第11話 みんなとのカラオケ2

 麗華がマイクを取り、


「私もちょっと九十点台目指そっかな」


 と言い、麗奈は顔をぱんぱんと叩く。おそらく気合い入れだろう。


「行くね!」


 そして麗華は歌い出す。




「ねえ」


 奈由香さんが話しかけてくる。


「なんですか?」

「私、めっちゃ楽しい」

「え? なんですか急に」

「みんなに加えて今日は急な参加になったけど雄太も参加してくれたし。嬉しいの」

「俺だって楽しいですよ。カラオケに友達と言ったこと自体ほぼ無いですし」


 ほぼではない。皆無だ。家族と行ったことをカウントしても三回程度だろう。


「それは良かった。てか、絵里? 何か考え事してる?」


 奈由香が下村さんを見る。そして俺も見る。すると下村さんは俺の方を見ていたようだった。


「別にしてないけど」

「ふーん」



「ねえ、喋るのに集中してない? 私の歌も聴いてよ」


 そう、麗華が歌の間奏の間に言った。よく考えたら歌っている途中に喋られるのなんて普通に嫌かもしれない。


「分かってるよ」


 奈由香がそれに応える。


 そして俺たちは手拍子を取りながら曲を聴いた。最初はカラオケを怖いと思っていたが、来てみれば普通に楽しいものだ。


「ふう、歌い切った」


 麗華はマイクを置き、画面に点数が出るのを待つ。するとすかさず奈由香さんが麗華に抱きついた。


「また?」

「うん、もちろん」

「もうー」


 そして麗華は奈由香の頭を撫でる。やはり女子同士の友情は良いものだ。


「次、絵里?」

「うん」


 そして下村さんがマイクを手に取ろうとする。その瞬間に点数が出る。


「麗華何点だろうね」


 そして下村さんが麗華の方を見る。


「高得点かもしれないよー」

「そうだといいけど」


 そして画面には87.579と表示された。


「あれ? 思ったより低くない?」

「ドンマイ」


 下村さんが慰める。


「じゃあ次私歌うわ」

「ねえ、もっと慰めてよ」

「うるさい」


 そして下村さんは歌い出し、俺たちは下村さんの歌を静かに聴く。


 だが、俺にはこういう場合にどうしたらいいのかわからない。彼女とだけは自己紹介とかもしてないし、そもそも同じクラスでもないのだ。


 考えた末にとりあえず周りに合わせて、手拍子することにした。元々俺にはカラオケで何をするかとかよく分からないし、周りに合わせてたら良いだろう。


 下村さんもかなり歌が上手いと思う。というかこの中で一番上手いかもしれない。実際さっきから音程もほとんど外れてないのだ。


「絵里うまいでしょ」


 奈由香が俺の方を向いて言う。


「たしかに上手いと思います」

「えい」


 奈由香さんは急に俺のことを軽く叩く。


「何をするんだよ」

「よし、敬語じゃ無くなった」

「もしかしてあれまだ残ってたの?」

「当然よ、だって敬語だとなんか距離を感じてしまうし」

「……」


 俺としては他人に対しては、ちゃんとしなきゃならないと思って尊敬語や丁寧語を使っていたけれど……それは奈由香にとってさみしかったということなのか。


「なんか諦めてたんだと思ってた」


 だって全然言ってこなかったし。俺も薄々は気づいていたのだ、またタメ語じゃ無くなってるって。でも言って来なかった=オッケーなのだと思ってた。


「諦めてたんじゃないの、私だって我慢してたのよ。でも、寂しいよ」

「わかり、分かった。できるだけ寂しくさせないように頑張るよ」

「ありがと」


 そして奈由香は俺に軽く抱き着いた。


「もう」


 俺は軽く言い、甘んじてそれを受け入れた。やはり好きな人からの抱っこは嬉しいのだ。


 俺は周りを見る。幸せだが、どう思われているのか少し心配になった。


 麗華さんの方を見る。微笑みを浮かべている。どうやら心配なさそうだ。


 ならば今度は下村さんだ。何しろ彼女が一番心配だ。何しろ今歌っているからだ。ソロっと彼女の顔を見る。


 あ、これあかんやつだ。


 いくら人付き合いの少ない俺でもわかる。明らかに怒っている。奈由香さんが俺に抱き着いている事についてなのか、下村さんが自分の歌を黙って聞いてよ! と思ってるのかはわからないが、何かに怒っていることは間違いなさそうだ。


 こうなってしまっては歌が終わるのが怖い。終わった後何をされるのかわからない。ただ、今は奈由香さんの抱きしめを享受しようと思った。


 抱きしめはその数秒後に終わった。俺としてはもう少し抱き着いてくれててもよかったのだが、それは仕方ない。俺たちは友達であってカップルではまだないのだから。


 そんなことを考えた瞬間、そう言えば告白的なことはまだしていないことに気づいた。友達であるという現実を受け入れ、物語の続きを求めなかったからだ。だが、失恋するのが怖い。そういうのはもう少し後でもいいだろう。


 そんなことを考えていると下村さんの歌が終わった、いや終わってしまった。俺は下村さんの動向に目を張る。ただ、俺の予想とは裏腹に彼女は椅子に座ってココアを飲むだけだった。


 あれ、怒ってないのかな? と心の中で呟く。だが安心するのはまだ早いようだ。彼女の顔を見ると少し不機嫌そうな顔をしていた。


 そして得点が出る。92.479だった。かなり高い。


「絵里! 結構いいじゃん!」

「ありがとう、奈由香。でももう少し行けたと思うんだけどね」

「でも九二点じゃん。あ、でも歌姫、絵里様には少し物足りないか」

「そうだね。てか歌姫って何? 奈由香」


 あれ、あんがい普通に話してるじゃん。


「そう言えば奈由香、私にはハグしてくれないの?」

「ハグしてほしいの?」

「うん」

「そっか」


 奈由香は下村さんに抱き着く。


「もう、二人とも」


 それを麗華は微笑みながら見ている。


「悪いね、うちの奈由香が」

「いえ、全然。というかいつも抱き着くんですか?」

「そうね、実は結構抱き着かれてるよ」

「それは……何と言うか」

「ハグ魔?」

「言い切らないでくださいよ」


 言わないようにしていたのに。


「そういえばさ、お願いがあるんだけど」

「なんですか?」

「私に対してもタメ言で話してよ。クラスメイトでしょ」


 困った。タメ言が苦手な俺にタメ言で話す相手が増えた。


「うん」

「返事がうんってかわいい」

「かわいいなんて言うなよ」


 俺男だぞ。


「そういえばトイレ行って来てもいい? 結構漏れそう」

「いいわよ」

「いいよ」


 向こうにいた奈由香さんもそれに応える。


 そして俺はトイレに駆け込む。

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