第23話 謎の少女

 海沿いの、山の斜面を切り開いたような町に日向の家はあった。正確には、先生の持ち家だろうか。

 二階建ての戸建ての家は、昭和特有の造りで、天井はやや低いが部屋数は沢山あった。日向は一階の客間を二つと、二階の和室を貸してくれた。

 百瀬は「ミナちゃんと同室で」とやんわり断ろうとしていたが、日向はギンを指さして「一緒に寝るびょんだろ」と一蹴した。



「狼って、食えないもんあんだがあるのか?」



 日向の問いに、百瀬とギンは驚いた。湊も思わず声が出る。

 ギンは、日向の前で人間化を解いていない。驚かせないようにする配慮だったが、日向には不要だったようだ。

 日向は驚く三人が不思議なのか、首を傾げて「ん?」と状況を確認する。



お前、狼だべやだろうがなしてどうして驚ぐんだ」


「人間が気がつくはずが無いんだ。どうしてわかる。お前、奇術でも使えるのか」



 警戒心をむき出しにするギンに、日向をため息をついて彼にデコピンをする。バチンッ! と大きな音がして、ギンは痛そうにその場に蹲った。日向は「はんかくせぇバカバカしい」と鼻を鳴らした。



わいはイタコだどだぞ。そのくれぇくらいわがねぐでわかんねぇでどうすんだじゃ


「やっぱり、魂の形が違うとか、神様の気配を感じるとかあるんですか?」



 湊が好奇心で尋ねると、日向は「違うじゃよちげーよ」と切り捨てた。



「人か、否か。それぐれぇくらいでしかない。神社の空気も、隔でられだ空間の違いでしがないそんぐれぇそのくらいのもんだ。見えるったって、生ぎてね死んでるだものだからな。それしがわがねわからない」 



 日向の解説に、湊は納得する。

 ギンは「人間とちょっと違う」という彼女の勘で見破られたのだ。


 ギンは正体が知られたのなら、と、狼の姿に戻ると、大きく伸びをして筋肉をほぐす。百瀬は頬を膨らませて湊を睨んでいた。



「ミナちゃん、ずるいです。どうして方言が分かるんですか」


「なんか、分かるんだよ。ほんのちょっとだけ」



 湊が普通に会話しているのが面白くないのか、百瀬はぷいっと顔をそむけた。

 湊が百瀬の機嫌を取ろうとした時、ふと、日向が窓の外を眺めているのに気が付いた。



「……どうしました?」



 湊が尋ねると、窓の外には、こちらを見つめる少女が 立っていた。

 黒の生地に、金の刺繍が施された高そうな振袖を着た少女だ。歳は7~9歳くらいだろう。いずれにしても、10歳は超えていないはず。そんな小さな子供が、良い服を着て、こちらの様子を眺めている。

 日向か日和の知り合いだろうか。それとも先生の親戚の子だろうか。それにしても、ちょっと不気味だ。


 それをさらに不気味にしたのが、日向の発言だった。




「…………あれが、などお前たちの言う“幽霊”だじゃだぜ




 その瞬間、ギンが玄関を飛び出し、日向もサンダルを引っかけて走った。

 反応が遅れた百瀬と湊も、一人と一匹を追いかける。


 通りに立っていた少女は、湊たちを見るとくすくすと笑う。



「……なんじゃ。どんな強い花が来るかと思うたら、桃と桜と、彼岸花かえ。しかも一つは芽吹いてすらないと来た」



 少女は湊たちの花紋を言い当てるなり、呆れた様子で袖を振る。



「かように弱き者の集まりで、妾をどう出来ると?」



 “幽霊”の割には、かなり実体があるように見える。だが、カーブミラーには湊たちの姿は映っていても、少女の姿は映っていない。

 日向は少女に手を出さない。幽霊の扱いは、彼女が一番わかっている。それなのに、日向は対話もしなければ、これと言った行動もしない。日向はじっと見つめていた。少女をただじっと。



「……お前、冥界の花紋持ちだな」



 ようやく口を開いたかと思うと、日向は彼女にそう言った。

 百瀬が「はぁ⁉」と素っ頓狂な声を上げ、湊は少女をもう一度見つめる。


 少女はカラカラと笑って、「そうじゃ」と日向を褒めた。



「蕾の花が、よくぞ妾を見抜いた。褒めてつかわすぞ。妾は鈴音すずね。冥界の花紋持ちであり、門番——そして、今回の冥界の侵略を引き起こす者」


「どうしてそんなことを!」



 湊が叫ぶように言うと、少女はにんまりと笑って「理由が必要かえ?」と嘲った。

 その瞬間、百瀬が神界の花紋を咲かせて、鈴音に襲い掛かった。


 武御雷神たけみかずちのかみの雷剣が鈴音に触れようとした時、鈴音は百瀬に一言。




「彼の者は許しておらんようじゃぞ」




 百瀬はその一言に怯え、鈴音から距離を取った。

 鈴音は、さらに追い打ちをかけるように首の裏をさすった。



「お主を守ったから、お主が川に流されたから、彼の者は首を打った。首を打ったから、体が上手く動かなかった。だから、お主だけ助かった」


「……それで、あの人は死んだんだ。……体が動かなくなったから、泳げなくて」



 百瀬がそう呟くと、花紋の力が解除された。

 それを待っていたかのように、鈴音の背中から冥府の使い魔が鎌を持って現れる。

 使い魔の鎌は狼狽する百瀬の首に触れようとしていた。


 日向が百瀬の肩を掴むと、力の限り後ろに引いて百瀬を守った。

 転んだ百瀬をギンが支え、日向は鈴音を睨みつける。鈴音は日向に「怖い怖い」と白々しい演技をして、彼女を煽った。だが、日向は怯まなかった。



「花紋が使えねぐなくても、なばお前をふったぐぶちのめすこどは出来るぞ」



 日向がそう言うと、鈴音はまたカラカラと笑う。



「そうかえ。でもどうじゃろうね。花紋持ちの側は一人死ぬ。でも、その一人が冥府の使い魔に殺されては、せっかくの花紋は手折られてしまうじゃろう?」



 その瞬間、日向は目を見開く。

 しかし、鈴音は「今じゃない」と目を細めた。



「——良いことを教えてやろう。仏界の花紋が危機に陥っているぞ。早く助けに行かねば、側に居る女子は死ぬかもしれんのぅ」



 日向は病院の方を向くと、唇を噛み締めた。

 百瀬も、湊も鈴音から目を離した。ギンも、使い魔の気配を感じ取る。

 皆が目を離した一秒、そのわずかな時間で鈴音は姿を消した。誰も、彼女が消える瞬間を見ていなかった。


 しかし、居なくなった鈴音に構っていられない。

 日向は、百瀬と湊を無理矢理引いて車に乗せる。ギンも車に詰め込まれると、後部座席がパンパンになった。日向は車のエンジンをかけると、後ろの準備を待つこともなく急発進させた。

 彼女の頭は、日和の安否で埋め尽くされていた。

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