1-5:旅立ち


 ラーミラスはあせっていた。


 

 神殿から逃げ出し、自宅に戻りすぐさま貴重品等を鞄に詰め込み家を出る。

 家を出る時にちょっと後ろ髪を引かれるも、このままでは自分の命が危ない。


 思い出のある家を後にしてラーミラスは急ぎナッパスの街から抜け出す。

 そこは平原となっていて、薬草や鉱物を取りに何度も足を運んだ場所でもあった。



「これからどうしよう…… 完全にあのエマージェリアさんって人に頭の角見られたし、体が勝手に動いてあの魔族ってのを倒しちゃうし、私って一体どうなっているのよ!?」


 いつも街を出る時のフードや背負いバック、護身用の短刀なんかも持ち出したはいいが、行く当てがない。

 このまま野宿暮らしする訳にも行かないし、何より追われる身になってしまっている。

 この状況を打破するには、バージンを捨てて魔王に成る事を阻止するしかない。

 しかも早急に、先代の魔王が存命中に。


「となると、旦那様を見つけなきゃだけど…… そうだ! せっかく初めてをうばってもらうのなら美形が良いわよね? しかも優しくてお金持ちで、家事の手伝いとかもしてくれて、私にだけ優しい旦那様とか」


 ラーミラスはうっとりとしながらそこまで言ってガクリと膝をつく。



「無理だわ…… そんな理想の旦那様をこの短期間で見つけるだなんて……」



 現実を分かっているラーミラスはそれでも立ち上がり東の方を見る。


 ウルグスアイ王国の東にはドリガー王国がある。

 そしてドリガー王国にはエルフの村がある。

 

 先の魔王との大戦でエルフ族はその数をいちじるしく減らしたと聞く。

 うわさでは、エルフ族はエルフ以外の者と一緒になって、たとえハーフエルフでもその数を維持いじしようとしていると聞く。

 エルフ族の長い人生で、たとえあまり好まれないエルフより寿命の短いハーフエルフが増えても、ハーフエルフどうしでつがいに成ればまた寿命の長い純潔のエルフが生まれ出ることもある。

 一時しのぎではあるが、部族の数を増やすには一番手っ取り早い方法ではある、エルフ族にとっては。



「となると、エルフのイケメンの旦那様が見つかるかもしれない!」


 ラーミラスはそんな事を妄想してニマニマ顔になる。

 何せ、エルフ族は男性は自分の妻に対して非常に優しいと聞く。

 家事だって長いエルフの人生で男女分け隔てなく出来るから非常に協力的だとも聞く。

 中には旦那さんが家事全般を全てやってくれる家庭も有るとか。


 ラーミラスはそんな事を妄想して自分の理想のエルフの旦那様を思いえがく。



「いいわっ! それステキっ!!」



 ぐっとこぶしを握り、ラーミラスは東に向かって歩き出すのだった。



 * * * * *



「間違いありませんね、これは三義さんぎあかしです」



 エマ―ジェリアは顔を赤くしながら大司祭の前で下半身裸、しかもその可愛らしいお尻を突き出して見せていた。



「そうすると、私が今次勇者様の三義さんぎの一人となるのですわね?」


「ええ、そうなります…… しかし、こうなると急がなければなりませんね。新たな三義さんぎが現れるという事は、そのラーミラスと言う女性はどんどんと魔王化をしているという事になりますから」


 大司祭はそう言って、エマ―ジェリアに衣服を整えるように言う。

 エマ―ジェリアは慌てて下着を穿き、神官衣を整える。



「ではどうしましょう、彼女の捜索は?」


「既に各方面に連絡を入れました。エマ、あなたには更に重要な役目が出来ました。各神殿、教会と協力をして新たな勇者様を探すのです。そして三義も集め次なる魔王が現れた時にその使命を全うするのです」


 大司祭にそう言われ、エマ―ジェリアはごくりと唾をのむ。

 そして大きくうなずく。



「分かりましたわ、大司祭様。この大役、必ず成し遂げて見せますわ!!」



「よく言ってくれました。さて、そうするとあなたに三義さんぎとしての心得と教会に伝わる秘伝の書を与えなければですね…… 確認します、エマはまだ乙女ですね?」


 大司祭は真剣なまなざしでそう言う。

 エマ―ジェリアはそれを聞いてしばし固まる。



 固まる。




「あ、あの大司祭様、今何とおっしゃったのですわ?」


「あなたはまだ乙女ですよね?」


 自分の聞き間違いではないかと思い確認する為にエマ―ジェリアは大司祭に聞くも、帰ってきた言葉は間違いではなかった。



「///////も、勿論ですわ! 私、殿方とそう言ったことなどっ! と言うか、そのようなお相手もいませんですし、ですわ……」


 顔を赤くしながらそう答えるエマ―ジェリア。

 すると大司祭はため息を吐きながら言う。



「それでは、三義さんぎのもう一つの役割についてから説明をしなければなりませんね。三義さんぎは場合によっては勇者様を男にする必要があります」


「へっ?」



 大司祭のその言葉に、またもや固まるエマ―ジェリア。

 完全に目が点になっている。



「ですから、三義さんぎのもう一つの大切な役割は、勇者様が童貞である場合は男にしてあげる必要があるのです」




 ……

 …………

 ………………





「な、なんですってですわぁああああぁぁぁぁっ!?」





 思わず大声を上げてしまうエマ―ジェリア。 

 しかし大司祭はうんうんと頷きながら話を進める。



「私も若い頃は同じ反応をしたものです。しかしこれはれっきとした三義さんぎの役目でもあるのです。何故勇者様が男性にしか現れず、それを補佐する三義さんぎが女性であるか考えた事はありますか?」


