第19話 むつへの旅路

 東京発の新幹線の駅のホームで、千寿は延々とため息をつき続ける。

 百瀬はオレンジジュースを買って新幹線を待っているが、千寿のため息の多さに「うるさい」と小言を言った。



「いつまで嫌がるんです? どうせ青森に行くなら、ついでにちらっと見るだけって何回言えばいいんですか」


「でもさぁ~? ヤじゃん。先生に『何で来なかった』って言われるのも」


「……あぁ、そうか。でも、その時は適当にごまかせばいいでしょう」



 百瀬と千寿だけでわかり合う会話に、湊が仲間に入れてもらおうとするが、百瀬に「知らない方がいい」と断られ、肩を落とす。

 湊は乗り換えの確認をして、二人に共有する。



「この新幹線に乗ったら、えぇと……は、八戸はちど? ってところで降りるらしい」


「『はちのへ』って読むんだよ。大湊行のワンマンカーで、むつ市で降りる。……一回行ったっきりだけど、覚えてるもんだねぇ」



 千寿に教えてもらい、ちょうどホームに入ってきた新幹線に千寿はようやく腹を決める。

 指定席を探し、窓際を百瀬、真ん中に湊、通路側に千寿の順で並んで座ると、千寿が「そういえば」と百瀬に尋ねた。



「ギンちゃんは? おいちゃんの時、一緒に来てたでしょ」



 百瀬はめんどくさそうにスマホを操作して、「現地合流です」と伝えた。

 ギンは長距離の空間移動を得意としている。ゆえに、移動費を使わず必要な場所で落ち合うことが出来る。しかし、その反面、ギンは近距離での空間移動が苦手だ。新幹線の車両間内、同じ建物の階層移動、そういった普通行動範囲内の移動が出来ない。

 だから、長距離での移動ならギンを連れずに、人間だけでの行動が出来る。いざとなったら呼び出すことも可能だ。



「へぇ~。便利だねぇ」


「一応神使ですから」



 新幹線が走り出すと、百瀬はスマホを服にしまって、ぼんやり外を眺める。八戸に着くまでかなり時間もある。湊は時間があるうちに、来週分の発注と駄菓子屋に来ている注文以来のチェックをする。

 千寿は小学校時代の先生にどう挨拶するかで悩んでいた。


 駅弁を食べ、各々の過ごし方で八戸までの3時間の旅を過ごす。

 電車に乗り換えて、さらに2時間ほど揺られてむつ市まで向かった。


 途中で見える海に、千寿が眩しそうに目を細める。百瀬は眠そうに目を擦って、窓に寄りかかっていた。

 ようやく着いたむつ市の駅は、誰もおらず、湊達くらいしか利用する人がいなかった。

 タクシープールにタクシーが3台停まっているが、「霊界の花紋持ちまで!」と言って案内してくれることは無いだろう。


 百瀬が駅の外にあるトイレでギンを呼び出す。

 百瀬がギンに辿れるか聞いてみるが、ギンはきゅっと口を結んだ。



「難しいでしょう。ここには霊場の通り道が沢山あるので」


「霊場の通り道?」



 湊がギンに尋ねようとすると、千寿が「恐山か」と納得する。

 駅から見えている山の裏に恐山があるらしく、そこに向かう道と街中に霊道が通っているのだとか。


 ギンいわく、霊界がある場所にいる霊界の花紋は、気配が同じで分からないとのことだ。

 ギンはしきりに鼻を擦って何とか気配を辿ろうとするが、やはり霊山がある影響か、花紋の気配が分かりにくい。



「百瀬殿、申し訳ございません」



 落ち込むギンを三人で慰めるが、気配が分からなくては探しようもない。

 ひとまず、千寿の先生を頼りにむつを散策することにした。


 すると、駅に一台の車が入ってきて、湊達の前で止まった。

 助手席の窓が開いて、そこから運転席の女が声をかけてきた。



「など東京がらきだのが」


「「…………ん?」」



 訛りが強くて何を言っているのか分からず、湊と百瀬は同時に首を傾げた。

 女はもう一度、湊達に声をかける。



「だして、など東京がらきだのがっでへでるんだ。今日、ばんばの知り合いが来るっで聞いじゃっだどごで、だいだばと思ってらんだに」



 もう一度言われてもやっぱりわからない。

 百瀬は「言語が違う」と聞き取ることを諦めた。

 千寿は車の女に近づくと、「そうだよ」と会話を試みる。



「千寿さん、わかります?」


「ちょっとだけね。先生が津軽の出身だったから」



 女も千寿をじっと見ると、「おめがよ」と何か呆れた顔をした。

 千寿もようやく女の正体に気が付いたようで、「あー⁉」と大きな声を出した。



日向ひなたちゃんだね⁉ びっくりした! そんな成長してんの⁉」


「ばんばが呼んでもこねっでへでらったのがおめがよ! なして来ねんだ!」


「いやぁごめん。外に出られない状態だったからさ」



 二人が会話しているのを聞いても、外国人と会話しているようにしか聞こえない。

 ひとしきり話して、千寿が満面の笑みで女を車から出るように促す。女は聞こえるようにため息をついたが、それは湊や百瀬に向けられたものではない。


 車から降りてきたのは、長い髪を緩めのみつあみでまとめた目つきの鋭い女。

 タイトなシルエットのティーシャツに、スキニージーンズを履いてラフなのにスタイリッシュな見た目が、田舎の雰囲気とかけ離れていた。


 千寿は女を指して紹介した。



「彼女は、千羽崎せんばざき日向ひなたちゃん。先生のお弟子さんだよ」



 日向と紹介された女は「んだじゃ」とおそらく肯定と思われる返事をした。

 しかし、『弟子』という部分が引っかかる。

 千寿の先生は小学校に勤務していたはずだ。ならば日向は教え子ではないのだろうか。何の弟子だというのか。


 湊が日向に「何の弟子ですか」と尋ねると、日向は「イタコ」と短く答える。

 日向は千寿の手首に仏界の花紋があるのを見つけると、自身の左足首にある花紋を見せた。彼岸花の形をしたそれで、彼女がどこの代行者なのかすぐにわかった。



わいは霊界の花紋持ちだじゃ。やっと乗れ、ばんばが待っちゃあど」



 日向に言われ、湊達は車に乗り込む。

 ギンは目の前にいた花紋持ちに気づけず、少しショックを受けていた。

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