第9話(完結・調査編)【霊媒師の出る幕はない出来事】Iさんの語り(心霊/UMA)

(補足:前回の続きです)


「ぎぇー!!!」

 傘をさしていた前田さんは、何が自分に降ってきたかわからなかったでしょう。

 その鳥は傘ごと前田さんを押し倒し、鋭い爪で前田さんのお腹を裂きました。前田さんが痛みで手をバタバタさせます。そのせいで傘が弾き飛ばされてしまいました。

 前田さんの表情が見えました。大きく目を見開き、自分の上にのし掛かっている獣と目があったであろう瞬間、大きなクチバシがバシン!と前田さんの頭に噛みつきました。前田さんの手足が痙攣し、バシャバシャと地面の水を跳ねます。そんなことを気にせず、鳥は前田さんの頭に、腹に容赦なく噛みつき、骨についた肉をちぎっては咀嚼し始めました。


 まさこさんは幽霊と対峙したことはあります。その時幽霊は自分という霊媒師一人だけに向かって真っ直ぐな殺意を向けてきていました。幽霊や心霊は恨みや憎しみを持っていますが、それ以外の感情はありません。すでに死んでしまっているので、複雑な感情は持たず「呪う」「殺す」という場当たり的な行動に出ることが非常に多いそうです。確かに、怪談話で幽霊が今後の活動について考えていると感じたことは私はありません。

 しかし、その時まさこさんの目の前にいたこの獣は違いました。

 狩った獲物の肉を楽しみつつ、まさこさんの一挙一動に気を配りつつ、道に他の人間が現れないか警戒しているという、「これからどうするか」を常に考えている生命力がみなぎっていたそうです。常に目や頭をキョロキョロさせる姿は、まさに巨大なカラスのようだったと言います。


(これは霊媒師が何かできるレベルじゃない!警察とかじゃないと…!)

 前田さんの体は既に動かなくなっていました。ただ鳥が骨を砕くボリボリという音が、獣の口の中から聞こえてきます。

 まさこさんは鳥を刺激しないよう、ゆっくりと立ち上がりました。もちろん相手は彼女の行動の一つ一つを監視しています。ですがまさこさんも、雨が髪を伝い流れ指先からポトポトと落ちているのがしっかりわかるほど、身体の神経が研ぎ澄まされています。

(…今だ…!!)

 まさこさんはダッとまた来た道を走り始めました。

 背後から

「ケケケ、ケケケケケケ」

 という鳴き声が聞こえます。恐らく、あいつは狩りを楽しんでいるのでしょう。あいつにとって私は簡単に補食できるただのエサなのでしょう。

 それでもまさこさんは全力で町を駆け抜けます。


 広い道を曲がっていったので自分が今どこにいるのかもわかりません。

 それでも走り続けたまさこさんがたどり着いたのは、市に入ってきた時に市長の車に乗って渡った橋でした。町に来たときもそうでしたが、台風と雨によって川が増水し、橋そのものがゴウゴウと揺れています。

 引き換えそうと振り向いた瞬間、5メートルほど先に、真っ赤にクチバシを染めた、巨大な黒い鳥が立っていました。

 口や爪から雨に混じった血をダラダラと垂らしつつ、ゆっくりとこちらに歩いてきます。

 まさこさんはゆっくりと後退りしましたが、増水した川が橋の手すりを乗り越え、身体ごと流されそうになります。鳥もそんな川の様子を見て、まさこさんを追うのを躊躇しているように見えます。

 まさこさんは橋桁を掴み、なんとか後退しながら川を渡りきりました。橋の長さは3メートルほど。橋の対岸にいる鳥がこちらの様子を伺っています。

 ゴウゴウと流れる川の音に、時おり鳥が頭をひねっています。まさこさんが逃げようと走りだした瞬間、凄まじい地響きが白大山から鳴り響きました。思わぬ振動にまさこさんの足が滑り、その場にバタン!と倒れこみます。

 その瞬間、黒い獣が大きく口を開け、こちらに飛びかかる姿勢を取ります。

「クケケケッケケケ」

 まさか自分が心霊や幽霊以外に殺されるとは思ってもみなかった…と覚悟を決めた瞬間、大量の土石流が鳥ごと橋を押し流しました。


 地響きが鳴り響き、橋が目の前で崩壊していきます。黒い鳥が鳴き声をあげながら川に飲み込まれていきます。その時は「助かった」という感情よりも、「早く避難しないと」という気持ちが強く、結局鳥がそのまま沈んでしまったのか、土石流から抜け出せたかは見ることは出来なかったそうです。

 世界には不思議なことがたくさんありますが、これが私の失敗談。「霊媒師の出る幕はない出来事」だったな…という体験です。


 あまりに荒唐無稽なまさこさんの話に、私は耳を疑いました。こういう話でここまで詳細な地名、人名を聞けることはまず無いからです。何より、オチが土石流というのも馬鹿げています。H県で橋を押し流すほどの山崩れが起きれば、絶対に記録にも残っているはずです。

 私はまさこさんへのお礼もそこそこに彼女の家を離れました。


 正直、その日聞いたどんな話よりも最後の「霊媒師が出る幕がない話」が気になってしまい、会社に連絡する前にネットでH県で起きた災害について調べました。

 すると、1965年の9月にH県K市を含む地域一帯で起きた、通称六五・九風水害の記録が本当に出てきました。それは連日降り続いた台風による雨の影響で、白大山から流れる九頭鳥川の堤防が決壊して住宅5棟が流出。住宅3棟と宿屋1店が半壊。死者・行方不明者5人、重傷者7人を出す大災害でした。

