花紋戦線

家宇治 克

人界の駄菓子屋

第1話 葬式にて


『人と人、人と何か。それを繋げる人になれ』



 それが、湊の名前の由来だ。両親からは不評だったらしい。だが、普段温厚で、決して無理強いをしない祖父が、珍しく頑固だったと聞いたことがある。

『港』では格好がつかないから、妥協して『湊』。それでも、湊には豪勢な名前だと感じた。





 お坊さんのお経に、焼香の独特な臭い。

 すすり泣く親戚にお辞儀をして、喪主の席に座る。


 桜坂おうさか みなと──大学四年生の秋に、大事な局面を迎えていた。

 本来行くはずだった面接を蹴り、大学の学費や就活のための貯金を全て空っぽにした。これから山のような書類を書いて、鬼のような手続きをしなければならない。

 金もなければ、この先の進路も見えない。そのせいか、涙が一滴も流れなかった。

 周りが泣いている状況で、一人だけ冷静になるのも、きっと悪いのだ。そう思い込んだところで、きっと不孝者だろう。


(じいちゃんにとって、俺は役に立つ孫だったんだろうか)


 幼い頃に両親を亡くした湊を、引き取ろうとする親戚はいなかった。施設に行く話が進んでいるところで、祖父が怒って引き取ることになったっけ。小学校に通う前でも、大人たちの言葉の意味も、顔色も、分かっていたのは辛かった。その中で、湊のために怒り、湊の手を引いて家に帰った祖父のことは、よく覚えている。

 そんな祖父を、いつか背負って帰るのだとは思っていたが、まさか、抱えて帰ることになろうとは。


(じいちゃん、こんなに軽かったんだな)


 子供の頃は、腕を伸ばしても端に届かなかった祖父の背中が、今は全身を両腕で包み込める。それがまた、滑稽に思えて仕方がなかった。


 長いお経も終わり、納骨のために墓へと向かう。お堂から親戚が移動を始める中、叔母が「用事があるから」と、先に抜けることを伝えてきた。見送りついでに玄関まで行くと、叔母は心配そうに尋ねた。


「これからどうするの?」


 両親の葬式では、他の親戚に湊を押し付けていたのに、心配するフリをするのがとても上手だ。だが、その手の心配は、祖父の方が本気だった。


「ご心配なく。もう決まっていますので」


 湊は、(我ながら冷たいな)と、内心鼻で笑った。


 ***


 墓に向かうと、納骨のために骨壷を開く。その時にふわっと、甘い匂いがした。その匂いに、祖父が生前好きだった飴を思い出す。

 事ある毎に、その飴を食べていた。湊も、よく食べさせてもらっていた。


 祖父が営む駄菓子屋に、必ずその飴はあった。他の商品が売り切れたとしても、その飴だけは切らせなかった。

 その飴が骨にまで染み込んでいるのか。どれだけ好きなんだか。

 骨が墓に収められて、ようやく葬儀が終わった。各々が家に帰る中、湊はポケットに忍ばせていた古い鍵を握りしめる。


「さて、帰るか」


 湊は今日から、駄菓子屋『つるや』の二代目である。

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