがついている……


 ラーミラスは慌てて部屋の端にある姿見の鏡を覗き込む。

 当然全裸のままでだ。


 そして裸の自分を見て固まる。



「なっ! ななななななななぁ、なにこれぇっ!?」



 思わず叫んでしまうラーミラス。

 それもそのはず、年頃の若々しい裸の自分にピンク色の魔王軍の紋様がおへその下に浮かび上がり、頭の上にはまだ小さいが二本の角が生え始めていた。


 その姿は正しく魔族。

 昨日まで普通の街娘だった自分には無かったものがあるのだ。



「ど、どう言う事? なんで私にこんなものが……」


 呆然ぼうぜんと自分の裸を見つめている。

 恐る恐る後ろを振り返ると腰のあたりからやっぱり生えていた。

 尻尾が。



「これって完全に魔族じゃないの!! なんで? 私のお父さんもお母さんもれっきとした人間よ!? お婆ちゃんだってちゃんとした人族だし、死んだお爺ちゃんだって間違いなく人族って聞いてたのに!!」


 思わず生えてる尻尾をつかんでみる。


 

 ぐいっ!



「うっ、ちゃんと感覚がある…… 間違いなく私の体の一部だ……」


 今までなかったモノのはずなのに触れれば感覚がある。

 軽く引っ張ってみれば腰骨の上のあたりから引っ張られる感じがあり、にぎればにぎられた感覚もちゃんとある。


「はぁ~、なによこれ……」


 感覚を研ぎ澄まし尻尾に集中すると、ある程度は自由に動かせるようだ。

 ラーミラスは自分の尻尾を動かし前に持ってくる。


 直接見るそれは表面がつやつやとしていて、まるで蛇か何かの様。

 触った感じは冷たくもなく、熱くもない。

 手触り自体も皮膚とは少し違い固めの肌のようだった。


「はぁ~、これどうしよう…… いくら何でもこんなのはユナにも相談できないし……」


 ユナとは同じ年のラーミラスの親友で近所の薬屋の娘だ。

 薬屋の看板娘として結構人気のある娘だが、ラーミラスの作ったポーションを販売してくれているお得意様でもある。


 ラーミラスは自分の尻尾をさすりながら考える。


「とは言え、こんな姿で神殿に相談になんか行ったら速攻で捕まって死刑にでもなっちゃいそうだし…… 噂では魔族は勇者様に魔王を倒されてから散り散りにどこかに逃げて行ったって聞いてるけど、見つかれば大抵が討伐されるって聞いてるしなぁ……」



 さすりさすり……


 ぴくんっ!



「んッ//////」


 考え事をしながら自分の尻尾をもてあそんでいたラーミラスが甘い声を上げてしまった。


「な、なにこれ? なんか尻尾さすってると気持ちいい?」


 それは今までに味わった事の無い感覚。

 ラーミラスは悩みながらもそのさする手が止められない。



 さすりさすり……



「んっ、ちょっと、これ、だめっ、な、なんでぇ/////////」


 言いながらも、その尻尾をしごく手は止まる事は無かった。



 ―― ニ十分後 ――



「はーはーはー、じゃなぁあぁーぃいいいぃぃぃぃっ! なにやっちゃってるのよ私は!! 今それどころじゃないでしょうに!!」

 

