仏界の怠惰者
第8話 誰を探すか
花紋の使い方も知り、どうして狙われるのかも知った。
落ち込む気持ちもあるが、とにかく次に進まなくては。
湊は気持ちを奮い立たせて、百瀬と相談する。
「で、花紋持ちをどうやって探すんだ?」
「えぇ……? 今の話の流れで、よく切りかえ出来ましたね?」
「襲われるからって、家で震えてる暇ないだろ」
「そうですねぇ。……はぁ、ユキ」
「はい! 仏界と霊界の代行者の場所は分かっています!」
ユキはそう言うと、遠吠えをした。テーブルが光って、日本地図が浮き上がる。
「仏界の代行者は、石川県金沢市にいます。霊界の代行者は、青森県むつ市にいます。どちらからお探しになりますかっ!」
どちらから、と言われても、どっちが強いかも有利かも分からない。
それに、どちらも場所が遠すぎて、いない間に地元が襲われたりしないか不安だ。
百瀬は湊の意思について行くつもりなのか、特に意見も出さない。ユキは首をこてん、と傾けると助け舟を出した。
「仏界の花紋は、神界の花紋の次に強く、神界の花紋は単体攻撃向きですが、仏界の花紋は全体攻撃向きです。
霊界の花紋は、戦闘向きではありません。ですが、浄化能力に長けていて、花紋の中で唯一、冥府の使い魔を人に戻すことが出来ます。……まぁ、死んだ人を、生き返らせることは出来ないのですが」
ユキの話を聞いて、湊は百瀬の顔を見る。
百瀬は何やら苛立ったような表情をしていた。それも一瞬だけのこと。湊の視線に気がつくと、パッと微笑み、いつもの表情に戻った。
「決まりましたか?」
百瀬の問に、湊は頷いた。
「仏界の花紋から、仲間にしようと思う」
百瀬は、湊の決定に「分かりました」と言って、スマホを出した。
「出立は明後日で良いですか? あんまり遅いと、ミナちゃんが襲われないか心配です。私がいるとしても、守るための戦力は欲しいですから」
「明後日!? 急だな」
「善は急げって言うでしょう。新幹線のチケット取りました。無くさないように電子チケットにしたので、今送信しますね。さて、ボストンバッグ……どこにしまったっけ。ミナちゃんも、荷造りは早めにしてください」
百瀬は伝えることを伝えると、ユキを置いて先に帰ってしまった。
ユキは気にせず、せんべいを食べている。
「東京のことは心配しないでください。ボクが残って、結界を張ります。そうすれば、冥府の使い魔たちの行動が鈍るので、侵略は弱まります」
ユキはせんべいを食べ終わると、大きく伸びをして、百瀬の後を追いかけた。
湊はため息をついて、仏間に向かう。
***
百瀬が焚いた先行の香りが、まだ濃く残っていた。
写真の祖父は、優しい笑顔を保っている。
湊は仏壇に手を合わせて、乾いた笑いをこぼす。
「じいちゃん、聞いてくれよ。俺、花紋持ちになったんだけど」
今日起きたことを、愚痴のようにこぼして、頭を整理する。
冥府の使い魔に襲われたこと、それがきっかけで人界の花紋が開花したこと。百瀬も花紋を持っていたこと、それも、神界の花紋だったこと。神の遣いの狼が喋ったこと。
「それでさ、他の花紋持ちを探しに行くことになったんだよ。流石に、駄菓子屋を何日も閉めてらんないよな。じいちゃんの大事な店だし、学校帰りに駄菓子買いに来る子供が好きって、言ってたじゃん」
湊が笑うと、別の部屋からどすん、と音がした。適当に積んでいた服でも落ちたか、と思って子を見に行くと、今は使っていない祖父の部屋の押し入れが開いていた。
押し入れの前に、祖父が生前愛用していたトランクケースが落ちていた。
祖父がこまめに手入れをしていたおかげで、牛革がよく育って、綺麗な飴色になった。その色合いが、祖父によく似合っていたのを思い出す。
べっ甲のように綺麗なトランクケースを撫でて、湊は祖父に遠く思いを馳せる。
「……外に出ろって、事なのかな」
毎日同じ生活の繰り返し。それが、今日から変わってしまった。それを憂いている自分もいれば、変化に喜んでいる自分もいる。
それが、どうもコントロールが出来なくて、自分の気持ちがよく分からなくなっていた。
それを、解決するための時間になれば。……そんな気持ちで、湊はトランクケースに着替えを詰めた。
店を一時的に閉めることを告知しないと。
でも、今ある発注分の送付は済ませよう。
湊は考え事をしながら、着々と準備を進めた。ふと、誰かが湊の頭をふんわりと撫でた。
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