3-7:先代の魔王


 エアグル王国:首都ドラン

 ここは魔王に滅ぼされた王国だった。


 しかし勇者に魔王が破れ、この国は解放されたのだが、完全に魔王を討伐出来なかった勇者は三義の力も借りてこの地に魔王を幽閉した。

 そして国としての復興が出来ない程に国民を魔族に喰われて、このエアグル王国は完全に滅びていた。




「魔王様! やりました『至高の杖』を手に入れましたぞ!! これで後は『万物の書』さえ手に入れば魔王様の復活がなせまずぞ!!」


 

 手入れの行き届いていない荒れた城の王座の間、妖術のダストンは喜び勇んでそこの玉座る老齢の女性の前に跪く。



「ダストンか……」


「はっ、魔王様もうじきにございます。もうじき御身を元の若々しきお力みなぎるお姿にお戻しできますぞ!!」


 妖術のダストン。

 元魔王軍四天王の一人、幻術、妖術を得意とする宮廷魔術師だった魔族。

 彼にしては珍しく興奮気味にそう告げるも、玉座位に座る老齢の女性は軽いため息を吐いた。



「お前たちの忠義には感謝している。勇者に敗れ早何十年、魔王としての力をほとんど失いこの城に幽閉された私に良くしてくれる。しかしこの身体はもうじき朽ち果てる。今更若き姿を取りもどすなど……」


「されど、勇者亡き今であれば魔王様の天下! 我々魔族の夢をかなえる事が出来ますぞ!!」


 

 それでもダストンはこぶしを握り力説する。

 それもそのはず、魔族の夢である世界制覇をして、奴隷の人間たちの魂を喰らい、この飢餓から抜け出す事が出来るからだ。


 魔族は人を喰らう。

 厳密にはその魂、その魂の中にある魔力を喰らう。

 そうしなければ魔族はやがて魔力を切らして消えて行ってしまう。

 だから魔族は数だけは多い人間たちの世界を征服し、人間たちが絶滅しない程度にその魂を喰らおうとしていた。


 だが魔王が勇者に敗れ、魔族は野に下り細々と人間を襲い力の根源である魂を喰らい命を長らえている。


 しかし、上級魔族ともなると一度に必要となる贄の数はかなりの数となる。


 勇者に敗れ、四天王たちは魔王の命で野に下り苦渋の時をいつか魔王復活の為に耐え忍んで来た。

 当然全盛期の時より力も弱まり、自分たちの存在維持するのにもギリギリの状態であった。


 故に魔族は魔王復活を切望する。



「だが私にはもうこの世を手に入れる意味がない……」



 魔王はそう言って上を見上げる。

 そこには骸骨が壁に貼り付けられていた。

 魔王はその骸を見て大きなため息を吐く。



「私が魔王に成り、愛しき者と一つに成れたまでは僥倖だった。振り向いてもらえぬあの愛しき者を自分のモノに出来たのは幸せだった。しかし魔王と化したこの身体はあの愛しき者の魂を喰らいつくしてしまった…… そしてその衝動は止まらず世界を混乱に陥れ、勇者を誕生させてしまった。魔王あらわる時勇者もあらわる。まったく、よくできているものだ……」


 そう自嘲気味に笑ってダストンを見る。


「私はもう疲れた。願わくばこのまま静かに朽ち果てたい……」


「何をおっしゃいます魔王様!! 魔王様がお力を取り戻せば魔族全体が救われるのでありますぞ!! もう一度、もう一度我らの王としてお力添えを!!!!」


 ダストンはそう言って頭が床にのめり込むのではないかと言う程に頭を下げる。

 それを見て魔王はまたため息を吐く。


「ダストン、下がるがいい。この三義の結界内ではお前もその魔力の消費がタダならぬであろう。もし、貴様らが三種の神器を集め終わればまた来るがいい。その時は考えてやろう……」


「魔王様! ありがとうございます!! 必ずや最後の『万物の書』を手に入れ、魔王様の復活を成し遂げて見せます!!」


 ダストンはそう言ってもう一を深々と頭を下げてからその場から消えた。



 この魔王が幽閉されている城には勇者と三義による結界が張られている。

 魔王は勿論、魔族がこの結界に入れば魔力をどんどんと消費して最後にはその存在自体が消え去ってしまう。


 そんな場所に力を失った魔王は幽閉されていたのだ。

 

 と、魔王が何かに気付く。



「……ラスカか?」


「いま、この城に大きな力を感じた……」


「ふっ、古い知り合いが訪ねて来たのじゃ。それにしてもおぬしも歳をとったものよのぉ」


「それはお互い様だ。それより貴様の配下だった四天王が動いていると連絡が入った。まさか、先ほどのは……」


「さぁな」


 誰もいなくなった玉座にいきなり声がして、空気でさえ切り刻まれそうな圧力がこの部屋を覆う。

 魔王がそちらを見ると、同じような歳の女性が立っていた。


 彼女は三義の一人、剣姫と呼ばれたラスカであった。


 魔王をこの城に幽閉して、その見張りとしてその生涯を捧げる者。

 そんな彼女は杖代わりに握っていたその剣を一瞬で抜いて魔王の喉元に突き付ける。



「貴様等が何を企んでいるかは知らぬが、勇者アジャルバ様に抱かれたくらいでいい気になるなよ?」


「ふん、無理矢理私を犯しておいて何を言う。まぁ、それが勇者が魔王を倒す力とは流石に知らなかったがな。おかげで私はほとんどの力を奪われた。そしてこの下らぬ世界とももうじきお別れが出来る。それにしても、お前さんもあんな男の為に何十年もご苦労な事だ」