 まさこさんの話で聞いた、壊れた宿屋。何かに喰われた人が3人…。

 私はいても立ってもいられず、まさこさんに出会ったその足でH県に向かいました。


 話の舞台となったH県K市。観光名所は白大山神社へ続く美しい参道。街の図書館で調査した結果、確かに山村市長のお名前も記録に残っていました。彼の任期は1962年から1972年であり、まさこさんの話に合致はしていますが、鳥の襲撃事件からは生還していたようでした。

 六五・九風水害の詳細な記録も出てきました。被害者の中には、土石流で半壊した宿屋にいた女性オーナーや、倒壊したブロック塀に挟まれた前田氏、山崩れに巻き込まれてしまった神社の住職の名前もありました。また押し流された橋の記録もあります。

 ただ、もちろん巨大な鳥、獣の記述はどこにもありません。

 まさこさんの語った内容は、この災害にインスピレーションを受けて創作した物語なのでしょうか。


 鳥の手がかりを見つけられず、私は図書館を後にしました。K市を離れようとした私の目に、あるポスターが飛び込んできました。

「恐竜のまち H県K市」

 H県は恐竜の骨が出土することで有名です。特にK市は新種の化石が発見されたり、世界3大恐竜博物館のうちのひとつがあったりなど、街ぐるみで恐竜事業に力を入れています。

 私はH県立恐竜博物館に向かいました。数多くの恐竜の骨が展示される中、私はそのうちの恐竜一体の再現イメージイラストに目が釘付けになりました。


「フクイベナートル」

 2007年にK市で行われた発掘調査で発見された、テリジノサウルス上科に近い種族で全長2.5メートルほどの肉食恐竜です。その再現図が、まさこさんの語っていた「全身が黒い毛で覆われ、長い尻尾と鋭い爪を持つ」姿なのです。

 あまりにまさこさんの話していた鳥の外見に近く、逆になぜまさこさんが「恐竜」のことを「鳥」と話していたかわかりませんでしたが、おそらく1965年当時、恐竜は「トカゲ」のイメージで、体は鱗に覆われているという認識が主流でした。

 最新の研究によって恐竜は「鳥」の一種という学説が主流になり、その結果、近年発見された恐竜のイメージイラストはトカゲテイストでは無く、羽毛に覆われた姿で描かれることが多くなり、まさこさんの話していた獣の姿になったと考えられます。

 つまり、まさこさんは当時見た生物を恐竜だと思うことは不可能だったのです。


 まさこさんのお話に出てきた山村市長はすでに亡くなっていましたが、私はK市で山村市長の娘さんにお会いすることができました。

 六五・九風水害のお話を伺ったのですが、流石にあまり覚えておられず…。当時は水害からの復興事業が非常に大変だったとのことで、特に恐黒い獣の話は出てきませんでした。あまり大きな収穫もなかったのですが、最後に山村市長が晩年過ごされていたお部屋を見せていただきました。

 そこには、大量の恐竜の骨格標本や図鑑、専門書籍が所狭しと並んでいました。

「山村さんは、恐竜がお好きだったんですか?」

 私の質問に、娘さんはこう答えられました。

「父は、市長の任期が終わる頃から熱心に、白大山には新種の生物の骨が埋まっているはずだと言い続けていました。誰からも、もちろん家族の我々も信じられなかったんですが、市長退任後は自らの貯金を使い、九頭鳥川沿いを熱心に調査してまして…。そして1982年にようやく川沿いで恐竜の歯を発見したんです。その後も熱心な啓蒙活動により、1989年に本格的に化石発掘調査がはじまって…、というのが、K市が恐竜の街になったきっかけなんですよ」

 山村さんが恐竜を探していたのかはわかりませんが、新種の生物を探していたというのは無視できません。

 私はフクイベナートルの再現図を持って、もう一度まさこさんのところに舞い戻りました。


 恐竜の再現図を見たまさこさんは大変驚かれ、「これがまさに今でも夢に出てくる、私の見た獣の姿です」と興奮気味に仰っていました。

 まさこさんからは、風水害事件の後のお話も伺うことができました。


 まさこさんが橋の倒壊から生還した直後、山村市長と再会できたそうです。市長は宿で獣に襲われることなく、カウンターから落ちた黒い鳥が、まさこさんを追いかけて飛び出して行ったのを見てすぐさま警察を呼びに神社まで走って行ったとのことでした。

結局黒い鳥のことは二人で示し合わせて、警察には話しませんでした。それはあまりにも奇想天外な内容ですし、実際に鳥を目撃者した生存者は市長とまさこさんの二人だけ。どんなに話しても信じてもらえるとは思えず、結果被害にあった方々は水害事故に巻き込まれたという形で諸々処理されてしまいました。それほど水害による被害がひどかった、ということです。


 不思議な現象も世界には多くあると思いますが、霊媒師が恐竜と対峙していたなんて、ファンタジー小説レベルの大珍事だと思います。ただ私は、まさこさんの語られる物語の細かいディテールや山村元市長の行動を考えると、どうしてもこの話が嘘だとは思えないのです。そもそも、現実は小説より奇なりなこともありますし。この会が終わったら、またH県に行ってみようと思います。今度は白大山にも登ってみようと考えています。そこでもし生きている恐竜を発見できたら。世界の学説はどうなるんでしょうかね。


(補足:月照道希釈児さん、山村元村長の娘さん、もしこの投稿を見てましたら、この話の話者が誰なのかご連絡頂けますと幸いです。


それにしても長かったです!書き起こすのに2日もかかってしまいました。でもやっぱりおかしいです。なんでこんな長い話をしているのに、他の音が全く聞こえないんでしょうか。部屋には彼を含めて10人いることになります。そんな人数部屋に入れないと思うけどなぁ…)


【少し間があり、次の話へ】

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