第14話 仏の花が咲く
「仏界の花紋よ——『寄り添いて咲け』」
千寿の左手首の花紋が輝き、蓮の花が彼を包み込む。
まばゆい光に使い魔も目が眩み、子供から手を放す。その瞬間を見ていた百瀬が、両手を伸ばして飛び出し、子供を抱きかかえると、使い魔から距離を取った。
しかし、百瀬の動きを察知して、使い魔が太刀を横殴りに振るった。
百瀬はそれを避けきれず、子供を庇って太刀に背中を向ける。
——太刀は、百瀬に当たらなかった。
蓮の花びらから姿を現した千寿は、赤い防具に身を包み、澄んだ剣を持って使い魔の前に立っていた。千寿は、百瀬と太刀の間に立ち、剣を差し込み攻撃を阻止している。
仏にしては派手な色合いだが、千寿はそんな色も従えて、使い魔を見上げた。
「不動明王——慈悲の炎剣」
百瀬は不服そうに子供を連れて校舎まで走った。
千寿は掲げた剣の切っ先を使い魔に向ける。使い魔は悲鳴のような雄叫びを上げて、千寿に襲い掛かった。
使い魔が縦一閃に振るった太刀を、千寿は避けずにじっと見ている。
「危ない!」
湊が叫んだ。しかし、太刀は千寿に当たらず、地面を抉る。
千寿は一歩横に動いて、攻撃を避けたのだ。
千寿は使い魔を睨み上げて、鼻で笑った。
「動きが鈍いねぇ。おいちゃん、お酒飲んでるんだけど。ハンデにもならない?」
その後、使い魔がむやみやたらに太刀を振るったが、そのどれも千寿に触れることは無かった。
千寿は川のように緩やかに、柳のようにしなやかに動き、着実に使い魔との距離を縮めていく。直前まで酒を飲んでいたことなんて分からないくらい、足取りもしっかりしていて、使い魔の動きも捉えていた。
剣を上手く扱い、体捌きでは避けられない攻撃を受け流し、使い魔の攻撃の悉くを避け、気が付いた時には懐に入り込んでいた。
「用心が足りないんじゃな~い? がら空きだよ」
使い魔がそのことに気が付いた時にはもう遅い。千寿はすっと、風に触れるように剣を振り下ろした。
剣の軌道を追いかけるように炎が燃え盛り、使い魔の傷に入り込むと、炎は急速に広がっていき、ついに使い魔を包み込んだ。
「お粗末だね」
たった一撃。
このたった一撃で、百瀬が苦戦していた使い魔を倒してしまった。
千寿はすぐに花紋を解除すると、教員たちに状況を説明しに校舎に入って行った。百瀬が千寿を睨んでいたが、自分が倒せなかった敵を倒している手前、文句を言えずに鼻を鳴らして花紋を解除すると、怪我をした子供がいないか確認する。
ギンは人間の姿が煩わしいのか、誰にも見えない所に隠れると、元の狼の姿に戻った。
湊は二人が戻ってくるのを待ちながら、塵となり、風に消えゆく使い魔をじっと見つめていた。
「……俺は、役に立たないのかな」
百瀬は俺を巻き込むまいとしてくれた。それでいて、俺が助けに行こうとするのを嫌っているようにも見えた。
どうしてかは教えてくれない。花紋に目覚めたばかりじゃ、何の役にも立たないかもしれない。それでも、力になりたいと思うことも、行動することも許されないのだろうか。
湊の不安を感じ、ギンは彼を鼻で笑う。
湊はギンの態度にむっとするが、ギンは湊を一瞥して、百瀬の方を向く。
「百瀬殿が本当にお前を必要としていなかったら、ここに連れてくることはなかっただろうな。邪魔者を連れまわして平気な顔をするお方ではない。少なくとも、邪険にはされていないだろう」
ギンは欠伸をして百瀬の帰りを待つが、百瀬が子供たちのフォローから動けないのを見ると、ものすごく不満そうに狼の姿のまま、百瀬のサポートに向かった。
尻尾がだらんと下がったままだが、子供たちはギンの姿を見ると、さっきまでの恐怖が嘘のように吹き飛ぶ。
もみくちゃにされているギンを眺めていると、千寿がコーヒーの缶を片手に戻ってきた。教員からのお礼だろう。
二本手にしていたが、一本は百瀬に渡し、もう一本は湊に渡した。
「ありがとうございます。でも俺、活躍してないんで」
湊がコーヒーを千寿に返そうとすると、千寿は「いいんだよ」と言って、湊に握らせる。
「誰が活躍したとか、誰が飲むべきかとか、そんなのどうだっていいじゃない。もらった物は、必要な人に渡すのがおいちゃん流よ」
千寿は百瀬に聞かれないか確認すると、湊にこそっと囁いた。
「おいちゃんねぇ、お酒飲んでるときにコーヒー飲むと、吐いちゃうのよ」
——あ、これ本当に必要ないから押し付けただけか。
大人の余裕にちょっと感動してたのに、残念過ぎる。
湊がコーヒーを受け取ると、百瀬も戻ってきて、くたびれているギンを労った。
観光してから帰ろうと話をしていたが、さっきの状況を考えると、観光スポットで騒ぎを起こす可能性がある。
「早めに帰りましょう。危ないのは避けたいです」
百瀬はそう言って、新幹線のチケットを調べるが、スマホを動かす指が忙しなく、さらに表情も曇っていく。
サイトがエラーを起こしているのだろうか。湊もチケット販売サイトを開いてみるが、その表示に目を丸くした。
「当日チケット販売終了⁉」
「一足遅れたようです。キャンセル待ちしてますが、見込みはないでしょう」
「電車乗り継いで……」
「止めといた方がいいよ。東京までの電車はないから」
千寿の言葉に、百瀬が「さっき取っとけばよかった」と後悔を垂れ流す。
早くても明日の10時の便だ。それより早いチケットは取れない。
百瀬は泣く泣くそのチケットを取得すると、京都止まるホテルも調べていた。
「素泊まりで良いですよね。朝食とか、必要ないですし」
食にこだわりのない百瀬に合わせ、湊もホテルを探す。
どうせ一晩寝たら東京に帰るのだ。豪勢な場所じゃなくていい。三人で泊まれて、ちょっと休めるくらいで、出来れば安い所。
二人で顔を突き合わせてホテルを探していると、千寿が「いいとこあるよ」と言ってくれた。
「三人で泊まれて、ギンちゃんは犬のままでも可。広めの風呂付きで、朝食も対応。ただし和室で布団は自分たちで敷くスタイル。ちょっと臭うけど、おいちゃんの紹介があればタダ同然!」
一晩泊まるだけなら、かなり良い条件だ。
百瀬も、「そこにしましょう」と言った。百瀬が住所を尋ねると、千寿はにんまりと笑う。百瀬はそれで察したのか、「ふざけるなよ」と千寿に釘を刺した。
「私たちはホテルに泊まりたいんです。もう一度尋ねます。その宿の住所は?」
千寿は百瀬にはごまかせないと悟ったのか、照れくさそうに頬を掻いて言った。
「おいちゃん
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