第21話 霊界の臆病者

 談話スペースで、日向は湊に缶コーヒーを奢る。

 湊は彼女からもらったコーヒーを片手に、ソファーに座った。日向も同じコーヒーを買うと、湊の正面に座って缶を開けた。

 湊は大雑把な行動をする日向に内心怯えていたが、日向はそれを見透かしたように「わりぃな」と言った。



「昔っから変わねかわらないんだ。直さぃねぐ直らなくまぃねだめだ。ひよこだばなら上手くやるんだばってやるんだろうけどさ



 相変わらず何を言っているのか分からないはずなのに、湊には千寿の翻訳が必要ない。

 湊は「いいじゃないですか」と彼女をフォローした。



「モモちゃんだって、頑張って敬語使っていますけど、タメ口があまりにも怖いから矯正かけてるだけですし。ここに住んでて、困ること無かったのならそれでいいでしょう」


「……お前わい言っちゃあ言ってるこどがわがねわからないって言わねの言わないんだな」


「あはは、何言ってるか分かんないけど、なんか分かるんですよね」


なんだばなんだよはんかくせぇバカバカしいな」


「そうですよね」



 談笑して、お互いの緊張感を解く。

 湊はふと、日向に尋ねた。




「ここに残りたいのは、おばあさんの最期を看取りたいからですか」




 湊の問いに、日向は「んだそうだ」と答える。

 日向はテーブルに缶を置くと「それもある」と、煮え切らない返事をした。



「ひよこどうにがせねばねしねぇといけない。ずっとばんばババアの看病しちゃあしてるし、生活もあるしてのからな。ひよこだっきゃ目が悪ぐてら目に障害があるし、世話してくれる人探さねばまい探さないといけねぇ


「ひよこ……日和さん、目が悪いんですか?」



 目に障害があるという割に、彼女は眼鏡をしていなかったし、歩行や視界に不便そうな素振りが無かった。しかし、日向の話だと弱視があるらしい。



「生まれつき良ぐ見えでねみえてない。眼鏡かけでも、字だっきゃなんて見えもしねしない。でも普通に歩げるし、他人の顔わがねぐわからなくても、声でわがるどごでからな


「あぁ、なるほど。じゃあ点字読んだり、移動は誰かの送迎が必要になったりするんですね」


んだじゃそうだ



 日向はそう言って、花瓶を持って歩く日和をじっと見つめる。

 大人しそうな雰囲気で、日向とは対照的に物静かな彼女は、誰かの手を借りないと生きていけ無さそうにも感じる。


 湊は納得するが、先生の死を二の次とする発言が気になった。

 大事な人の最期を、そんな軽く流していいのだろうか。湊が思い切って尋ねると、日向はあっけらかんとして答えた。



すったごどそんなことへられでも言われたってわど私たちはみなしごだし、ばんばばばあは拾ってくれだどもけれどやりてぐもねやりたくもないイタコにさせらぃるられるし、家事押しつけらぃでられて休みもない。学校行けだども行けたけれどばんばババアとひよこの世話で、けやぐ友達と遊べるこどもねがったなかった



 何かと忙しい学生時代の恨みか、日向は「やっと早く死んでけ死んでくれ」と独り言を零す。

 湊は彼女を窘めようとしたが、口に出来なかった。




「……いつまでも不安でいたくねじゃいたくねぇわはぁもう




 日向の言葉は、自分自身に潜む恐れによるものだった。

 日向は先生を恨んでいるわけじゃなかった。日向は湊にこぼした。



「誰がの死がこえ怖いばんばババアだがら、身内だがらよげ余計こえ怖い



 日向はそう言った。彼女は、強いわけじゃなかった。



「花紋持ちのそばでは一人死ぬ。誰がの死が、花紋持ち生む。わいが花紋持ちなっだ時にばんばババアが倒れだ。ばんばババアが死ねば、わいの花紋は完全な力なる。……まねびょんダメだろ。誰がの命で、使える力だっきゃなんて要らね。わいに使えるわげねっきゃなないだろうが



 日向は目を閉じる。

 彼女の瞼の裏には、さっき病室にいた日和の姿がある。

 湊は日向に声をかけたくても、何を言ったらいいのか分からない。

 日向は鼻で笑った。それは、自分に向けた嘲笑だった。



「ひよこは、強ぇがらな。わいが出来ねぇ付ぎ添いも毎日しちゃあしてるし、ばんばババアの死まっすぐ向ぎあっちゅうべ向き合ってるだろ?」



 日向は健気な日和のことを褒めた。その上で、彼女はこう言った。




わいみてんたみたいな臆病者より、ひよこが花紋持ちだらならいがったに良かったのに




 湊は彼女の不安に寄り添う言葉がどうしても見つからなかった。

 ちょうど、売店から帰ってきた百瀬とギンが、湊たちに声をかける。



「こんなところに。適当に軽食になりそうなものを買ってきましたよ。……おや、飲み物は要らなかったようですね」



 百瀬は袋の中を覗いて眉を下げる。

 その時、病室から千寿と日和が出てきて、湊たちに合流した。

 千寿はこの十数分でやつれていて、日和が心配そうに付き添っていた。



「先生、末期がんって嘘じゃない? かなり元気だったよ。これじゃあしばらく死にそうにないって」


やんだらすっごく怒られてたんだよ」



 日和が苦笑いすると千寿は頭を掻いた。

 百瀬が買い物してきたのを確認すると、千寿は「飲み物ある?」と百瀬に尋ねる。

 百瀬からいちごミルクをもらうと、「公園行ってくる」と日和と出かけた。



「俺たちどうする?」


「そうですね。どうしましょう」


「荷物置くびょんだろ?」


「そうですけど、でもホテルまだ決めてなくて」


「……嘘でしょ。ミナちゃん、分かるんですか?」



 百瀬がショックを受けている間、湊は日向にホテルを尋ねる。しかし、日向は「布団四枚で足るが足りるか?」とか妙に会話がかみ合わない。

 百瀬が「ホテルの話ですよね?」と尋ねると、日向は首を傾げた。



「ん? 家泊まるべ泊まるだろ?」



 日向は車の鍵を出すと、「やっと早く来い」と湊と百瀬を連れて歩く。

 湊たちは強引な日向にキョトンとしてついて行った。

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