1-3:襲撃


 どッカーンっ!



 その爆発音は徐々に近づいて来ていた。



「な、なに!?」


「ちょ、ちょっとエマ、なんか爆発音が近づいてくるよ!?」


「二人はここで待っていてくだっさいですわ! 今確認しに行きますわ!!」



 ただならぬその音にラーミラスもユナも、そしてエマ―ジェリアも状況が把握できていない。

 しかし分かっているのはこの爆発音が徐々にこちらに近づいて来ていて、いやな予感がするという事だ。


 エマ―ジェリアは慌てて部屋から出て周りを見渡す。

 すると聖堂の方から爆発音が徐々に近づいてくる。



「一体何があったのですの!?」


「襲撃です!」


 声を張り上げ、周りの者に聞いてみると、誰かがそう叫ぶ。

 エマ―ジェリアはそれに驚きを示す。



「そんな、ここはナッパスの大神殿ですわよ!? 王都の神殿を襲撃するなんて、誰がそんな大それたことをですわ!?」



 王都ナッパスのしかも王城のすぐ隣にあるこの大神殿に襲撃をするなど、ウルグスアイ王国に宣戦布告するに等しい。


 一体誰が?

 エマ―ジェリアがそう思っていると、また誰かが叫んだ。



「魔族だ! 魔族が襲撃して来たぞ!!」



「魔族!?」


 エマ―ジェリアは驚愕きょうがくする。

 現在魔族は魔王が勇者に敗れ、散り散りに何処かに逃げ去っていた。

 魔王が弱体化して魔族全体もその影響力があり、個々の魔族もその力が著しく弱まっていた。

 なので魔族は見つけられるとすぐに討伐されて来た。


 それがこの大神殿を襲撃してきている?



「まずいですわ、ユナやラーミラスさんを安全な場所へですわ……」


 そう言って部屋に戻って二人を安全な場所へ誘導しようとした時だった。



 どっがぁーんッ!



 すぐ近くで爆発音がして周りに煙が舞う。

 こまごまとした瓦礫がれきも飛んで来てエマ―ジェリアは一瞬視界を失う。


「ゴホゴホ、まさかもうここにまでですわ!」


 慌てて二人のいる部屋の方を見ると、部屋の前の廊下が外から破壊をされていた。

 そしてエマ―ジェリアは見る。

 漆黒しっこくの姿の魔族を。


 その魔族は男性型だった。

 体を黒い体毛でおおい、顔だけは人間のそれだった。

 たてがみのような頭に二本の角をいだき、背中には蝙蝠こうもりの様な羽、腰からは蛇のような尻尾が生えている。

 人とは違い、手足の先端に向かう程大きく成っていて、まるでゴリラのように太い腕が印象的だ。

 その魔族は赤い瞳をエマ―ジェリアに向ける。



『貴様ではないな…… しかし……』


 その魔族は片手をエマ―ジェリアに向ける。

 エマ―ジェリアは背中にぞくりと冷たいものを感じ、なかば反射的に呪文を唱えていた。



「【絶対防壁】!」



 この呪文は物理攻撃や魔法の攻撃を絶対的に防御する女神の御業みわざ

 防御系魔法の最上位だった。


 実はエマ―ジェリアは神官として優秀で、その実力はかなりのモノであった。

 その彼女が自分が持てる最大の防御魔法をとっさに発動させたのだ。



 きゅぅ~……

 カッ!



 どっがぁーんッ!!



 その魔族の手の平が光ったと思ったら光弾が発射されエマ―ジェリアの展開した【絶対防壁】にぶつかり爆発をする。

 透明な薄っすらと青いその防壁に着弾した光弾だったが、【絶対防壁】を破る事は出来ず、防壁に当たって紅蓮ぐれんの炎を上げる。


『ほう? これを防ぐか…… しかし、やはり貴様ではないな? とすると……』


 その魔族はそう言ってユナやラーミラスのいる部屋に向かって手を伸ばす。

 そしてあの光弾を放つ。



 どッガーンっ!!



