第7話 奈由香さんとの昼ごはん
昼ごはんの時間
いつもなら一人寂しく食べるご飯だが、今日は違う。今日は奈由香さんと一緒に食べる約束をしているのだ!
今からもう楽しみである。人生初の誰かと食べる学校での昼ごはん、そして人生初の好きな人と食べるごはん。今からもうワクワクが止まらない。
友達と昼ごはんを食べるということ自体初めてだから、詳しくは分からないが、これからどんなことが起きるのか、それを考えると、ますますドキドキとワクワクが止まらなくなってくる。
もしかしたら一口交換とか、卵焼きとソーセージを交換とかいうイベントが始まるかもしれないし、あわよくばあーんで食べさせてくれないかな。さすがにそれは期待しすぎだと思うけど。
「やっほー雄太くん」
奈由香さんが来た!
「もしかして待たせた? ちょっと友達をなだめるのにてこずって。あの子達私のことが好きだから」
「いえいえ、全然待ってないですよ」
むしろこれから起こる妄想で楽しんでたとは言えない。
「さて食べましょう!」
「おう!」
そして俺たちは弁当を広げる。今日の弁当もいつも通り母さんに作ってもらった奴だ。楽しみだ!
「普段どんな弁当なのかなー?」
奈由香さんは俺の弁当を覗こうとする。
「こんなんです」
俺は奈由香さんが見る前に見せた。自慢ではないが、うちの母さんの弁当は美味しい。
「普通だ」
彼女は呟いた。
「普通だってなんですか?」
うちの母さんのお弁当は美味しいのに。
「別に悪い意味じゃないからね」
「悪い意味じゃない普通ってあるんですか? 逆に」
大体こういう場合の普通というのは、思ってたより下だということを表すことが多いと思う。
「いや、なんか家庭感があっていいなと思っただけよ」
「そうですか、次は奈由香さんのお弁当を見せてくださいよ」
「良いよ、どーぞ」
そして奈由香さんは弁当箱を開ける。
「なんかこってますね」
中身はいかにも手がこんでそうなさまざまな料理があった。たぶん手抜きとか、冷凍食品とかでは無いだろう。しかし、作るのに何分かかるんだ、どう考えても一時間はかかりそうな料理ばっかりだ。
まあ俺は料理とかはしたことないから、時間がかかりそうと思ってたら実は簡単とかがもしかしたらあるかもしれないけど。
「そうでしょ、私が自分で作ってるんだよ」
「すごい!」
「えっへん」
奈由香さんはドヤ顔をする。弁当を自分で作る。考えてみただけで大変なことだ。毎日最低一時間前に起きなければならない。俺には無理なことだろう。
「まあとりあえず食べましょう」
「うん!」
奈由香さんは元気そうに返事をする。
「いつもはどんなふうに食べてるの?」
食事を楽しんでいたらそんな質問が飛んできた。いつもと言われても……一人で寂しく食べているだけなのだが。
「一人で食べてますよ」
「いや、それは知ってるんだけど……どういう気持ちで食べてるのかなって」
謎の質問だ。寂しくに決まっている。
「楽しくはないですよ。一人だし」
「私一人で食べたことないからさ、そういうのわからなくて」
「知らない方がいいと思いますよ。孤独なんて人間の癌ですよ。なにも楽しくない」
孤独でいいことなどないし、休み時間もただ時間が過ぎるのを待つしかない。そんな地獄は何度も味わってきた。もはやそんな状況では友達と遊んでて楽しそうな人の顔も嫉妬や羞恥心とかでまともには見れないのだ。まあ、奈由香さんの顔はガン見だけど。
「ふーん。じゃあそれを耐えてってことは雄太君は勇者だ」
「どういう原理ですか? それは」
「だって孤独に耐えてきたんでしょ、普通はなかなかできないよ。私なんて友達いなくなったらどうしようって毎日思っているぐらいなのに、普通にすごいと思うよ」
「ありがとう」
その言葉は本当に嬉しい。その言葉だけで今まで耐えてきた意味がある。
「それで今は楽しい?」
「楽しいに決まってるでしょ。俺は今までの一年半の中で一番楽しいですよ」
むしろこの日を楽しみに待ち続けていた感もある。
「ただの昼ご飯でしょ?」
「俺にとってはただの昼ご飯じゃあないんですよ。学校で誰かと食べる昼ご飯。こんなうれしくて楽しいことはないです」
昼ごはんなんて今までは耐えの時間だと思っていた。ただ、みんなが会話しながら楽しそうに食べている。それを横目に孤独に食べる。そんな悲しいことは無い。
「そう、ありがとう!」
「……」
「……」
どうしよう。話すことが無くなってしまった。このままではつまらない人と思われてしまうかもしれない。だけど俺は家族以外の人と食事を共にしたことがほぼ無いんだよ。どうしたらいいか分からない。
「そうだ、今度あのバトルゲームリベンジさせてよ」
奈由香さんが話題を作ってくれた。良かった。
「いいですよ。あれ楽しいですし」
「そう、良かった! ネットで調べとくから」
「奈由香さん、現代っ子ですね」
ネットでプレイ方法を探す。俺には考えつかない事だ。
「そりゃあそうよ。私も雄太くんに負けるわけには行かないからね。勝てば良かろうなのよ」
「なんですか? そのいかにも悪役が言いそうなセリフは」
「ははは、雄太よ。この私に勝てるかな?」
奈由香さんは少し低い声で言った。その声好きだ。
「めっちゃ悪役感出てます!」
「そう? 嬉しい」
「まあ、俺より弱いんですけどね」
「それは言わないでよ」
そして二人で笑う。
「お弁当おいしかったね」
「うん」
「まあ雄太くんの弁当は私のには勝てないと思うけど」
「なんですか? 俺の弁当も美味しかったよ」
「ふーん、今度一口食べさせてね」
「こっちこそ食べさせてくださいよ」
俺が願ってたことが叶いそうだ。一口交換とかいうお昼ご飯のお弁当全てが詰まった儀式、楽しみだ。
「分かってます」
放課後
「また家に遊びに行って良いかしら」
「え、良いですよ」
「何よ、その間は」
「準備っていうものがいるんですよ」
まさか二日連続で家に来てくれるとは思っていなかった。準備というより、俺が幸せすぎて死なないかどうか心配だ。
「さてと、雄太くん、手を繋ごう?」
「え?」
「私たちは友達でしょ」
なんという提案だ。たぶん彼女は純粋な気持ちで提案しているのだと思うが、俺はとっては魅力的であり、俺をドキドキで殺しうる可能性のある提案だ。
「うん」
俺はゆっくりと手を奈由香さんに差し出した。
「ギュっと」
奈由香さんは俺の手をギュっと握ってくれた。恋人繋ぎではないが、これでももう幸せすぎて死にそうだ。俺はただでさえぼっちで、女子には耐性がないのだ。それが好きな人となんて、ああ、もう幸せだ。言葉にできないぐらい幸せだ。
「さてと、そういえば私の家にはまだ来てもらってなかったよね」
「うん」
「今度は私の家に行こ? 約束ね」
「ああ」
もう俺の思考能力は赤ちゃんに等しいだろう。この時間が延々と続いたら良いのにな。
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