第13話【私の話】私の語り(人怖)

(補足:先ほどから私の家の周りがバシバシ叩かれるような不気味な音が止みません。

 110番も考えましたが、とりあえずお父さんには連絡しました。今、車でここまで向かってくれているようです。

 このまま何もしていないと、鳴り止まない音で私の気が狂いそうです。それでなくても彼の語りが事実無根支離滅裂にも関わらず、それを訂正する機会が無いまま自分の正気を失ってしまうのは、どうしても耐えられません。

 今から私、瀬戸香奈実の、真実の話を始めます)


 何から話せば良いのでしょうか。


 まず初めにお伝えしたいのは、彼の話には事実と異なる勘違いが多く含まれているということです。それだけは明確にお伝えしておきたいです。

 ただ、今までの私の話の中で、皆さんに嘘をついていた部分も有ります。そこから解決していった方が、ひょっとしたら話がわかりやすいかも知れません。


 彼と最初に出会ったのは大学です。でも、彼のことを知ったのは出会うよりも前のことです。

 私の父は不動屋さんを経営しています。別に大手のチェーンとかではなくて、街にある小さな、地域に根ざしたコネでなんとか運営しているようなお店です。私が今住んでいるこの家も父に手配して貰いました。

 実家には父が持ち帰ってくる賃貸契約書や、入居者の身分証明書がいつも雑多に置かれています。その中に、彼の運転免許証のコピーが有りました。

 そこに写っていた彼に、私は一瞬で心奪われました。運命と言ってもいいでしょう。小さな白黒写真でしたが、彼の目、鼻、口、顎のライン、全てが好きになりました。

 私は父の書類をこっそりあさり、彼の契約したアパートの住居、部屋番号を突き止めました。

 彼が引っ越してくるまで数週間あったので、私は合鍵を使ってアパートの部屋に入り、トイレの天井にある換気扇メンテナンス用の扉をあけ、屋根裏を伝って天井に盗聴器を仕掛けました。

 これは彼の生活の監視とか、ストーカー的な目的は全くありません。純粋に彼と仲良くなる糸口が欲しかった。それだけが理由です。これが一目惚れというんでしょうか。


 私は彼が引っ越してくるまで、父が放り出していた彼の運転免許証のコピーのコピーを取り、それをずっと眺めていました。そのうち写真が一枚では足りなくなり、何回も何回も彼の顔写真をコピーしました。画像を大きくしたり、ちょっと濃くしてみたりしていくうちに、写真の彼はどんどん解像度が低くなり、インクで汚れ、今では真っ黒に塗りつぶされて顔も判別できないような姿になってしまいました。

 それでも、私は彼を愛し続けました。真っ黒な顔写真を壁いっぱいに拡大して貼りました。今私のいる部屋は彼の顔写真でいっぱいです。


 そして、彼が引っ越してきました。普段聴いている音楽から彼の趣味を分析し、好きなアーティストを突き止め、その情報をネットで調べて丸暗記しました。彼が日夜作曲ツールを使い、様々な音楽を生み出していたので、それを聴いていた私もいつの間にか自分も一緒に作曲しているような気分になってきて、なんとなくクリエイターの苦悩や孤独を理解しました。それは彼との同調が強まってきているようで、とても幸せな感覚でした。


 もちろん、彼の家に通って監視するようなことはしていません。音を聴いているだけです。床を歩く音、クッションに座る音、PCをつける音…。私は全てを録音し、データをドライブにアップロードしていきました。


 皆さんに嘘をついていたのはこの点です。私が聴いて文字起こしをしていたのは、共有ドライブに彼がアップロードした音声ではありません。


 


 ただこのデータは事件直後にあったわけでなく、火災事件の二ヶ月後に、私が作っていた彼の音声データアーカイブに突然アップされたことは事実です。私の仕掛けた盗聴器は、12時間音声を録音したら、そのデータをドライブに自動的にアップするような仕掛けになっています。

 その音声データは、ちょうど事件当日の午後9時から深夜2時33分までのものだけで、恐らく火災で機械が壊れてしまったものの、データだけは発信が終わっていたのかも知れません。

 でも、二ヶ月も経ってそのデータが自動的にドライブに上がったりするのでしょうか。機械に詳しい方がいたら教えていただけますと幸いです。


 この点は嘘をついていましたが、私は本当に録音音声を聴いていただけで、彼の家に通ったり、追い回すようなことは全くしていません。また、自分は彼が言っているように何人もいません。私は私だけです。黒い影は複数のようですが、私は一人で彼のことを思い続けています。

 ただ反省すべき点もあります。サークルでのドライブの時、思わず口が滑ってしまったんですよね。やたら彼の家の中がガタガタ鳴っていたので、探し物をしているのかと思っていましたが、模様替えだったことに気づいてしまい、ついつい余計なひと言が出てしまいました。失敗です。

 

 今回、何よりも腹立たしいのは、彼が私を罠にかけようとしていたことです。盗聴器に気がついているなら、どうしてそこから私の愛を察してくれないのでしょうか。趣味はもちろん、見た目、喋り方も全て彼好みにしたのに、何が不満なんでしょうか。私は完璧でした。完全に彼の望む女になったはずなのに、その想いに気が付かず、他の女を自分の部屋にあげ、私を誘き出して糾弾しようとしていたというのが許せません。


 私はもちろん彼を愛していますが、大学やサークルで出会う彼よりも、有りのままの私を受け入れてくれる写真に写っている黒い彼の方がもっと好きです。大学で出会う彼は、部屋の録音データと同じで、写真の彼のアップデート/情報の追加を行なっているに過ぎません。

 私の理想は今部屋の壁に貼っている写真の彼で、アパートから行方不明になってしまうような軟弱な肉体を持った彼ではありません。写真の彼は素敵です。汚れたらまたコピーして新しく貼り替えれば綺麗になるし、数を増やすことも減らすこともできる。口も聴いてくれるし、折り畳めば一緒にお散歩にもいける。食費もかからないし私を否定することもない。完璧な恋人です。これ以上の彼を望みませんが、情報がアップデートできないのは不便です。アパートから消えた彼がいないと、私の恋人の情報が増えません。なので私は、行方不明の彼の居場所を見つけたいのです。


 そろそろ父が私の家につく頃です。まだ父親に紹介するには早すぎるので、一旦壁に貼ってある彼の写真をはがしておこうと思います。


 家を揺さぶるようなドンドンという音はまだ続いています。早く録音データの続きが聞きたいのに、この音が邪魔で先に進めません。父がこの音の元凶を取り除いてくれることを期待しています。

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