第20話 再会と初めまして

 日向の車の中では、相変わらず会話が分からない。

 方言もそうだが、誰の話をしているかもよく分からない。

 助手席の千寿だけが楽しそうに話をしているから、後部座席に座っている湊と百瀬はすっかり置いてけぼりになっていた。



「な、ばんばが見舞いさこってしがへろってへでしがへだのにこねがったのなしてや」


「おいちゃんにも色々あったの。それより、方言相変わらずキツイね。標準語は練習しないの?」


「最初やっちゃったども、じじばばしかいねぇどこに標準語使っでもわがねってへられるしでやめだ。山さくるやづさはちょっと使うども」


「そうなんだ。でも使えるようになって困ることないよ?」



 千寿はバックミラーで湊達を見る。

 日向はため息をつくが、「わがね奴は何言ってもわがね」と切り捨てた。



どったどんなへで言っても、聞がねきかない奴は聞ぐごときくことない



(……………………あれ?)



 湊はどうしてか、日向の言うことがだんだん分かるようになってきた。

 さっきまで、早口だし方言は分からないしで、何を言っているかも分からなかったのに。



(どうしてだ?)



 千寿は日向を説得するが、彼女は方言を直す気は無いらしく、千寿に文句らしきことを言う。千寿は「やだよぉ」と嫌がる素振りを見せるが、日向にさらに文句を言われたのか、渋々了承した。



「など、わいば呼びさ来たど?」


「なんて?」



 百瀬が反射で聞き返すと、千寿が日向の方言を翻訳した。



「君たち、私を呼びに来たの? だって」



 千寿の翻訳に嫌そうな顔をしつつも、百瀬は「そうです」とここに来た目的を話す。

 日向は運転しながら相槌を打ち、百瀬の話に耳を傾けた。百瀬は丁寧に説明し、日向の協力を求める。



「東京で、一緒に戦ってください」


構ねよいいよ構ねいいけど、わんつかちょっと待っで」



 日向は少しだけ渋った。

 一緒に東京に行くことは良いらしい。だが、どうしてもここを離れられない事情があった。



「どうしてです?」


ばんばババアが、まだ病院いぢゃあ居るのよ」


「……看病ですか? 手続きですか?」


でねくてそうじゃなくて。……あと少しで死ぬんだにだよね



 日向のセリフに、千寿は「えぇ⁉」と大声を出す。

 日向は病院の駐車場に入ると、車を停める。湊達を降ろして、車に鍵をかけた。



「驚くごとでねじゃない生ぎちゅう生きてるものはいづがいつか死ぬ。ばんばババアも順番が来だんだごっだ来たんだろうよ



 病院の玄関を通って、湊はさっぱりしている日向に「強いですね」と声をかける。しかし、日向は「なも全然」と言って、病院の受付に顔を出す。顔なじみなのか、受付の人は日向に挨拶をすると、エレベーターフロアに通した。


 丁度降りてきたエレベーターに千寿が乗ろうとするが、日向が彼を止める。日向がボタンを指さすと、下のボタンがまだ点灯していて、これから地下に向かう所だった。


 日向は別のエレベーターのボタンを押し、フロアで待つ。

 千寿はエレベーターを待っている間に、先生の状態を日向に尋ねた。



「先生、何の病気なの?」


「肺がんだじゃだよ。末期のやづ。治らねってやなおらないってさ


「肺がん……」


「体のあっちゃこっちゃさあちこちに転移して、どうしょうもねどうしようもないって。んだびゃあだろうなとは思ってらったいたさ



 エレベーターに乗ると、日向は五階のボタンを押してドアを閉める。

 百瀬は「余命宣告はされていたんでしょうか」と一番聞きづらいことを尋ねた。日向は「昨年な」と短く返す。



「一年持だねぇってへられだども言われたけど、一年経っちゃあし経ってるじゃねぇか。すぐ死ぬって言っでらった言ってたのに」



 日向はどうにも、その先生と折り合いが悪いらしい。

 五階に到着し、日向はナースステーションを素通りして病室に向かう。

 大部屋の窓際、カーテンで仕切られ、隠されたベッドに向かうと、日向は「来た」と軽く話をする。


 湊達はカーテンの外で日向の許可を待っていたが、日向は「何しちゃあの何してんだよ」と三人をカーテンの向こう側に通した。



 清潔なベッドに横たわる、仏のような顔の老婆が鼻にチューブを繋げて本を読んでいた。ベッドの隣にお淑やかな女が座っていて、老婆の会話の相手をしていた。

 日向は女に声をかけると、千寿を呼ぶ。

 千寿はその女を見ると、「大きくなったね」と微笑んだ。

 日向は湊達に、女を紹介する。



日和ひよりわいの妹」


「初めまして。渓桜堂湊です」


「虎狼院百瀬です」



 湊と百瀬が挨拶をすると、女は深々とお辞儀をして微笑む。



「千羽崎日和です。初めまして」



 日向の口調で想像していたせいか、標準語よりの話し方に安堵する。

 日和は花瓶の水を取り替えると言って、病室を離れる。その瞬間、本を読んでいた老婆が、本を閉じて千寿を見つめる。

 千寿は、老婆の鋭い目つきに肩を震わせて怯えた。



「おなしてどうして来ねがったんだこなかったのよ!」


「ご、ごめんなさ~~い!」



 老婆は急に千寿を怒ると、起き上がって千寿が逃げないように腕を掴んで自分の側に引き寄せる。千寿は相手が老婆だというのに力負けしていた。泣きそうになって百瀬や日向に助けを求めるが、二人とも千寿を助ける素振りもない。

 百瀬はギンを連れて売店に逃げ、日向は湊を連れて廊下にある談話スぺ―スに避難する。


 千寿は「助けてよぉ~」と情けない声を出すが、それを許す老婆でもない。

 湊は日向に引きずられるまま、病室を去った。

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