3-2:長老


 ラーミラスたちはロランの家に潜伏する事になった。



「でも、私たちの事を他のエルフの人たちから長老さんに伝わったらダメなんじゃないの?」


「ああ、それなら大丈夫だ。皆も長老の事も何も心配しているので、長老の意思がはっきりするまで私たちの事は内緒にしてくれるそうだ」


 ロランはそう言いながら以前使っていたと言う自分の家の掃除を続ける。

 近所のエルフが時間のある時に空いている家の掃除も手伝ってくれていたので、それほど汚れていなかったのは助かった。


 ロランがこのエルフの村を出たのはもう何十年も前の話だ。

 ずっと掃除などしていなかったらどうなっていた事やら。


「しっかし、本当に木の幹の中に家があるんだ」


「凄いよね、部屋もいくつもあるし」


 ラーミラスとアルスはロランの家の中を改めて見ながらそう言う。

 「精霊の森」にあるエルフの村は基本、全ての家が幹の中にある。

 精霊魔法を使い、木の幹の中に家を作る。

 樹木の生長と共に部屋数を増やしたり、コブを作って増築したりとしているので大木が多い。


 特にハイエルフで昔からいるエルフは古い家に住んでいるが、その家はおおよそ縄文杉のように太い幹になっているものが多い。



「さて、とりあえずはラーミラスはこちらの部屋を使ってくれ。アルス君は……」


「僕、お姉ちゃんと一緒がいいです」


 ロランはあらかた掃除が終わって部屋を使ってもらおうとすると、アルスはラーミラスと一緒が良いと言う。

 ラーミラスはそれを聞き、苦笑をするも首を縦に振って了承をする。


「まったく、アルス君は甘えん坊さんなんだから。良いわよ、一緒の部屋でも」


「ふむ、そうか。ラーミラスが良いと言うなら構わんが、ベッドが一人用だから狭くないか?」


「あー、それなら大丈夫。いつも二人で寝てるからね」


 ラーミラスはあっけらかんとそう言うも、アルスはちょっと赤くなっている。

 ロランはそんな二人を見ながら言う。


「仲のいい姉弟にしか見えないな」


「私もずっと一人っ子だったから、弟が出来たみたいで結構楽しいのよね」


「……弟」


 何故かアルス一人だけ複雑な顔をするのだった。



 * * *



「さて、ミリーの話では長老は一人で村の外に出ると言ってたが、あの長老が『世界樹』の元を離れると言うのは私から見ても異常だ。以前ならあそこに座ったままいつもうたたねをしているような感じだったのだがな」



