第2話 生と死の均衡とは

 それは太古の昔、日本という国が創られる頃にまで遡る。

 日本の父──イザナギと、日本の母──イザナミが【国生み】をしたことで、それは起きた。

 日本という国が生まれ、人間が育った頃、イザナミが火の神様を産んだ。そのとき、産まれてくる子供に膣を焼かれ、その傷を原因として、イザナミは死んでしまう。

 妻の死を嘆いたイザナギは、産まれたばかりの子供を殺し、イザナミを取り戻すべく、黄泉の国へと向かった。

 しかし、「決して中を覗くな」というイザナミとの約束を破り、イザナギは彼女が繰り出す追手から、命からがら逃げ出した。黄泉の国の入口を、大きな岩で塞いだのだ。



「おのれイザナギ! お前の国の民を一日千人殺してやる!」



 イザナミは、夫に対して呪詛を吐いた。



「ならば、私は私の国の民が一日千五百人産まれるようにしよう!」



 イザナギは、妻に対して祝福を叫んだ。



 それが、所謂『古事記』の、『黄泉下り』の騒動である。


 それがどうした、と言いたい。けれど、それが、今の日本に影響を与えていた。


 イザナギがかけた祝福は、今なお日本の出生率を支えるものとなっている。それと同時に、イザナミの呪詛も、日本の死亡率を揺るがないものとしている。

 神様がつくった鉄則ルール。絶対に揺るがないものでありながら、時折そのバランスの乱れが顔を出す。


 おおよそ百年に一度、かつての神様が創った生と死の均衡が、崩れるのだ。それも、ただ出生率が下がる、ただ死者が増えるだけでは無い。



 死者が住まう世界──【冥界】が、その扉を開くのである。



 不可逆の世界から、有り得るはずのない死の侵略。冥府の使い魔と呼ばれる魔物が、現世を襲うのである。

 人々は逃げ惑い、己の不運を、家族の悲劇を、こうなってしまった世界を呪い、死に連れ去られてしまう。

 冥府の使い魔に殺された者も、冥府の使い魔となり、道連れを探して人々を襲う。そうして世界に絶望と、死が溢れてしまうのだ。

 その現象も、未だ解明されていない。冥界から扉を開けられることも、使い魔と呼ばれるそれらが、生きた人に影響を与えられることも。きっと、神とて知らぬ所業だろう。


 その現状に危機感を覚えたのが、



 八百万の神々が住まう【神界】


 弥勒から如来までが在籍する【仏界】


 伝説と歴史を紡ぎ、あらゆる人間が暮らす【人界】


 あの世とこの世を繋ぎ止め、未練を葬る【霊界】


 気まぐれに人間を、世界を弄ぶ【妖界】



 この五つの世界だ。

 しかし、彼らが全勢力を放って冥界の侵略を阻むと、世界大戦ならぬ、日本大戦になり、日本という国が地盤から無くしかねない。

 そのため、各界でそれぞれの力を行使出来る【代行者】を立て、冥界の侵略を退けることにした。


 力を授けるに相応しい人間を選び、己の力を分け与え、冥界と戦う。それが、生と死の均衡を保つために必要だと、判断したのだ。

 しかし、力を授けるにあたって、【代行者】となりうる人間には、必要なものがあった。


 ひとつは、『思い入れの強いもの』

 彼らが戦うためには、武器が必要だ。思い入れの強いものは媒介にしやすく、特に手に馴染む。それを用いることで、各界の力を格段に引き出しやすくするのだ。


 もうひとつは、『適性』

 これが、一番大事なことと言える。誰もが代行者になれる訳では無い。

 その世界において、『相応しい人物』出ないことには、力を借りることすら叶わない。その適性も、各界・歴史においても様々で、条件の特定は、どの研究者もお手上げだった。


 けれど、代行者になる人間は、どの時代においても英雄で、『試練と代償』に打ち勝った者と伝えられている。



 そんな世界で、平穏に生きるのは、とんでもなく贅沢と言えるだろう。

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