第12話 下村さんの来襲

 そして俺はトイレに駆け込む。


 トイレを我慢していたわけではないのだが、尿はそこそこ溜まっていた。おかげでトイレに三十秒程度かかってしまった。でも、おしっこを放出したことで溜まっていた物がなくなりスッキリとした。


 そしてすっきりとした状態でトイレから出ると……


「ちょっといい?」


 すぐに下村さんが話しかけて来た。何か怖いな。


「なんですか?」


 とは聞くが、十九八苦あの件だろう。


「あのハグの事なんだけどさ」


 俺は唾を飲み込む。やはりか。なんとなく暴言を吐かれそうな状況だ。


「ちょっと調子乗りすぎてない?」


 やっぱりそんなことを言われるか。乗ってるかと言われたら少しだけ乗っているかもしれない。


「奈由香は私の友達なの。なのに勝手に友達にならないでよ」


 え? なんだこの逆恨み。友達に立候補したのは奈由香なんだけど。


「まさかあなた、性欲で奈由香に近づいたんじゃないでしょうね」


 性欲というのが、付き合いたいということならビンゴだ。


 まあ、あっちから友達になりたいと言ってきたのだが。


「いやいや、奈由香から友達になって欲しいと言われたんだけど」

「奈由香って呼び捨てなのもムカつくんだけど」

「それは奈由香さんが呼び捨てにして欲しいって言ってたから」


 なんだよ。全然引き下がらないじゃん。どうすればいいんだよ。これ詰んでねえか?


「そう、でも私この日を楽しみにしてたんだよ。奈由香とカラオケ行けると思って。なのになんであなたが追加されてるの?」


 逆恨みだ。完全に逆恨みだ。俺は関係ないぞ。


「それは奈由香に聞いてくれよ。俺知らないし」

「でも、私はいつもの三人で行きたかったの。もしかして、あなたが奈由香に行きたいって言ったの?」

「それは奈由香が誘ってくれただけで」

「そう。ならいいわ……とはならないわ。断れば良かったじゃない」


 これはもう自分ではどうしようもないだろ。


「断るなんて選択肢は俺にはなかった。友達のお願いを断るなんてできるわけないだろ!」


 言い切った。もうここまで言い切ったんだから殴られても後悔はしない。


「そう、まあでも奈由香の一番は私が貰うから」


 そう言って下村さんは帰って行った。一番はということは、まさかの百合展開か? まさかのライバル登場となったか。これは予想外だった。これはゆっくりしているわけにはいかないな。


「おかえり!」

「ただいま。間に合った?」


 トイレに行く前にすでに曲をすでに入れていたのだ。すぐに終わると思ってたし。


「大丈夫、今粘ってたところ。絵里にもう来るって聞いてたし」


 画面を見ると確かに採点画面で止まってる。奈由香と麗華ありがとう。


 そして俺は歌い始める。


「大地に芽生え弑しよ、君の印にこたえよ……」


 二曲目も文句なしで歌えている。


「ねえ奈由香」


 ん? 何だ?


「次一緒に歌わない?」


 俺が歌っている途中に、てかああそういうことか、一番は譲れないとは。俺も奈由香とデュエットしたい。


「じゃあさみんなで歌おうよ」


 奈由香さん!? たぶんその子、奈由香と一緒に、二人きりで歌いたいだけだよ。


「奈由香、ちょっと」


 麗華が呼ぶ。どうやら彼女は気づいているらしい。


「絵里、一緒に歌おうか」


 良かった。一件落着だ……じゃねえよ。俺も歌いたい。


 だがまあ今は集中しないと。


「君と共に誓いし意志。その意思に従いて、閉ざされた扉を開き、この世の闇を穿つ。誰が何と言おうと、その誓いは変わらない。危険など何も知らない。信じよう」


 何とか三番まで歌い切った。


「次私だね」

「私たちでしょ」


 そう言って下村さんは俺に対してにやりとした。なるほど、そっちのイチャイチャを見せつけるという事か。奈由香は知っているのか? 下村さんが一番を狙っているって。



 そして二人は歌い出す。


「雄太」


 麗華が俺に話しかけてくる。


「なんかごめんね」

「え?」


 耳元に口を当ててくる。


「絵里のこと」

「ああ、そういうことですか」


 麗華は気づいていたのか。


「私が言うことじゃないと思うけど、私の友達がごめん」

「いやいや、俺は今日ここに来ただけで嬉しいですから」

「なんで?」

「俺ぼっちだから、こういうの初めてで」

「カラオケが?」

「うん」

「やっぱり面白いね」

「なにがですか。まったく」


 またかわいいとか言うんじゃなかろうな。


 そして奈由香と下村さんの歌が中盤に差し掛かった時。



「で、聞きたいんだけど奈由香のことどう思ってんの?」

「は?」

「だって、あの奈由香が男友達を作るって言ったらさ、そりゃあ気になるよ」

「でもそれがどうなるんですか?」

「え?」

「だって、俺がぼっちだから友達になったって言ってたし」


 おそらく温情から来たものだろう。奈由香が言っていた気になっていた云々は考えれば考えるほど建前な気がするのだ。


「でも、他にもハブられてる子は居たと思うよ。例えば前橋くんとかさ」

「ああー」


 前橋くんも誰ともつるまない系男子だ。いつも休み時間に顔を伏せて寝ているイメージがある。


「だからぼっちだから誘ったんじゃないと思うよ」

「そうですか……てか、本人いる前でいう話しではないでしょ」


 そう言ってもらってほっとしたが、この話は奈由香本人がいる前でするような話ではない。


「そうね、少しでましょうか」

「うん」


 少しこの場を離れるのは少し嫌だが、ここは麗華と話した方が良いと思い、外に出た。奈由香さんの歌、悲しいけれどさようなら。


「で、奈由香のことどう思ってんのよ」

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