霊界の臆病者
第18話 次の仲間は
閉めていた駄菓子屋が開くと、子供たちが沢山集まってくる。
たった三日閉めただけだが、子供には三週間くらいの時間が経っていたのだろうか。
小銭を握りしめて、軒先のお菓子に群がる子供たちの会計を、湊は電卓を叩いて順番に済ませていく。
「ねぇおじさん! これいくら?」
「おじちゃん、ガム買いたい!」
「ねぇ、きな粉餅もう無いの?」
小学生くらいの子供に『待て』が効くはずもない。今日は百瀬がお札の張り替えに市内を巡回するはずだ。あと30分もすれば家の前を通る。その時に捕まえて、ちょっとだけ手伝ってもらおう。
湊が一生懸命対応していると、今から千寿が出てきた。
「そのグミは80円だよ。きな粉餅ちょっと待ってね。在庫確認するから」
千寿は湊の邪魔にならないように、お菓子の案内をする。
子どもたちの質問を一手に引き受けると、湊が会計に専念できるようにしてくれた。
「あ~なつかしいなぁ、このガムのガチャガチャ。一回十円だね」
ガムのガチャガチャを代わりに対応すると、子供たちの相手をしながら出てきたガムを小さな袋に入れてあげる。
赤いガムが出てくると、「大当たり~!」と言って、子供の気分を盛り上げてくれた。
「赤は~……80円分の駄菓子と交換だね」
湊に確認を取って、子供に好きな駄菓子を選らばせる。千寿は、子供の扱いが異様に上手かった。
子どもの列が無くなり、すっかり静かになった駄菓子屋で、湊は昼の釣銭確認をする。
「すみません、手伝ってもらっちゃって」
「いいのよ~。おいちゃんこそごめんね? 勝手に手を出しちゃって」
「いいえ、全然。助かったんで」
釣銭の確認を済ませると、湊は昼ごはんの準備をしようと立ち上がる。
丁度その時、百瀬が駄菓子屋に姿を現した。
「ごめんください。お札の確認です」
「あぁ、モモちゃん。よろしく」
「もちろんです」
百瀬が入り口に貼ってあるお札を剥がして新しいものに貼り替えると、千寿が感心する。
「ここだと、お札を貼ってくれるんだねぇ」
「そうですよ。一枚千円ですが、破れない限りは一年持ちます」
「へぇ。金沢だとお寺から授かるんだけれど、ここは地元の神社から授かるんだねぇ」
「おかげさまで儲かってますよ」
百瀬は札の張り替えを終えると、湊に代金を求める。
湊はいつものように駄菓子屋の棚の高い位置に置いてある飴の袋を二つ手に取ると、百瀬に渡した。千寿はその様子に首を傾げる。
駄菓子屋で扱っている飴の金額はせいぜい100円くらいなものだ。百瀬が張り替えた札は1000円する。それの代金が、飴の袋二つは、あまりにもつり合いが取れない。
百瀬は千寿の不思議そうな顔に気を良くしたのか、飴の袋を揺らして説明した。
「この飴は、ここの駄菓子屋でしか買えない飴です。私の両親が好物ですので、代金の代わりにこの飴をいただいてます。要は、幼馴染特権です」
そうは言うが、百瀬は湊の顔を見ようとしない。
両親を亡くした湊への、百瀬なりの優しさの一つだ。それを、彼の両親も知っているのだろう。
友人の分のお札くらい、融通しようという家族ぐるみの同情だ。
千寿は「はは~ん」とにやりと笑う。百瀬は口ぱくで「黙ってろ」と千寿に圧力をかける。
ふと、百瀬の後ろからユキが姿を現した。白い狼の登場に、千寿は「ギンちゃん綺麗になったねぇ」と声をかける。ユキはびっくりしてキャンキャンと誤解を解く。
「ち、違いますよぅ! ボクはユキ、阿形の狼ですぅ!」
「あれま、ギンちゃんとは違うのか」
「そうですよぅ。ちゃんと別個体です……」
百瀬はユキを慰め、千寿も「ごめんねぇ」とユキを撫でた。撫でられてすっかり機嫌が直ったユキは、尻尾を揺らして嬉しそうにする。
百瀬は駄菓子屋の戸を閉めると、「お話が」と言って居間にあがった。
「次の花紋持ちを探す件ですが」
百瀬は言った。
探す必要があるのは、あと二人。
一人は、居場所が分かっている霊界の花紋だ。妖界の花紋は、ユキがまだ捜索中とのこと。
なら、居場所が分かっている方から仲間にした方がいいだろう。
「じゃあ、霊界の花紋を探しに行こうか」
湊が決めると、千寿は「どこ?」と尋ねる。
百瀬が「青森県だそうです」と新幹線を調べながら言うと、千寿はさぁっと青くなった。
「……いやぁ、むつ市とは限らないし」
「むつ市だそうですよ。もしかして、土地勘あります?」
百瀬の追撃がとどめを刺したのか、千寿は声にならない声を上げて床に倒れた。
湊が心配するが、千寿は声を絞り出す。
「……おいちゃんの、小学生の時の先生が、青森県出身でさぁ。病気になったから、会いに来いって言われてたんだよねぇ」
「小学生の時のって、大分昔でしょう? なら、もう治っているのでは?」
「いいや、二年前」
「行けよ。今の年まで交流があるなら、顔くれぇ見せて筋通せや」
百瀬が足で千寿を小突くと、千寿は「ヤダ」と子供のように駄々を捏ねる。
千寿はその先生が怖いらしく、手紙でのやりとりはするが会いたくないのだとか。
百瀬は千寿を道端の虫でも見るような目で見下ろし、「行ってこい」と命令する。
「ついでにちらっと顔だけ見て帰れば良いでしょう。目的は旧知の再会じゃありません。一言「お久しぶりです」で良いじゃありませんか」
「うぅ……百瀬くんはあの先生の怖さを知らないからそんなこと言えるんだ。……やだぁ」
「……来週のチケットを取りました。ミナちゃん、準備の方よろしくお願いします」
「わかった」
百瀬が湊に情報共有すると、千寿は一縷の希望を持って起き上がる。
「おいちゃんはお留守番だよね!」
百瀬は千寿に冷たい視線を送る。
「三人分取ったに決まってんだろ」
百瀬に突き放され、千寿は絶望する。
いい歳の大人がめそめそと泣く姿に、ユキもさすがに同情した。しかし、百瀬はさっぱりした対応で千寿のスマホにチケットを送る。
「電子切符の良いところは無くさない事ですねぇ。スマホ忘れたら頭かち割るからな」
「逃げ道ないじゃあ~ん。百瀬くんの鬼ー! 人でなしーぃ!」
「お前に言われたくないわ!」
……千寿の前だと、百瀬は繕うのが下手になる。ある意味良い変化に湊は感心した。
百瀬は湊の温かい視線に気が付くと、咳払いをして次の家に向かう。
ユキも、湊たちにお辞儀をした。
「妖界の花紋は、皆様が旅をしている間に頑張って探しておきますので、安心して霊界の花紋持ち様をお探しください!」
ユキは百瀬に置いて行かれないように、急いで彼の後を追いかけた。
湊は千寿を元気づけるが、千寿はまだ落ち込んでいて立ち直る様子がない。
湊は仕方なく、子供たちが来ない内に、駄菓子の陳列をする。
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