第31話 雄太の慰め

「絵里……」


 廊下で泣いている絵里を麗華が後ろからそっと抱きしめる。優しく、包み込むように。


「……」


 絵里は何も発しない。ショックが大きすぎるのだ。何も言葉を返すことが出来ない。


「私は失恋したことがないからあまり多くは言えないけど、絵里はさ、告白するっていう大偉業をなしたんだよ。すごいじゃない」

「……その結果が無残な大敗だったとしても?」


 泣きながら、崩れ落ちそうな声で絵里は返事をした。


「私は……奈由香のことが好き。なのに、受け入れてもらえなかった。もう私……どうしていいかわからない」


 その言葉は重みがあったと、麗華は感じた。このままだと絵里は自暴自棄になるかもしれない、その前に、何とかしなくてはならない。

 だが、自分はもともと雄太派だ。そんな自分にはただ、絵里を慰めることしかできない。しかし、それ以前に奈由香の「気持ち悪かった」と言う発言を聞いてしまっている。

 形だけの慰めをしても、無駄だろう。それはもはや嘘になってしまう。こうなったら事実を言わなくてはならないと、そう朧気ながらも麗華は決意をした。


「絵里……奈由香が言っていたことだけど、気持ち悪かったって言ってた」


 そう決め、麗華はそう呟いた。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



 麗華の言葉を聞いて、絵里は目に見えるように発狂し、自分を殴り始めた。


「絵里、絵里、落ち着いて。落ち着いてよ」

「もう……私には生きる意味なんて……」


 まずい! 麗華はすぐさまそう思った。これじゃあ自傷行為をしてしまう。何とかしなければ。


「絵里! だけど、それは絵里の独占欲に対しての言葉だと思う。だから、そのことを謝ったら友達からでもやり直せるかもしれないわ」

「もう……無理よ。私は全てを失ったの。奈由香も、生きる糧もすべて」


 そして絵里は再び自分の顔を殴り始める。


「落ち着いて!!!! 絵里はすごいよ。普通の人がやらないような、女同士の恋愛をやろうとした。尊敬するわ」

「尊敬されても意味がないじゃない。成功しなかったらすべて無駄なんだから」

「でも! 私は絵里の選択を尊重するよ。だって、そんなかけを通そうとした。すごいよ」

「すごい?」

「うん。だからさあ。少しずつ、奈由香の信用を取り戻そう?」

「それじゃあ……それじゃあダメなの!!! 奈由香の信用とか言ったって、奈由香には有村雄太がいるじゃない!! そしたらさあ私はいつまでたっても奈由香の一番になれない……奈由香の愛を一身に受けられない」


 やはり……絵里の心の傷を癒すことはできないと、麗華はそうはっきりと感じた。絵里は仲直りまでを望んでるのではない、あくまでも唯一の友達、恋愛を目指しているのだ。

 これではどうすることもできない。少なくとも奈由香ではない自分には……。

 こうなっては……取れる手が限られてしまう。というか正直、もう面倒くさいと思ってしまう。

 本音を言ってしまいたい。いや、もう言ってしまおうか。後悔するかもしれない、けれど、このままなあなあの会話をしてても永遠に終わる気配が見えない。そして、麗華は……


「絵里!!!! もう面倒臭い!!」


 言い切った!


「え? え?」


 絵里はまさかの言葉で、状況が掴めない。もう、全てがわからなくなってしまった。


「絵里! 聞いて? 私は奈由香じゃないの! それに絵里でもない! だから! 私は何もしてあげることが出来ない。だからこれは、絵里が自分で何とかするしかないの。だからさ、絵里。自分で頑張って奈由香と、仲良くしたらいいと思うわ」

「でも! 私嫌われた!!! もう仲直りなんて……」

「……私が仲介してあげるから。私は絵里の味方だから」

「……うん……」

「じゃあ行こ!!」

「……うん……」


 そして二人は奈由香の待つ教室へと向かっていった。




 そのころ教室。


「雄太。私……私」


 奈由香が俺に抱き着いてくる。よほど不安なのだろうか、それともショックが大きいからなのだろうか。

 だが、俺は性格が悪いのか、この状況が永遠に続けばいいとさえ思ってしまっている。はあ、俺は本当ずるい。ずるずる中のずるだ。奈由香が悲しんでいる今、早く奈由香を元気にしなければならないはずなのに……でも!


「奈由香。俺は逃げませんよ。どこにも」

「うん……でも、怖いの。麗華も雄太も、絵里みたいな思考だったらって」


 ああ、下村さん完全に嫌われたな……いや、そうじゃなくて! 俺がしなければならないのは……


「奈由香……俺は奈由香が好きです。でも、俺は奈由香は麗華たちがいてこその奈由香だと思っています。俺はもし仮に奈由香を占有したいと思っていて、もし占有したとしても、その奈由香は絶対に笑ってないんです。そして俺に対して、なんか不安感を感じて、上手く笑えず、愛想笑いで、全てをあきらめています。俺は!!! そんな奈由香は絶対に見たくない。俺が見たいのは、皆に囲まれた笑顔に満ち溢れた奈由香なんです!!!」


 もはや告白気もするが、勢いそのままで続ける。


「俺は!!! 奈由香をそんな悲しみの世界に連れ出してまで、独占したいなんて思いません!!」


 言い切った。これが俺の答えだ。今は奈由香を独占出来ていて、気持ちがいいかもしれないが、これがずっと続いたらいやだ。俺が俺を嫌いになってしまうだろう。好きと独占は違う!!!


「奈由香……俺は奈由香を悲しません。今言うのはずるいかもしれません。でも、ひとこと言わせてください」


 言うぞ!!!


「俺は奈由香が好きです!!! 友達と言う意味でも、異性と言う意味でもです!!!」


 言い切った。ああ、俺はずるい。本当にずるい。奈由香の傷心に付け込んで奈由香に告白するなんてさあ。でも! 俺は奈由香が愛で傷ついたなら、俺が奈由香をさらなる愛で包み込みたい。それだけだ。


 俺は頭を下げたままだ。奈由香はそんな俺を見つめている。ああ、こういう時どんな顔をしとけばいいのかわからない。


「返事は……少しだけ待って。でも、私は雄太の告白を好意的に受け入れてるよ」

「はい! ありがとうございます」


 その時、


「うわああああああああああああああああああああああ」


 向こうから下村さんの声が聞こえた。これは……


「麗華!?」


 麗華に尋ねた。今の状況を。


「あーもう最悪なタイミングね!!」


 と、麗華は下村さんを追いかけていった。


「雄太。今日は騒がしいね」


 奈由香が笑顔を見せた。


「ああ、良かった」

「え?」

「奈由香の笑顔が見れて」

「ふふ。雄太は私本位だね。……今日の放課後、一つ付き合ってもらえない?」

「え? 何ですか?」

「秘密!!!」


 そして放課後に予定が出来た。しかし、麗華には悪いことをした。後で、チャットアプリで謝っておこう。

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