 大司祭のその言葉にエマ―ジェリアは首をぶんぶんと横に振る。

 それを見た大司祭は頷きながら話を進める。


「魔王は必ず清らかな乙女の内から現れる。そしてその魔王を御するには勇者様が魔王の初めてを奪う。これは女神様が勇者に与えたお力なのです。しかし、事に及ぶときに勇者様に経験がなければ、魔王の初めてを奪う事が出来ない事もあります。故に、我ら三義さんぎが場合によっては勇者様を男にして確実に魔王の初めてを奪ってもらう必要があるのです。それが三義さんぎのもう一つの秘密の役目なのです!」


「そ、そんなですわ…… でも、私まったくそう言った知識も経験もありませんわ。そんな私に一体どうしろと言うのですの?」



 顔を真っ赤にしてエマ―ジェリアは消えそうな声でそう言う。

 すると大司祭はふところからごそりと一冊の本を取り出す。


 

「これは教会に伝わる秘伝の書。勇者様を男にする為のありとあらゆる方法が書き示されている指南書です。私も若い頃はこれを何度も熟読したモノです。さあ、エマこれをあなたに託しましょう。この通りにすれば確実に勇者様を男に出来ます!」


 そう言って大司祭はエマ―ジェリアに古びたその本を手渡す。

 その本には所々付箋ふせんが入れられていて、大司祭が熱心に内容を精査せいさした後があった。



「あ、あの、もしや大司祭様も勇者様とですわ///////」


野暮やぼな事は聞くモノではありません。勇者様の妻であったエルミナには負けてしまいましたが、私だってアジャルバの事が……」


 そう言いながら大司祭は、ぽっと頬を染める。

 エマ―ジェリアはごくりと唾を飲み込んで見ていない、聞いていない事にするのだった。



 * * * * *



「こんな街道でしかも昼間だってのにゴブリンの群れが出て来るだなんて!」



 ラーミラスはドリガー王国領の貿易が盛んなレントの街に行く街道でゴブリンの群れに囲まれていた。


 ゴブリンは通常こんな真昼間から街道に出て来る事は珍しい。

 森や遺跡ならまだ知らず、人通りの多い場所で現れるのはよほど相手が弱そうな時くらいなものだ。


 確かに街道を歩いているのはラーミラスただ一人。

 フードをかぶってはいるものの、その姿は女性だとすぐに分かる。

 例えラーミラスが他の女性の平均よりやや背が高くても。



「どうしよう、下手をしたらゴブリンに捕まって犯されちゃう……」


 緑色の肌を持つ、子供くらいの身長のゴブリンは弱い魔物で知恵もそれほどない。

 個々では子供程度の力しか無く、一、二匹なら村の若者でも退治出来る。


 しかし、集団で現れた場合は別だ。

 よほど熟練の冒険者でもない限り群れ規模となると逆にやられてしまう。

 

 そしてゴブリンは他種族の女性を捕らえて襲い、ゴブリンの子供を孕ませる。

 ゴブリンの中には雌のゴブリンもいるが、他種族の女性を使った方が繁殖が速い為、ゴブリンは好んで他種族の女性を捕らえ襲うのだ。


 それを知っているラーミラスは頬に一筋の汗を流している。



「何とかこいつらから逃げ出さなきゃ、初めてがこんな奴等だなんてまっぴらごめんよ!」


 そう言って用心深く短剣を構える。



『げひげひげひっ』


『ぐろろろろろぉ』


『げへっ、げへっ』



 ゴブリンたちは既に勝った気でいるようだ。

 ラーミラスを見る目が何となくいやらしい。

 そしてじわりじわりと取り囲んでいるその輪を縮めて来る。



『げひっ!』



 一匹のゴブリンがラーミラスに襲いかかる。

 それを合図に一斉に他のゴブリンも飛び掛かって来る。



 ばっ!

 ばばっ!!



「くっ! このぉっ!!」

 

  

 漸っ!

 ずさっ!!



 飛び掛かって来るゴブリンにラーミラスは短剣を突き出す。

 それは見事に飛びかかって来たゴブリンの胸を突き刺した。



『ぐえっ!』


「よっし! って、剣が抜けない!?」



 一匹は仕留めたモノの、突き刺した短剣が抜けない。

 すぐに次のゴブリンに対処しなければならないのに、剣が死体から抜けずに他のゴブリンたちがラーミラスに飛びついてくる。

 それも一匹や二匹で無い。



「ちょ、ちょっと! いやぁっあああああぁぁぁぁっ!!!!」





 ラーミラスは叫ぶも、どんどんとゴブリンが体にまとわりついてくるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る