1-4:エマ―ジェリア


 ラーミラスが走り去った後をエマ―ジェリアは呆然ぼうぜんと見送っていた。

 


 魔族がいきなり攻め込んできたという事もあるが、ユナの友人だというラーミラスがその魔族を撃退した。

 しかも彼女の頭には角が二本生えていた。

 まだ生え始めのそれだが、どう見ても普通の人間には無い角だった。


 そして人型で角がある者と言えば魔族であった。



「ユナ、ラーミラスさんが魔族と知っていたのですの?」


「ないよ! そんな、ラーミラスがあんな力を持っていて、そして魔族だなんて!!」


 驚きを隠せないユナ。

 まだガタガタと震えているも、エマ―ジェリアを見るその表情は嘘など一切言っていないように見える。


「人に化けていた? いえ、ユナとの付き合いもそこそこ長いはずですわ……」


「そ、そうだよ! 前に一緒にお風呂に入ってラーミラスの身体は舐め回すように見たし、洗いっこしてラーミラスの身体は隅々まで触ったわよ! でも角なんかなかった、普通のあたし好みの可愛い女の子だったよ!!」


「いや、ユナの変わった趣味は知っていますわ。昔からやたらと私の身体にも触れて来ていましたし…… しかし、そうすると……」


 エマ―ジェリアは先ほどラーミラスに話していた魔王について思い出す。

 しかしおかしい、現在の魔王はまだ魔王としての力をわずかながらも残していて、しかも魔王城に幽閉されたままだ。

 教会も勇者が亡く成ってすぐにそれを確認した、三義さんぎの剣姫と共に。


 現魔王はまだ魔王として幽閉はされているも、魔族の王として君臨しているはずだった。

 だから新たな魔王が生まれ出るはずはなかったはずだが……



「とにかく、大司祭様の所へ行きますわ。ユナは安全な場所へ……いえ、私と一緒に来てくださいですわ!」



 エマ―ジェリアはそう言ってユナを連れて大司祭のもとへ向かうのだった。




 * * * * *



「エマ―ジェリア、無事でしたか」


「はい、大司祭様。それよりお伝えしたい事がありますわ」



 エマ―ジェリアはユナを引き連れて大司祭の執務室へ来ていた。


 神殿は魔族の襲撃の後処理に右往左往している。

 既に元三義さんぎである大司祭もその現場を見ていて、たった今執務室へ戻ってきたた所だった。


 大司祭は机の椅子に深々と座り、ややもつかれた表情だった。

 しかし、エマ―ジェリアは伝える必要があった。



「ユナの友人、ラーミラス=ハインドと言う女性が新たな魔王に成ったかもしれませんわ」


 

 がたっ!



 大司祭はエマ―ジェリアのその言葉に思わず椅子から立ち上がってしまった。

 そして確認するように聞く。



「エマ、その話は本当なのですか?」


「確証はまだありませんが、襲って来た魔族、元魔王軍四天王防壁のエベルと名乗った魔族を撃退したのは彼女でしたわ。私のホーリーランスが全くと言っていいほど通用しなかった相手をたったの一撃でほうむり去ったのですわ…… そして彼女の頭には生えかけの角が二本ありましたわ……」


 エマ―ジェリアがそう言うと、大司祭はすとんと椅子に腰を落とす。



「新たな魔王が現れたというのですか……」


 その表情は大司祭であるが、驚きと絶望を感じるものだった。

 何時いつも元三義さんぎと言う事もあり、温和でそして凛々りりしい顔だった大司祭のそんな表情は初めて見る。


 大司祭はこめかみに手を当て、それでも左右に首を振る。


「あまりにも異常です…… 現魔王がまだ存在するというのに新たな魔王が現れるとは…… やはり今次魔王は特殊だったのです……」


 大司祭はそう言って今度は両の手で頭を抱える。


「アジャルバ、私たちはどうしたら良いの? アジャルバ……」



 アジャルバとは先日亡くなった勇者の名前だった。


 大司祭はその昔、勇者アジャルバと共に三義さんぎの一人、神聖魔法使いのユーリィとして魔王討伐に向かった。

 そして勇者たちと共に魔王を倒し、魔王城へ魔王を幽閉した。


 そんな大司祭ではあったが、勇者アジャルバに対しては並みならぬ信頼を寄せていた。

 正直、噂ではあるがユーリィの息子、ミハインドは勇者アジャルバとの隠し子ではないかとさえささやかれていた。

 もっとも、誰もそんな事は表立って口にはしない。

 女神信教は婚姻を禁じていないし、出産の女神でもあるから。


 だが、問題は複雑かつ緊急なものとなって来た。


何故なぜ魔族が今頃になって我が神殿を襲ってくるのですの?」


 エマ―ジェリアはそれでも大司祭にそれを聞かなければならなかった。



 ぴくっ


   

 エマ―ジェリアのその質問に大司祭は思わず反応する。

 そしてエマ―ジェリアをゆっくりと見る。


「エマ…… そうですね、勇者アジャルバがいなくなった今、魔王の力を完全になくしていない魔王を復活させるためにあの四天王は動き出したのでしょう…… 魔王復活をするには、勇者に関わる三義さんぎを全て殺す必要があります。幽閉した魔王は私たち三義さんぎがいる限りその結界を解く事が出来ないのですから…… 残された三義さんぎとしての使命を果たさなければですね…… 確認をします。そのラーミラスさんと言う女性は何時頃いつごろ魔王に成ったのでしょうか?」