「黙れ! 本来ならその首、跳ね飛ばしてやったものを!! されどそうすればすぐに魔王が他の所に復活してしまう…… 故にアジャルバ様は貴様を抱き、その力を奪ったはずなのに!! 貴様が処女で無かったがためにこんな羽目になったのだぞ!! 貴様さえ、従順なモノになっていれば私がアジャルバ様と!」



 ラスカのその瞳には怒りの炎が揺れていた。

 同じ女性である魔王にはその気持ちが十分に分かっていた。


 ラスカはアジャルバに恋をしていた。


 勿論、関係も持ったが最後に勇者の務めの手伝いとして、長年この城を監視していた。

 そして妻としての地位を他の三義の一人、エルミナに譲ったのであった。


 

「だがもうじきそれも終りじゃ。勇者は死んだ。そして魔王である私も、もうじき滅びる。くくくくく、喜べ、お前も自由になれる。お前との長き付き合いもじきに終わりじゃ」


 魔王はそう言って剣先に自その喉を押し付ける。

 ぷつっと音がして真っ赤な血が流れた。


「それとも今ここで私の息の根を止めるか?」


「くっ!」


 そう言う魔王にラスカはその剣を引き抜き鞘に納める。



「アジャルバ様亡き今、貴様を可能な限り延命させて他に魔王が復活できないようにし、少しでもこの世の平和を維持するのが私たちの役目だ。悪いが貴様には長生きしてもらわねばならん、次の魔王がどこかに現れないようにするためにもな!!」


 そう吐き捨てるように言ってラスカは踵を返して玉座の間を立ち去ろうとする。

 と、そんなラスカに魔王は声をかける。  


 

「ラスカよ、貴様の人生本当にこれでよかったのか?」


「何?」



 扉の所でその魔王の声にラスカは振り向いた。



「私は魔王に成った事を後悔している。愛しき人を手には入れられた。しかしそれはほんの一瞬で、彼がいなくなってからの世界はつまらぬものだった。もうすべてを終わりにしたい」


「ふん、今更弱音か? 魔王ともあろう者が何たるふがいなさ!!」


「ああ、そうだよ、私はただの村娘でいたかった。あの人にだけ愛されたかった。ただそれだけだったんだよ……」


 そう言う魔王の瞳には涙があふれていた。

 それを見取ったラスカは一瞬動揺をするが、すぐに奥歯をかみしめ踵を返す。




「今更……」




 そう言ってラスカは今度こそ玉座の間を出て行くのだった。




 * * * * *



 ラスカは魔王城の外にある小高い丘の上にある小屋に戻っていた。

 ここは魔王を幽閉してからずっとその監視として使っている小屋だった。


 ラスカは小屋の前に座り、いつも通り魔王所を眺めている。



「今更だよ…… もう昔には戻れない。私は私のできる事をするだけだよ……」


 そうラスカがつぶやいた時だった。

 一匹の鳩がラスカの目の前に飛んで来て、所定の止まり木に降り立つ。

 ラスカはその鳩の元へ行き、足に括り付けれれている手紙を取り、鳩をねぎらい餌をやってから先ほどの場所へ戻ってきてその手紙を開く。


 そこには、ナッパスの女神神殿にいる元三義であったユーリィからの知らせがあった。



『ラスカ、元気かしら? 先日魔王の存命について連絡ありがとう。今日はこちらから重要な連絡があるの。この町で魔王に成りかけた娘を見つけたわ。まだ角が生え始めているばかりだから、その力は限定的でしょう。しかし取り押さえる前に逃げられてしまったわ。私の元にも三義の証を持った神官の娘が現れたわ。今、その子に魔王に成りかけている娘を追わせ、そして新たなる勇者を見つけるようにさせてるわ。あなたにも次なる三義の娘が見つかればその技を託して欲しいの、剣姫として』


 手紙にはそう書かれていた。

 それを見たラスカは魔王城をもう一度見る。



「また、魔王が現れる……」


 そう言ってから丘の下で練習をする門下生たちに声を上げる。



「お前たち! 新たな魔王の兆候がある!! その身に着けた技で新たな魔王現れし時は先陣を切って魔族を倒すのだ!!」


 ラスカのその言葉に門下生たちはラスカを見上げ、そして剣を振り上げ雄たけびを上げる。

 それをラスカは見ながら言う。



「私は私に出来る事をした。これが私のアジャルバ様に対する思いだよ。魔王、私はあんたとは違う。この命ある限りアジャルバ様の為に!!」





 そう言いながらラスカは剣を振り上げるのだった。

 

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