第二章:私の旦那様は何処?

2-1:少年と孤児院


 アルスは怯えた目でラーミラスに孤児院に行く事だけは嫌がって見せた。



「ちょ、ちょっとアルス君、落ちついて、落ちついて」


 尋常ではないその怯え方にラーミラスは、とりあえず彼を落ち着かせることを優先する。


「分かった、分かったわよ。孤児院には連れて行かないから。でもなんでそんなに孤児院を怖がるのかは教えてよ?」


 ラーミラスがそう言ってアルスの肩に手を載せると、ビクッと体を震わせてから怯えた眼差しでラーミラスを見る。



「ほ、本当に孤児院へ連れて行かない?」


「うん、約束するわよ」



 アルスを落ち着かせるためにそう言うラーミラスに、彼は徐々にそのふるえを止める。

 そんなアルスにラーミラスはもう一度優しく言う。


「何があったの、孤児院で?」


「あそこは、役に立たないと処分されちゃうんだ…… いらない子はみんな宝石に変えられちゃうんだ!」


 そう言ってアルスはぶるっと体を震わせる。


「宝石にって、何それ?」


 人間を宝石に変えるだなど聞いた事が無い。

 もしそんな事が出来るとしたら、それこそ悪魔か何かでもない限り出来ないだろう。


「『けんじゃのいし』って言ってた。なんか人間の魂が沢山必要だって…… だから孤児院は要らない子供を沢山受け入れて、役にたたないと宝石の材料にされちゃうんだ」



「賢者の石!?」



 一応、錬金術師であるラーミラスにとってそれは究極のモノであった。


 この世界では錬金術の目的は当然的に黄金の精製ではあるが、更に技を極めんとする者は「賢者の石」を生成する事を夢見る。

 勿論、伝説とされるそれは、そうそう簡単に出来る事ではない。


 が、アルスの話を聞く限りその原料が人間の魂に成るらしい。



「賢者の石が錬金術師の間で研究が進まなかった理由が分かったような気がするわ…… 確かに魔力が沢山内包されていると言われる人の魂を沢山使えば、その魔力は無限に近くなるかもしれない」


 その可能性に気付き、ラーミラスが愕然とする。

 それは錬金術を極めんとする者の悲願であると同時に、人としてして、してはいけない一線を完全に超えるものだった。



「あの、お姉ちゃんはもしかしてそのけんじゃのいしってのが欲しいの?」


「え? あ、いや、私は錬金術師だから『賢者の石』には憧れるけどね。欲しいわけじゃないのよ。それに、まさか材料が人間の魂だなんて、思いもよらなかったわ」


 不安そうなアルスにラーミラスは努めて明るい表情で言う。

 そしてじっとアルスの瞳を見て言う。



「そんな所に君を絶対に連れて行かないから、安心してね」


「ありがとう、お姉ちゃん!」



 ラーミラスのその言葉にやっとアルスも明るい顔をする。

 しかし、このレントの街でそんな非道な事が行われているとは思わなかった。

 が、ラーミラスには余計な事に首を突っ込んでいる暇はない。


「かわいそうだけど、私にも余裕が無いからね…… 一刻も早くエルフのステキな旦那様を見つけなきゃならないのよ」


「エルフ? エルフって、あの耳の長い人だよね?? そう言えば孤児院を逃げ出す前にたくさんのエルフの男の人が捕まっていたよ」


 アルスのその言葉にラーミラスは思わず反応した。

 そしてアルスにその辺の事情を詳しく聞く。



「ちょ、ちょっとアルス君、それって一体どう言う事かよく教えてよ!」


「え、あ、ああ、うん、分かった……」



 こうしてアルスはその捕らえられたエルフについて語るのだった。



 * * *



 アルスの話はこう言うモノだった。



 孤児院の子供があまりにも少なくなると、目立ちすぎるためにアルスが逃げ出す直前くらいからエルフの男性ばかりが捕まえられて、その地下室に連れ去られたという話だ。

 アルスが聞いた内容では、エルフ族の魂はとても有用で賢者の石を作るには重宝されるとの事だ。

 そしてなぜ男性のエルフばかりかと言うと、同じく捕らえられた女性のエルフは奴隷商人によって高値で売り払われているらしい。



「ちょっと待って、ドリガー王国ってエルフ族と仲がいいはずじゃないの?」


「そこはよくわからない。でも、レントの街ではいろんな人がいるから多少エルフの人を捕らえても問題無いって言ってた……」


 アルスのその言葉にラーミラスは考える。

 確かに交易が多いこのレントでは人の出入りが多く、その中にはエルフ族も多い。

 レントの街に来た時には数人のエルフも見た。

 そして、今のエルフ族はその数を増やす為にこうして人の多い場所まで出てきて、つがいとなる相手を探しているとも聞く。


 ラーミラスもここで出来れば理想の旦那様を探したいと思ってた。



「でも、エルフ族の魂を使うだなんて……」


「僕ら孤児よりずっといいって言ってたよ」


 エルフ族はもともと人族より魔力量が多い。

 それは長い寿命と共に、魂に内包される魔素が増えて行きその魔力総量が破格になる者が多いからだ。

 当然そうなれば魂を原料とする「賢者の石」を作るには有益だ。


 だが、これは表にばれれば大問題になる。


  

「エルフの旦那様を探すには、私とつがいになっても良いと考える人じゃなきゃだめだわね…… もしその捕らわれている中に私好みの人がいれば、助け出した時に容易に旦那様になってくれる人がいるかもしれない……」


 ラーミラスはだんだんと変な方向へと考えが行く。

 そしてそれは今まで撃退してきた魔物や盗賊での自信へとつながる。



「……アリ、だわね」


「お姉ちゃん?」


 赤黒い瞳を更にギラリと赤くしてラーミラスは不敵な笑みを浮かべる。

 いつもならそんな考えは全く起こらないのに、今はやたらと自分の欲望に忠実になりつつある。


 ラーミラスはアルスを見て言う。



「その孤児院って何処にあるの?」


「お、お姉ちゃん??」



 

 既にアルスとの約束より自分の欲望が優先となっている。

 そしてラーミラスの頭の角がまたずいっと大きく成るのだった。


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