第9話(黒い鳥編)【霊媒師の出る幕はない出来事】Iさんの語り(心霊/UMA)

(補足:前回の続きです)


山村市長がノックもせずに開けた襖の振動で、まさこさんは飛び起きました。

市長は調査から帰ってきた後一睡もできていなかったようで、目の下にはひどいクマができています。時間は朝7時前でしたが、空は暗く、ポトポトと雨が窓に当たる音が聞こえます。


「発見者でもう一度現場に戻るで、一緒に来てくれんか。傘は宿で貸したげるで。もう祈祷は必要無えざ。午後になったら駅まで送ったげるで。」

結局まさこさんは遠路はるばる祈祷に来たのに、凄惨な殺人事件の目撃者になっただけで、そのまま返されてしまうことになりました。まぁ正直、自分がどうにかできるレベルの話では無くなりましたし、何より自分の祈祷が今回の事件の解決に役立つとも思えません。


身支度を整え、一旦荷物を宿に置いて白大山神社に向かいます。今回は山村市長と前田さん、そして昨日現場に駆けつけてくれた警察官5人の後ろを、住職の死の噂を聞いた人たち十数人が野次馬のようについて来ました。

雨が降っていなければもっと人数は多かったのでしょう。後ろにいる人たちから「神社の呪い」「神様の怒り」のような言葉が聞こえてきます。


境内に着き、社の裏手に周ります。警察の人たちが非常線を張って野次馬が中に入れないようにしていますが、昨日の夜に少人数でここに来た時よりも空は明るく、大勢の話し声が聞こえるのでかなり安心感があります。

降り続く雨のせいで血溜まりはすっかり流れてしまっていましたが、警察の人々はまさこさん達に昨晩の様子を聞いたり、社の中や敷地内を捜索しています。


時間が経つにつれ、徐々に野次馬の人数が増えてきました。昼前ごろには、五十人ほどが警察が引いた縄の向こう側でひしめき合っていました。その頃には警察による取り調べも落ち着いてきており、山村村長がまさこさんがもうこの場を離れて良いか確認をしてくれていました。

「後日ひょっとしたら電話とかするかも知れんけど、今日はもうだんねえで。とりあえず駅まで送るね」

まさこさんは山村市長と二人で参道を引き返し始めました。

これで帰れる、という安心感と、このまま帰っていいのか?という使命感がまさこさんの中で渦巻いていました。そもそも人の役に立ちたくてH県までの長い道のりをやって来たのです。

「もし何かお手伝いできることが、あればいつでもご連絡ください。私は駅近くの宿で今日も一泊するので」

山村市長は少し驚いた顔をしていましたが、若いのにしっかりしている的なことを言ってくださいました。


宿に荷物を取りに行くと、宿の入口が壊れていました。ちょっと戸板が外れた、というレベルではありません。人や車が突っ込んだという感じが正しいでしょう。ガラスが粉々に割れ、ドアの縁は折れ、すぐには修理できそうでない状態です。


「何があったんだこれは!」

山村村長が宿の中に飛び込んでいきます。まさこさんも、自分の荷物を預けているので中に続きます。

ですが、宿に入った瞬間、昨晩神社の裏で匂った、あの動物的な、血と汗が混じった空気が鼻に入ってきました。

匂いの濃い、カウンターの方を向きました。宿のカウンターには誰もいませんでしたが、床には力なく横たわるおかみさんの顔が見えます。

「あ!大丈夫ですか?」とまさこさんがおかみさんに駆け寄ろうとしたとき、カウンターの向こう側から、ぬっと、口を血だらけにした生物の頭が現れました。


内臓が端からダラリと垂れたクチバシ。真っ黒の毛が生えた長い首に、ランランと輝く金色の目が、まさこさんを見つめてきます。

(昨晩、私たちを見てたやつだ…!)

身動きが取れないまさこさんたちに対して、その生物は周りをきょろきょろと見まわした後、ダンッ!とカウンターの上に飛び乗りました。

全身は3メートルほど。といっても尻尾が長すぎてかなりの威圧感があります。手足は鶏足のようにごつごつと関節が隆起し、その先にあるするどい爪には、おかみさんが今朝着ていた服の切れ端や肉片がこびりついています。その生き物がまさこさんを見つめながら、血まみれの歯茎と牙をがっとむき出して、


「ケケケケッ、ケケケケケケケッ」

と楽しそうな音を立てて鳴きました。

「なんやこいつは!」

奥から戻ってきた市長がまさこさんと対峙していたその生き物を見て、床にガタンと座り込んでしまいました。

真っ黒な鳥は山村市長とまさこさんを交互に見た後に、市長の方へと身体を向け、屈伸するかのように足を曲げ、手を広げ、口を大きく開き始めました。

(こいつ、飛びかかろうとしてる…!!)

まさこさんがすぐ足元にあった座布団をバッと黒鳥に向かって投げます。ボスっという音がして鳥の頭に柔らかい布が食い込みます。

それを見届け、まさこさんは宿を飛び出しました。後ろからバタン!という、大きなものが倒れる音が聞こえます。恐らく鳥がカウンターから落ちたのでしょう。

後ろも振り返らずまさこさんは、道なりに走り始めました。雨が先程よりも強く降っています。市長がどうなったのかもわかりません。ただ必死に、少しでも遠くに逃げるため足を動かし続けます。

(なぜ神社の方に行かなかったんだ…!あそこにはお巡りさんたちがたくさんいるのに…!!)


五分、いや十分ほど走ったでしょうか。さすがにまさこさんは息が切れてきて、後ろを振り返りました。

そこはただの住宅街でした。彼女を追うものは何もいません。

(逃げきったのかしら…?)

まさこさんは膝に手を着き、肩を上下させながらゼイゼイと呼吸します。


「おい、なんでこんなとこいるんや」

道の反対から、前田さんが傘をさしながら歩いてきました。

「市長はどこにいる?警察の人が、土砂崩れが起きそうやで避難しろって…」

その時、まさこさんの背後から


「ケケケケケケケッ」

という鳴き声が聞こえました。まさこさんは振り向きもせずとっさに両足に力をいれ、思いっきり横に飛び退きます。その直後、まさこさんが立っていた所に2,3枚の瓦がガラガラと落ちてきました。

「前田さん、逃げて!」

叫んだ瞬間、黒い鳥がまさこさんの背後にあった家の屋根から、道にいる前田さんに向かって飛びかかっているのが見えました。


(補足:次回の投稿に続きます)

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