第3話 駄菓子屋の朝
朝の六時。近所の公園で、ラジオ体操の音楽が流れる。
夏の間は、あれが湊の目覚まし時計だ。子供からお年寄りまで、たくさんの人が参加している。
それをぼうっと見つめてから、朝の支度にはいるのだ。
ぬるい水で顔を洗い、歯を磨く。
冷蔵庫から、卵一個とシュレッドチーズ、ソーセージの袋を出して、棚から食パンを出す。
八枚切りの残り二枚、賞味期限は昨日で切れていた。気にせずトースターに放り込んで、五分ほど焼く。最近トースターの調子が悪いようで、三分でちょうど良かった焼き時間が、段々と長くなってきていた。
買い替え時か、いや、まだいける。そんなことを考えながら、フライパンに油を敷いて、中火にかけた。
卵を溶いて、フライパンに流し込む。ジュワアァ……といい音を立てた所をほんの少しかき混ぜて、チーズをのせる。チーズが熱でとろけてきたら、菜箸で器用に卵を巻く。
小さな卵焼きを作ったら、皿にちょこんと乗せて、まだ熱いフライパンに、ソーセージを入れた。
四本。必ず四本。焼き色がつくまで焼いて、皿に移す。ちょうどその辺でトーストができるので、それを別の皿に乗せる。
冷蔵庫の余ったバターをトーストに塗り、居間のちゃぶ台に置く。
また台所に戻ると、冷蔵庫の野菜室からレタスとミニトマトを出す。
レタスを一枚ちぎって洗い、さらに適当な大きさにちぎる。ヘタを取ったミニトマトと小皿に盛り、青しそのドレッシングをかける。コップに牛乳を注いで、ちゃぶ台に置いた。
これが湊の朝ごはんだ。一人暮らしを初めてから、一度も変わったことがない。
毎日同じメニューだが、不思議と飽きがこないのだ。湊は湯気立つ朝ごはんに手を合わせる。
「いただきます」
食事の直前で、箸を忘れたことに気がついて、台所に戻って箸を取る。
居間に戻って着席し、また手を合わせた。
食事のついでに、スマホで今日のニュース記事を見る。最近は、冥界の侵略で持ち切りだった。
二週間前から始まってしまった【冥界の侵略】は、瞬く間に被害を広げていく。
最初こそ、人気のない路地で見かけた程度のニュースだったが、最近は襲撃被害にあったり、使い魔の目撃情報も絶えない。
昨日は小学校に使い魔が現れたようだ。早速ニュースになっている。
「大変だな」
他人事のように呟いて、ソーセージを口に放り込む。
片手で記事をスクロールしていると、気になるニュースを見つけた。
『国立博物館にて【五界の門】から花が咲く 花紋の発現か!?』
【五界の門】というのは、その名の通り、門であり、【神界】【仏界】【霊界】【人界】【妖界】の五つの世界と繋がると伝えられている。
どの門も赤錆のような色をしているが、各界によってデザインが異なる。神界は神様らしく鳥居がモチーフになっているが、妖界は怪しげな洞窟のようなデザインになっている。
その門は、冥界の侵略が起きた頃に開くのだが、門の向こうから花が生えるのだ。
その花が、それぞれの世界の力の象徴となり、それを得る者の証として体のどこかに紋章として現れる。
各界の代行者は、花の紋章から『花紋持ち』と呼ばれるようになっていた。
「咲いたか。思ってたより早いな」
門が開いたということは、冥界の侵略は今以上に苛烈なものになるだろう。
この平穏も、直ぐに崩れてしまうに違いない。
「何も無い一日ほど、幸せなことは無いってのに」
湊はため息混じりに呟いた。
空になった皿を台所に下げて、ちゃぶ台を拭いた。
スマホの時計を見ると、もうすぐ八時になるところだった。店を開ける前に、掃除をして、買い物も済ませたい。そろそろ洗濯もしないと、また着る服がなくなってしまう。
湊はうんと背伸びをして、皿洗いに手をつけた。
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