第13話 守るためなら

 たまたまモーニングを提供している喫茶店を見つけた。

 湊と百瀬はテラス席に座って朝食を取る。ギンも、人間に変化して同じく朝食を取った。


 湊はオーソドックスなトーストセットを注文し、百瀬はフレンチトーストセット、ギンはベーコンエッグセットを注文した。

 百瀬はフレンチトーストを食べながら、新幹線の時間を確認する。チケットが取れる時間から少し空くのか、「どこか行きたいところありますか?」と尋ねてきた。


 兼六園や金沢21世紀美術館、どうせだったらひがし茶屋街も歩いてみたい。チケットが取れるのが午後なら、観光物産館に行ってみるのもいいかも。

 湊がどこに行こうか悩んでいると、百瀬が「どうせなら夕方のチケットにしましょうか」と、予約の時間を大幅に変更した。


 じゃあこのまま、行きたい所を詰め込もうかなんて話をしていると、ギンが何かに反応する。

 辺りをしきりに見回して、どこか一点を見つめる。

 湊が「どうしたんだ」と尋ねると、ギンは険しい表情になった。



「……冥府の侵略を検知。場所は、金沢市立兼六小学校です」



 湊と百瀬は顔を合わせると、モーニングもそこそこに席を立つ。

 電子マネーで会計を済ませると、店を飛び出した。



「バス……電車……いいえ、待ってる時間が惜しい! ギン、先に行って足止めをしなさい!」


「御意!」



 百瀬は鈴を一つ鳴らす。ギンは光の粒子に包まれて消えた。

 百瀬はすぐに小学校の場所を調べると、地図を頭に叩き込む。

 湊も小学校の位置を調べる。現在地からそう遠くない位置にあった。



「先に行きます。ミナちゃんはゆっくりで大丈夫です!」


「おう、頼むわ!」



 百瀬は足に力を入れると、車と遜色ない速さで駆けていく。

 喧嘩に明け暮れていただけあって、湊と比べると体力が有り余っている。


 湊は息を切らしながら小学校まで向かうと、グラウンドに落ち武者のような大きな使い魔がいた。

 黒く落ちくぼんだ目の奥から、赤い眼が光ってる。

 朝の学習で出ていた生徒たちが、すっかり怯えて泣いていた。



「さっさと校舎に戻れ!」



 ギンが威嚇するように生徒たちを誘導していた。

 その間の防衛は、百瀬が請け負っている。しかし、百瀬の三倍はある背丈に、彼の身長と同じだけの太刀に力負けしそうになっていた。



「モモちゃん!」



 湊は劣勢の百瀬に加勢しようと駆けだした。しかし、百瀬は湊を見るなり「来るな!」と叫ぶ。



「ミナちゃんの出る幕はありません!」


「でも……っ!」


「しゃしゃるな! 下がってろ!」



 百瀬に一喝されて、湊は怯んだ。

 しかし、そんなことを言っても百瀬の攻勢が変わるわけもない。

 防戦一方で、生徒たちの誘導が終わるまで待っていた。太刀の一撃が重く、百瀬は受け止める度に膝が曲がり、足は地面にめり込んでいく。

 それを黙って見ていることも出来なくて、湊は飛び出した。


 だが——……




「下がってろって言ってんだろうが‼」




 使い魔が振るった太刀が、湊の頭に触れそうになった。

 端って間に合わないと悟った百瀬が、すかさず武器を変え、太鼓が湊の腹に直撃する。自然と姿勢が崩れ、太刀の直撃は避けられた。太鼓の重さに後ろに倒れ、湊は痛みに呻く。

 百瀬は一瞬判断に迷ったが、使い魔との交戦を選んだ。



「神界の花紋よ——『清らかに咲け』‼」



 百瀬の鈴が光り、また違う姿に変わる。

 朱色と金色の装飾が目立つ神の姿、締め色に使われた黒が、何の神かすぐに分かる。



金毘羅神こんぴらしん——『断ち切りの剣』」



 先ほどまで使っていた太刀の一回り短い剣で、百瀬は使い魔に立ち向かっていく。

 使い魔の太刀に怯まず、受け止めると、受け流して懐に突き進んでいく。しかし、百瀬が一撃を喰らわせることは無かった。



「……っ! 卑怯な奴!」


「どうしたんだ! ……あ、あれは」



 使い魔の胸元、鎧に括りつけているのは小さな子供だ。おそらく小学校の生徒だろう。

 きっと、百瀬が到着した時に人質に取っていたのだ。——こうなることを予期して。



「そんな知能要らねぇだろうが!」



 百瀬がキレるのも最もだ。

 使い魔が外に出ている人々を襲うのは見ているが、こうして人質にするのは見たことがない。

 百瀬はまた、防戦一方になる。

 湊は助けに行こうとしても、百瀬に阻まれ、何も出来ずにただ立っていた。


 自分に何が出来るだろう。花紋も開花したばかりだ。

 どうして百瀬は拒むんだろう。俺だって百瀬を助けたい。


 湊は渦巻く気持ちを飲み込んで、百瀬を見守っていた。

 それで百瀬が助かるなんて思っていない。しかし、拒まれる以上、百瀬が勝つことを祈るしかなかった。




「なんか、大変なことになってんねぇ」




 酒臭い。

 湊の隣に誰か立っている。

 ヨレヨレの作務衣を着た千寿が立っていた。彼はじっと百瀬の奮闘を眺めていた。



「お酒が無くなっちゃったから買いに行こうって思ってたんだけど。もしかしてお取込み中?」


「そうだよ! 冷やかしなら帰んな!」



 千寿は息が切れそうな百瀬と、人質を取っている使い魔を交互に見ると、「ふぅん」と呟く。

 迷わず校庭に侵入すると、千寿は百瀬を庇うように立った。百瀬は苛立ったように千寿を押し退ける。

 邪魔だ、と直球で伝えられても、千寿はその場から動かない。



「花紋を使いたくないんだろ! 足手まといだから退け!」



 空高く振り上げられた太刀を見上げて、千寿は酒臭いため息を吐いた。

 百瀬の台詞に千寿は訂正を入れる。



「おいちゃん、東京には行かないって言ったけど、花紋を使いたくないとは言ってないよ?」



 振り下ろされた太刀が風を切って千寿たちに迫る。

 千寿はポケットから安っぽいブレスレットを出した。それは、子供の手で作られたような手作り感がある。

 千寿はブレスレットを慈しむように握った。



「仏界の花紋よ——『寄り添いて咲け』」

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