第6話 花紋の開花
──一体、何が起きたのか。
どくどくと脈打ち、体から血を排泄していた傷から桜が咲いた。声も出せず、目を見開いていれば、たちまち傷は塞がって、そこには華やぐ桜の紋章が陣取っている。
これが、花紋の力なのか。
自分が、どこかの世界の代行者なのか。
(どうして、俺なんだよ……)
そんなこと、今は考えている暇はない。子供たちを、冥府の使い魔から守らなくては。
駄菓子屋の鍵を握りしめて、湊は使い魔達を睨みつけた。
花紋を得たからといって、何かが変わるわけでもない。……そもそも、この力はどう使うのか。
漫画のようにわかりやすい説明が欲しい。ゲームでいうチュートリアルは無いのか。現実の厳しさに唇を噛みながら、湊は体に力を込めた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
膝を曲げ、腹を丸め、全身に力を入れてみる。……が、何も変わらない。
冥府の使い魔も、湊の行動に肩を震わせて警戒したが、何も起きないと知ると、奇声を発して襲いかかってきた。
「うわっ、ま、待て!」
湊がギュッと目をつぶる。
「てめぇら、誰に手ぇ出してんだ! ぶち殺すぞ!」
ドスの効いた声が、空から降ってきた。
湊が見上げると、ちょうど目の前の使い魔の後頭部が蹴り飛ばされていた。使い魔を蹴り飛ばしたのは、浅葱色の斎服を着た男──百瀬だった。
普段の穏やかな表情とはうってかわり、鬼神のような表情で、冥府の使い魔をバッタバッタと蹴り飛ばしていく。
彼のような勇敢さと強さがあったなら、どれほど良かっただろうか。花紋を持ったくせに、戦い方知らなければ、度胸もないへっぴり腰を敵に晒してしまった。穴があったら入りたい。
百瀬は湊の方を振り向くと、鬼神のような表情から、今度は青ざめた顔になる。
「ミナちゃん! ケガはありませんか?!」
湊の腕を掴み、ケガが無いかくまなく探す。服の胸元の空いたところを見ると、目を見開き、地面に倒れている使い魔達を見下ろした。
「テメェら……覚悟はできてんだろうな!」
指をバキバキと鳴らし、百瀬は使い魔たちと距離を詰める。
いくらケンカが強い百瀬と言えど、この世ならざる者どもの相手は難しいだろう。ましてや、花紋なんて特殊な力を持っていない身で。
湊は怒り心頭の百瀬を止めようと、手を伸ばした。
「も、モモちゃ……」
「神界の花紋よ──『清らかに咲け』!」
……今、何と?
湊が本気で驚いている前で、百瀬は古びた鈴を胸の前に突き出した。
鈴は、カラカラと音を立て、桃の花を咲かせる。桃の花は、百瀬の体を包み込むと、風に吹かれて散っていく。
花びらの中から現れた百瀬は、まるで神様のような格好をしていて、手には立派な太刀が握られていた。
「
百瀬は腰を落とし、太刀を頭より高い位置に構える。かなり重いはずなのに、簡単に構えを成せるのは花紋の力か、百瀬のフィジカルなのか。
頭の上で、陽光に反射する刀剣は、一本の雷のようだ。
百瀬は一歩、大きく踏み出した。使い魔が百瀬の一撃を警戒する。しかし、反撃も防御もさせず、百瀬は一瞬のうちに使い魔を残さず葬り去った。
湊が子供たちを守るのに使った時間よりも、はるかに短かった。湊は目の前で起きたことを頭で処理しきれずにぼうっと突っ立っていた。
使い魔が居なくなると、百瀬の武装も解除される。古い鈴を袖にしまって、百瀬は湊の安否を再確認する。
「怪我をしているなら、手当が必要です。冥府の使い魔の攻撃を受けたなら、精神にも影響を受けているかも。念の為にお祓いしましょうか」
百瀬は神社に連れていこうと、湊の腕を掴んだ。湊は我に返って、駄菓子屋の鍵を開けた。
「もう大丈夫だ。頑張ったな」
湊は、戸の向こうで声を押し殺していた子供たちに声をかけた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃの子供たちに、おばあちゃんがティッシュを渡している。
百瀬は店先の子供たちに目を丸くし、湊の方を向いた。
「まさか、子供たちを匿って、ひとりで外に出てたんですか!?」
全員で店に入って隠れていれば、難なく凌げたはずなのに、湊は子供たちのために命を晒した。それがいかに無謀なことか。
「馬鹿でしょう。どうして店に隠れないんですか。ミナちゃん、花紋持ってないでしょう」
百瀬のその台詞に、湊は服の破けたところを開いた。百瀬にだけ見えるように明かされた肌には、桜の紋章がはっきりと見えた。
「その件も含めて、モモちゃんに話がある」
湊はなんてことない表情で、子供たちのフォローをしに店に戻った。
百瀬は、悔しそうに唇を噛んで、湊の手伝いをする。
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