「ユナ、ラーミラスさんですわっ!!」


 流石に連続して【絶対防壁】を展開できなかった。

 二人のいる部屋は魔族の攻撃で粉々に破壊され、瓦礫がれきと化す。


『ふむ、やはりここか』


 瓦礫がれきと化した部屋に向かってその魔族はそう言う。

 エマ―ジェリアは絶望の中そちらを見ると……



「な、何なのですの?」


 瓦礫がれきと化した部屋の真ん中に青い防壁が展開されていて、その中にユナとラーミラスがいた。

 そしてエマ―ジェリアは見てしまう。

 片手を突き出しその防壁を展開していたラーミラスの取れてしまった帽子の下の角を。


「ラーミラスさん、その角はですわ……」


 人族に角はない。

 あるのは魔族だけだ。



「くぅ~、いやな予感がして体が勝手に動いたらなんか出た。しかもなんか出た後にいきなり爆発した!」


「ラ、ラーミラス、何が起こったのよ!?」


 防壁の中の二人はどうやら無事のようだが、何が起こってるかはまだ理解しきっていない。



『ふむ、我が攻撃に耐えるとはなかなかの力ある同胞だな? しかし何者だ、貴様からはただならぬ力を感じる……』


 その魔族はそう言って瓦礫がれきと化した部屋にみ入る。

 そしてラーミラスの前まで来て首をかしげる。


『魔族……のはずだが、なんだ貴様は? やたらと人間らしいその波長は?』




「神の光よ、魔を払え【聖槍】ホーリーランス!!」



 が、首をかしげている魔族にエマ―ジェリアの神聖魔法、ホーリーランスが放たれる。

 その光の槍は一直線に魔族に迫る。

 通常の魔族であれば一撃で灰と化す強力な魔法だ。

 だが、魔族はそちらを見ずに片手をあげてその光の槍を手の平で受け止め方々へと散らす。


 

 ガッ!

 ぱぎゃーんっ!!



「そんな! 神の御業みわざがですわっ!!」


『ふむ、人間にしては強力な一撃だが我には届かん。我は元魔王軍四天王、防壁のエベル。力が弱まったとはいえ、人如きの魔法では我は倒せん』


 そう言ってエマ―ジェリアをじろりとその赤い瞳で見る。

 エマ―ジェリアはびくっとなってそれ以上動けなくなってしまった。

 まるで蛇ににらまれた蛙のように。



『さて、それより貴様だ。一体貴様は何者だ?』


 エベルはそう言ってラーミラスを見る。

 防壁が消えてしまったラーミラスはしげしげと自分の手の平を見ていたが、エベルにそう問われ、ハッとしてエベルを見る。


 初めて見る魔族。

 一緒にいるユナはガタガタと震え、恐怖にカチカチと歯を鳴らせている。

 しかし不思議とラーミラスは目の前にいる、強大な力を持つ元魔王軍四天王に対してなんの恐怖心もわいてこなかった。

 むしろ自分に対する無礼に苛立ちさえ感じていた。



「私はラーミラス。ただの錬金術師よ!」


『錬金術師? 魔族の貴様がか?』



 エベルは更に首をかしげる。

 魔族が錬金術などする事は無かった。

 

 しかし目の前の同族はそう言い切った。

 不思議でならなかった。

 魔族のはずなのにやたらと人間のような波長をもつこの娘に。



『訳が分からんな…… やはり消しておくか、貴様のような訳の分からん存在は魔王様復活の妨げになる』


 そう言って手を差し向ける。


「魔王復活って、今の魔王って魔王城に幽閉されてるはずじゃないの?」


『勇者が死んだ。これより魔王様復活の為に我ら元四天王は動き出した。訳の分からん存在は邪魔になる前にその芽をむ』


 そう言って手の平に光る光弾を作り出す。



 きゅぅ~

 カッ!



「じょ、冗談じゃないわよ! ステキな旦那様を見つける前に死んでたまりますか!! あんたみたいのは消えちゃえっ!!」



 エベルの光る光弾が放たれラーミラスに迫る。

 だが同時にラーミラスも手の平をエベルに向けてそう叫ぶとラーミラスの手の平に赤い光が集まり収束した瞬間それが爆発するかのように放たれる。


 それはエベルの光弾を飲み込み、その数倍の大きさで炸裂してエベルの上半身をその光に包む。



 どっごぉぉおおおおおぉぉぉぉぉんッ!!!!



『なっ!? 何だこの魔力は!?』


 光に飲み込まれながらエベルは驚きの声をあげる。

 そして両の手を前に抗おうとするも、その光の奔流ほんりゅうに溶け込み、上半身を蒸発させてゆく。


 ラーミラスの放ったその一撃はエベルの上半身を吹き飛ばし、そのまま上空へと伸びて行く。

 それはまるで光の柱が天に上るかの如く。



 パラパラと小さなゴミが降りかかる中、ラーミラスはきょとんとしていた。

 体が勝手に動き、目の前の魔族を吹き飛ばした。

 消え去った光の柱の後には上半身を無くしたエベルの下半身が力なく崩れて行く。



 どさっ! 


 

 その音にはッと我に帰る。


「あ、あれ?」


「ラ、ラーミラス……その頭の角は……」


 ふるえながらユナはラーミラスを見ている。

 その視線はラーミラスの頭にある生え始めた角を見ていた。


 ここにきてラーミラスは初めて気づく。

 自分の頭の上にあった帽子が床に落ちている事を。



「えっ? あ、あ”あ”ぁ”ーっ!!」


 慌てて手で頭の角を隠すも、すでにユナにもエマ―ジェリアにも見られてしまっている。

 ラーミラスは二人を交互に見ながら一歩下がる。



「ラ、ラーミラス、あなた……」


「ラーミラスさん、ですわ……」


 二人の視線がラーミラスに集まる。




「いやその、違う、私は、私は魔族なんかじゃない! 違うのっ!!」




 そこまで言ってラーミラスは壊れた外壁に向かって走り出す。



「あ、ラーミラスさんですわっ!!」





 エマ―ジェリアの静止の声を振り切って、ラーミラスはこの場を逃げ出すのだった。


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