 赤い顔をしてはぁはぁと息を切らせながらベッドの上で横たわっていたラーミラスだが、起き上がり、ぼふぼふと枕に拳を叩き込んでいる。

 怒りのぶつける先が取りあえず自分の枕であるが、八つ当たりされる枕には同情をする程であった。


 ひとしきり枕に怒りの鉄拳をぶつけた後に冷静になって考える。


 とにかく自分が魔族になってしまった原因を調べなければならない。

 そしてどうにか人に戻る方法を考えなければならない。

 でなければこのままでは魔族として捕らえられ処刑されてしまう。



「と、とにかく魔族について調べなきゃ!」



 ラーミラスはそう言ってベッドを降り、服を着始めるのだった。



 * * * * *



「あれ? ラーミラスじゃない? どうしたの変な格好して??」


 少しだぶだぶの服を着て尻尾を腰に巻きつけ、先端を下着の中に収める。

 そして頭には帽子をかぶり、ラーミラスはそそくさと神殿に向かおうとした。

 自分の家にある魔導書をひとしきり読み漁っても、魔族やこの紋様について詳しく記されていることは少ない。

 なので少々危険ではあるが、魔族について調べるなら神殿に行くのが一番いい。


 そこを近所の薬屋の看板娘であるユナに見つかったのである。



「あ、ユ、ユナおはよう……」


「おはよう、どうしたのラーミラス? こんな早くからお出かけ?」


「う、うん、ちょっと神殿に用事があってね……」


 そう言うラーミラスの感じは何となく変だった。

 ユナはそんなラーミラスを見てニヤリとする。


「さては、神殿のあの神官様に気があるな? 有名だもんねあの神官様。美形だし、大司祭様の孫だけって事はあるわよね~」


 この街の女神神殿の元三義さんぎの一人だった大司祭には息子が一人いた。

 誰が父親か分からないが、大司祭は彼を産み女手一つで育てていた。

 そしてその息子の神官は妻を娶り子を成していた。

 女神信教では神官の婚姻を禁じてはいないのでそれは自然なものではあったが。

 孫となるその神官は、元三義である大司祭の容姿を受け継ぎ、かなりの美形だった。

 当然女性からの人気は高く、彼の近くにいたがために出家しゅっけして神殿に仕える者まで出るほどだった。


「しっかし意外ねぇ~ラーミラスがああいう美形を好むだなんて」


「い、いや私は別にそう言うのは……」


 正直、言われるまですっかりと忘れていた。

 確かに神殿にいるあの神官は美形だった。

 いっつも背景にバラをしょっていてキラキラフォーカスが効いていて、白い歯をキラリとして女性たちに語りかけている。

 そして抜けめ無く時たまそっと入信用の書類を引っ張り出しサインさせたりもしているが。


 だが、ラーミラスは正直あそこまでのイケメンは好きでなかった。

 何と言うか、女性はみんな自分の言う事を聞いてくれるのが前提のような感じが好かなかった。



「と、とにかくちょっと魔族について調べたいのよ」


「魔族?」



 ユナは首を傾げてからしばし考えて言う。


「じゃあ、あたしも一緒に行ってあげる! 神殿のエマとは幼馴染だから彼女に聞けば色々教えてくれるよ。多分、神殿に在る本とかも見せてもらえるから色々分かるんじゃないかな?」


「神殿の本? 確か勇者とか魔王についていろいろ書かれているっていうアレ?」


「うん、普通は一般人に見せてはくれないけど神官たちには勉強する為に何時でも見ることができるらしいよ? だからエマと一緒なら魔族についてもいろいろ調べられると思うよ」


「なるほど! じゃ、じゃあユナ手伝ってくれる?」


「私とラーミラスの仲じゃない? 勿論手伝うわよ♡」


 そう言ってユナはぐっとラーミラスの手を握る。

 その視線は何故か熱く、ラーミラスを見る顔はほんのりと上気している。

 何故かユナはラーミラスに対していつも熱情的に接してきてくれる。

 ユナほどの可愛さがあれば、本来は言い寄って来る男の一人や二人いてもおかしくないのだが、何故かユナは誰とも付き合おうとはしない。


 ラーミラスはちょっと引いているが、ユナはラーミラスに対して時折こんな反応を示す。

 慌ててラーミラスは明後日の方向を見て言う。



「と、とにかく神殿に行こうか」


「うん♪」




 こうしてラーミラスはユナと一緒に神殿に向かう事になるのだった。 


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