 大司祭はエマ―ジェリアにそう聞く。

 するとエマ―ジェリアはユナを見てからユナに質問をする。


「ユナ、教えてくださいですわ。ラーミラスさんの様子がおかしくなったの何時頃いつごろですの?」


 エマ―ジェリアのその質問に今までずっと黙っていたユナはゆっくりと話始める。


「ラーミラスは…… だって、昨日会った時は普通だったんだよ! それが今朝急に神殿に用事が有るとか言って、だから私はエマがいるから一緒に来て…… それなのに、それなのにっ!」


 そこまで言ってユナはぼろぼろと泣き出す。

 今まで我慢して来たものが一気に崩れ去るように。



「だ、そうですわ……」


「なるほど……」


 

 大司祭はそれを聞いて大きくため息をつく。

 そしてエマ―ジェリアに言う。


「ラーミラスさんは魔王に成り始めたばかりですね…… 魔族はその波動に引かれ始めているかの知れません。ラーミラスさんの家は何処だか分かりますか?」


「街の錬金術師と聞いていますわ。だとするとユナの家、薬屋のすぐ近くですわ」


「すぐに彼女を捕獲。結界魔法の使用を許可します」


「分かりましたわ。すぐに他の神官たちにも伝達いたしますわ」


 大司祭はそう言って手紙を書き始める。


「各国の女神神殿及び総本山にもこの件を伝達します。出来ればここナッパスで片を着けたい所です」


 そう言う大司祭にユナは声をあげる。



「ちょっと待って! ラーミラスを殺すの!?」



「ユナ、それは違いますわ。魔王に成り始めた女性は確保して女神様のお力でそれを封印するのですわ。彼女にとって少々残酷な事ではありますが、これも彼女を救う為ですわ」


 ユナのその声にエマ―ジェリアは努めて静かに、そして事務的に言う。

 女神信教としては魔王復活は何としても阻止したい。

 たとえそれが彼女にとってこくな事でも。



「相手は……我が孫、カルバロスにさせましょう。あの子もいい加減大人しくしないと未婚の母を増やしてしまいそうですし。この大役をあの子に任せましょう」


 大司祭はそう言いながら手紙を書き終える。 

 そしてベルを鳴らし、神官を呼んで自分の孫であるカルバロスを呼びに行かせる。



「エ、エマ…… ラーミラスどうなっちゃうの?」


「……女神様の封印をして、カルバロス様にバージンをうばってもらうのですわ。そうする事によりラーミラスさんは魔王に成る事を食い止められますわ。そしてカルバロス様の花嫁として迎え入れますわ」


「そんなっ! ラーミラスの意思は無視するの!? 私と言う女がありながら他の男に寝取られちゃうの!? だったら私がラーミラスを女にするわ!!」


「いや、ユナの趣味は知っていますが、これは男性で無いとダメなのですわよ?」


 騒ぐユナにエマ―ジェリアはこの娘の特殊な趣味について頭痛を感じる。


 昔からユナは女の子を好む傾向があった。

 そして、その昔はその趣向が自分に向いていて、女神の教えでは同性愛は不毛であることを説くと説明したものだ。

 だがユナは変わらなかった。

 幼馴染であるので彼女の趣味は、頭では理解していても、教義に反するので容認は出来ない。  


 エマ―ジェリアは大きくため息をつきながら言う。



「とにかく、一刻も早くラーミラスさんを確保しなければいけませんわ。ユナ一緒にラーミラスさんの家に行きますわよ!」


 エマ―ジェリアはそう言って他の神官と共にユナを引き連れてラーミラスの家に向かうのだった。



 * * * * *



「いない、のですの?」


「うん、もぬけの殻になっていた……」



 エマ―ジェリアはユナと共にラーミラスの家に来ていた。

 既にほかの神官たちに結界魔法を発動させ、魔族の力を抑え込む様にしてから家の中に入って行ったが、ユナと共にラーミラスを探すも既に家の中はもぬけの殻になっていた。


「逃げられましたわ…… すぐに追わないとですわ!!」


「でもどこへ? ラーミラス、他に知り合いなんて少ないしどこに行くって言うのよ?」


「うっ、そ、それはですわ……」


 ユナにそう聞かれエマ―ジェリアは口ごもる。

 ラーミラスについてよく知っているのはユナ位なもので、エマ―ジェリアはついぞさっき知り合ったばかりだ。

 到底ラーミラスの居場所など思い当たらない。



「仕方ありませんわ……神殿に戻って大司祭様に相談しましょうですわ」


 エマ―ジェリアたちはそう言って神殿に戻るのだった。



 * * * * *



「まったく、一刻も早くラーミラスさんを捕獲ほかくしないといけないというのにですわ」



 エマ―ジェリアはそう言いながら服を脱ぐ。

 今日はもう遅いので、ラーミラスの探索はまた明日からとなった。

 ユナも今日は自宅へ戻り、エマ―ジェリアは宿舎の部屋で寝る準備をしていた。


 と、何かお尻が熱くなってくる。

 それはどんどんと熱くなってきてまるで焼きゴテでも押し付けられるているのではないかと思う程だった。



「な、何なのですの!?」



 思わず下着を脱ぎ、自分のお尻を見ると、右側のお尻がぼうっと輝いている。

 その熱は徐々に収まり、その光も消えて行く。


 エマ―ジェリアは驚き腰をひねりそこを見ると、どこかで見た事のある紋様が浮かび上がっていた。


「こ、これはですわ!!」


 慌てて鏡を取り出し、それを映し出す。

 そして更に驚きの声をあげる。


「ま、間違いないですわ! これは三義さんぎの証、勇者様を補佐する三義さんぎの証ですわ!!」





 ほぼ全裸のままエマ―ジェリアはそう声をあげるのだった。 

 

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