 夕食の準備をしながらロランはそう言う。

 ラーミラスはそれを聞いて首をかしげる。


「長老って、普段は自分の家にいないの?」


「長老に家はない。強いて言えば『世界樹』が長老の家みたいなもんだな」


 主に木の実などが食事の主となるそれをロランはほうばりながらそう言う。

 エルフで特に原初に近い者は家を持たず、大木に寄り添って生活をしている。


「雨とか風とかしのげないんじゃないの?」


「そこは精霊たちが守ってくっるからな。まあ、我々の中でも長老は何を考えているのか分からない所があったがな」


 そう言うモノかとラーミラスは思いながらも、少し引っかかるものを感じている。

 しかしそれが何かははっきりとしない。

 なので取りあえずロランの言う通り、長老を見張るしかない。


「アルス君はここで大人しく待っているのよ?」


「え? 僕にも何か手伝えることはないの??」


「大人しくお留守番しててくれればいいわよ。で、早速今晩から長老を見張るのね?」


 食事を終え、ラーミラスはアルスに大人しくここで待っているように言う。

 アルスとして見れば、ラーミラスの役に立ちたいので何かしたい所だが、大人しく待っているように言われてしゅんとなる。


「ははは、アルス君にはそうだな、布団を干したりしてもらうのを手伝ってもらえないかな? ラーミラスが疲れて帰ってきたら干した布団でゆっくり休めるようにね」


 そのロランの言葉にアルスは大きく頷く。


「うん、分かった! お姉ちゃん僕お布団干して待ってるからね!!」


「うんうん、いい子。それじゃぁお留守番お願いね」


 そう言ってラーミラスとロランは立ち上がり行動に移るのだった。



 * * * 



 エリエネシスは「世界樹」の幹の下でうたた寝をしているように見えた。

 しかしその実際は瞑想をしていて、風の精霊や大地の精霊、水の精霊たちと対話をしていたのだった。



「なんか本当にうたた寝しているみたいね?」


「ああ、何時もどうりに見えるが……」



 ロランとラーミラスは物陰から長老の様子を見ている。

 しかし、ずっと見ているが動きはない。



「今日はもう動かないのかしら?」


「いやちょっと待て、長老が目を開いた」


 そろそろしびれを切らせたラーミラスがそう言うと、ロランが長老の動きを察知したようだ。

 ラーミラスも長老を見ると、うたた寝していたように見えたそれが、何かの意を決したかのように立ち上がる。

 そしてあの「至高の杖」を手に取りしずしずと歩き出す。



「長老が動いた。後をつけるぞ、ラーミラス」


「わかった」



 ロランにそう言われラーミラスは短く返答をしてそっと長老の跡をつけ始めるのだった。



 * * *



「本当に村の外に出るつもりなのか?」



 驚くロランだったが、エリエネシス長老は村の結界が張ってある場所まで行くと手を振り、そこを抜け出て行く。

 それを見たロランたちも慌ててその後をついて行く。


 既に時刻は深夜を回っており、村のみんなは寝静まっている。

 そんな時間であるのに長老自ら村の外に出ると言うのは確かに異常であった。


 慌てて村の結界を出て長老の跡をつけるロランとラーミラス。

 が、エリエネシスは森の開けた場所まで行くと立ち止まる。

 そして「至高の杖」を暗闇にさし向ける。



「そこにいるのは分かっている。出て来るがいい」



 エリエネシスがそう言うと、暗闇の中からライオンが出てきた。

 いや、頭は人のように見える。

 が、体はライオンで背中に蝙蝠の羽が生え、尻尾がサソリの尾になっている。

 マンティコアと言われる化け物で、人を好んで喰らう。



『エルフ、殺す。杖、持ち帰る』



 マンティコアは人の言葉でそう発すると同時にエリエネシスに襲いかかる。



「土の精霊よ!」


 しかしエリエネシスがそう言うと大地が隆起して槍のように鋭いキリになりマンティコアを襲う。

 いきなり現れたそれに、しかしマンティコアは体をひねりその攻撃をかわし、空中へと逃げる。



「風邪の精霊よ!」


 つかさずエリエネシスは風の精霊を使って宙に逃げたマンティコアに攻撃を続ける。

 すると見えない風の刃がマンティコアの身体を傷つけ、その羽を切り落とす。

 背中の蝙蝠の羽を切り落とされたマンティコアはそのまま地面に墜落するも、猫のように体をくるりと回して着地する。

 それと同時に低い姿勢のままエリエネシスへ向かって突撃してくる。


「無駄だ。樹木の精霊たちよ!」


 エリエネシスがそう言うと、周りの木々からツタが伸び一瞬でマンティコアを絡めとる。

 何重にも絡まったつたは完全にマンティコアの動きを止め、そしてその場で宙づりにされる。



「さて、言うがいい。誰の差し金だ?」


『ぐるるるるぅ……』



 エリエネシスはマンティコアにそう聞くが、マンティコアは唸るだけで回答をするつもりがない。

 エリエネシスは軽いため息を吐くと杖をマンティコアにこつんと当てる。

 するとマンティコアは一瞬で塵と化してさらさらと崩れ去って行く。


 こつん。

 ぼっ!


 さらさらさら~



「女神の御業、全てを崩壊させる魔術だよ。私たちエルフには使えない魔術もこの『至高の杖』があれば呪文さえ唱えずに使える。一体この杖を狙う目的は何なんだい?」


 誰となくそう言うエリエネシスは、杖をトンと地面に着くとこちらに振り返る。



「ロラン、それとラーミラス。君たちが私をつけて来ている事は分かっている。出て来なさい」





 エリエネシスのその言葉にロランとラーミラスは驚き顔を見合わせるのだった。

 

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